第2話
部屋の扉をノックする音がした。母親の声が廊下越しに聞こえる。
「玲央、お昼ごはんよ。ゲームばかりじゃ体に悪いから……」
「いらない」
無表情で返事をすると、母親は驚いたように声を潜めた。料理を部屋の前に置いて去っていくその背中を、玲央は無言で見送った。母もまた、「もうプロはやめたら?」と思っているのだろう。愛があるからこそ余計に言えない――その複雑な感情が痛いほどわかった。
さらに、幼馴染の親友・高梨翔太からの連絡も途絶えた。Discordに残されたメッセージは既読になっているが、返信はない。大会前は二人で戦術を練り、飲み明かした仲だったのに。翔太は最後にこう送ってきた。
「玲央、お前にはもう付いていけないよ。プロの世界は甘くないからな」
その文面には、かつて感じた親友の熱はなく、ただ冷たい突き放しがあるだけだった。
だが、玲央の心の奥底にはまだ、ゲームへの情熱が消えていない。悔しさや挫折は、かえって彼の意志を固める燃料となる。部屋の片隅に飾られた旧作『Vanish:Legacy』のパッケージが目に留まる。
──まだ終わっていない。
そのとき、PCの画面でニュース動画のサムネイルが点滅した。世界同時展開が決定した次世代タイトル『Vanish:X(ヴァニッシュ・クロス)』のティザー映像だ。画面をクリックすると、映像がフルスクリーンで再生された。
——美麗なポリゴンで再現された荒廃都市。プレイヤーキャラ同士が高速で飛び交い、緻密なコンボを叩き込む映像。BGMにはエレクトロニックなロックサウンド。画面の端には「2025年秋、全世界同時リリース」の文字。
「……カッコいい」
思わず呟いた声には、かつてプロリーグの舞台で見せた迷いはない。コントローラーを手に取り、改めてボタンに触れた瞬間、指先にかつての感覚が蘇る。筋肉の動き、反射神経の閾値、全身の細かなブレを瞑想のように研ぎ澄ませたあの日の自分がそこにいた。
「俺は、ここからまた這い上がってみせる」
決意が胸を焦がす。たとえどんな強敵が待ち受けようとも、アマチュア帯の最底辺から、再び頂点を目指す――その炎は、まだ消えていなかった。次なる戦場は『Vanish:X』の世界。コントローラーを握り直したその瞬間から、神谷玲央の新たなる挑戦が始まるのだった。
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