孫堅伝

第一回 孫堅、生誕に際し、主婦からその大成を予言される

 孫堅そんけんあざな文台ぶんだい呉郡ごぐん富春ふしゅんの人である。富春は現在の上海シャンハイに近く、海辺の地域であった。


 史書にいう。

「おそらく、孫武そんぶの末裔なのだろう」

 断言もせず、曖昧な言葉で濁した。


 孫武とは孫氏の兵法で知られれる武将にして軍事思想家である。

「戦わずして勝つ」

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

 などの理念で有名であろう。

 孫堅はその孫武の子孫なのだ。根拠はないがそうなのだ。そいつはすげーや。


 史家も困惑したのだろう。

 何も証拠になるものはないので、吹かしとしか思えない。とはいえ、仮にも皇帝になった英雄が名乗っていたのだ。

「おそらく~」と御為おためごかしすることで、どうにか乗り切っている。乗り切れているのか? まあ、乗り切ったのだろう。


 孫堅の家は代々呉で役人をしていた(という)。

 家は富春ふしゅんにあり、町の東に先祖代々の墓地がある。しばしば、その墓からは五色のオーラが立ち上り、雲のように天へと登っていっていた。人々はみなこれを見物し、老人たちは語り合った。

「これは普通の気ではないな。孫家はこれから成り上がるのだろう」

 どうやら、普通の気と普通じゃない気があるらしい。老人たちにはそれを見抜く眼力があったようだ。孫家の墓からは溢れる気がこれから起こる波瀾を物語っていた。


 孫堅の母親が二人目の子を懐妊した時、不穏な夢を見た。

 自分のはらわたが飛び出して、城門に巻き付いたのだ。

 あまりに気味の悪い夢だったので、隣の主婦おばさんに相談した。主婦おばさんは言う。


「それは良いしるしかもしれないわ。それは、お腹の子が城門を越えて、お城のあるじになるということを暗示しているのよ。

 でも、門に巻き付いていたってことは、簡単に迎え入れられるわけじゃない。戦いが起きることを暗示しているわ。きっとお腹の子は数奇な運命のもとに大成するのでしょう」


 どうやら、おばさんは予言や夢占いに通じていたようだ。


 果たして、生まれた子の容貌は非凡であり、性格は闊達、誰からも好かれるようになる。ただ、他人の真似できないような行動を好んでいた。

 どうやら、おばさんの予言通りに、数奇な運命を辿ることになりそうである。その子はけんと名付けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る