チュートリアル
第1話 召喚した勇者ですが、不満がありそうだったので話を聞いていましたけどあまりにも長くてブチギレる
1年ほど前。トリアーナ・アル・ファンヴェルクは、異世界から勇者を召喚した。悪しき魔王を打ち倒すには、どうしても勇者の力が必要となるからだ。
私が逆の立場だったら、異世界なんて、ぜひとも行ってみたいところだが、呼び出される勇者がどう思うかは分からない。
ともあれ、結構、わくわくしながら召喚した。過去の文献を見ると、喜んでいた勇者も多かったようだったし、まあ、大丈夫だろう、と楽観的に考えながら。
「出でよ! 勇者、タロー!」
召喚した。タロー出てきた。
「――マイマイ!! マイママイマイマ、ママイママイマイ♡ マイマイチャージでイマにバイバ――」
謎の呪文を唱えながら踊り狂っていた黒髪の勇者は、途中でフリーズした。場の空気も凍てついた。
シーン――と聞こえるほどの静寂。静寂の中でも、観察してみる。
早速、変わった服装をしている。星型の虹色に光るものを耳に引っ掛け目に当てており、涼しそうな黒の半袖には異世界語らしきものが書かれている。下は変わった生地の濃紺、手には黄色く光る棒と、もう片手には何やら文字っぽいものが書かれた派手な扇子を持っていた。
音で言語を翻訳する魔法に失敗したかと思うくらいに、意味不明な言葉を話していた。それにこの魔法は意思を読み取ることができるが、服の文字を読み解くにはサンプルが足りない。
ともあれ、何か言われてもすぐに対応はできる。
「なるほど、異世界召喚というわけか。僕を呼び出したのは誰かな?」
早速来た。状況理解が早くて助かる。これなら、魔王もあっさり倒せるかもしれない。
「私です。トリアーナ・アル・ファンヴェルクと申します」
「そうか……トリアーナ、か」
いきなりの呼び捨てに、家臣たちがざわめく。とはいえ、こちらが無理に呼び出したのだから、仕方ない。そういう文化なのかもしれないし。
勇者タローは、私のもとにゆっくり近づくと、
「貴様……ふざけるな! なんで今呼び出したんだ!! なんで……なんで今なんだよおおお!!!!」
「え?」
――激昂した。
「マイマイのライブの最中だったんだぞ……。念願の! マイマイのライブだったんだよ!! チクショウが!!」
「ま、まいまい? らいぶ?」
「超人気売れっ子アイドル、マイマイ。地下アイドルをやっているときから僕の最推しだったんだ……。最推しだぞ? 人生の最推しなんだよ!! こっちはなあ、マイマイがアイドル初めたときからすべてのライブに通ってるんだよ!! 『タロたんいつもありがとぉ。一人でも応援してくれる人がいるって、すごく支えになるから。……マイマイがみんなを元気にしなきゃなのに、逆にタロたんからマイマイチャージしちゃってるね。えへへ』って言ってもらったことだってあるんだぞ!!」
「えーと……」
「それも念願の! 国立でのライブ! マイマイはどのグループにも属していないソロで、国立でのライブを勝ち取ったんだ! これがどれだけすごいか分かるか!? 分からねえだろ!! 所詮、異世界人だもんな! 世界中からファンが集まるんだぞ! それも願えば全員が参加できるってわけでもない! マイマイは国家を超えての統一感を生み出すんだ! マイマイチャージすれば、全部忘れられんだよ!! イマにバイバイしたかったんだよ!」
「あ、う……」
なんか、ヤバい人を呼んでしまったかもしれない。
「貴様、僕がこの1年間、毎食カップラーメンと知ってての狼藉か……?」
「かっぷ、らーめん?」
「マイマイのために身を削って、必死の思いでお金貯めて、運よく最前列も勝ち取れて! 今日会ったばかりの同士たちとヲタ芸して……それなのに、貴様のせいで全部水の泡だ! どう責任を取ってくれるんだよ!!」
はっ!? 気づいてしまった。
「こ、これは――俗に言う、カスハラというやつでは!?」
「異世界にカスハラの概念があることに驚きだわ」
こういうときは落ち着いて対応するのです。聞き手側に回り、相手の言いたいことをうんうんと聞くのです――。
――3時間後。
「こっちだって、トイレの最中に呼び出したら悪いなとか、呼び出した子が女の子でお風呂のときとかだったら可哀想だなとか、恋人といちゃついてるときだったらどうしようとか色々考えましたよ! 考えましたよ!! でも、呼び出すまでどんな状態かも、どんな相手かも分からないんだから、仕方ないでしょう!? いいじゃないですか! 別に死ぬわけじゃないのですから!」
3時間ぶっ通しでマイマイとやらの話をされて、さすがに耐えかねた。マイマイってなんだ。カタツムリか。でんでんむしか。
「貴様……僕の、僕の命を奪っておいてよくそんなことが言えたな!」
「いのちぃ~? 命なら簡単に奪われないよう、もっと大事にしておきなさいよ! あなたが奪われるから悪いんでしょう!?」
「――分かった」
「え? あ、あの」
ちょっと、言い過ぎたかもしれない。そりゃあ、私が呼び出してしまったからこうなっているわけで、勇者はお客人だし。向こうも言いすぎだとは思うけど、私にもほんの少し、少しだけ、非はあったかも。ほんとにちょっとだけ。
「どうやったら向こうに戻れる?」
「まあ、魔王を倒せば戻れますが……」
「今から倒してくる」
「はやっ」
タローは、そのままの格好で旅に出ようとする。光るだけの装備に見えるが、本当は異世界の強い武器だったりするのだろうか。
……いや、なさそうだ。
「倒す算段はあるのですか?」
「んなもんあるわけねえだろ。こちとら、Z世代だぞ? 推し活と仕事だけしてて倒せる魔王がどこの世界にいんだよ」
ところどころ言葉の意味がよく分からないが、見るからに弱そうだ。まあ、もやしというわけではなく、無駄にバランスよく鍛え上げられてはいるようだが……ダンスでもやっていたのだろうか。
「流石に無謀がすぎるのでは」
「じゃあ貴様が時間を戻してくれるのか? ……ライブが始まる前に戻してくれるのかよ! どうせ無理だろ! だったら、次のマイマイのライブまでに魔王を倒すしかないだろ!」
「ぐぅぬぬぬ……」
私は腕をまくって、戦闘の構えを取る。さすがの私も、一発やってやらないと、気が済まない。
「そんなに言うなら、分かりました。この先に進みたいなら、私を倒していってください」
「はあ? 何言って――」
「来ないのなら、こちらから行きます」
結末は、語るまでもない。
勇者タローは私にボコボコにされて、旅には出られなかった。
冒険は、始まらなかった!
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