トリアーナ・アル・ファンベルク

さくらのあ

プロローグ

「お父様。誠に申し訳ありませんが、人生に飽きたので、家出します。捜さないでください」


「ふふ。トリア。――トリアーナ・アル・ファンヴェルク。今度は一体、何の冗談かな?」


「いえ、その言葉の通りです」


「ふふふ。またまたあ〜」


「私は本気です」


 玉座に腰掛ける紫髪の男は、それ一つで家が建てられるほどの価値を持つ冠を被り。対する銀髪を腰まで伸ばした少女、トリアは愛想笑いすら見せず、立ち姿勢のままで言う。


 ――笑う父親。


 ――無表情の娘。


 ――父親の背筋を汗が伝う。


 ――娘は、顔色一つ変えない。


 あれ、これマジなんじゃね?と焦り始めた父親。


 桃色の瞳をした娘が冗談を言っているようにはとても思えない。


「え、ちょっ、いや、え? 人生に飽きたから、家出? そんな理由で家出することある?? トリア、待っ、待ってくれ。……もう一回、よーく考えてみるんだ」


「光速を超えるこの頭の回転で、よーく考えました。今、軽く百回はシミュレーションしましたが、ここにいるだけでは何も楽しいことは起こらない。以上です」


「いや、待って待って待って、お願いだから待って。ちょっと、なにか考えるから」


 玉座に座る父親は、紫の髪をかき、ひげを撫でて、うーむと唸る。


「チクタクチクタク。あと三秒」


「あと三秒?」


「あと三秒で一万回のシミュレーションが終わります」


「はっや! すごいな! ……じゃなくて! な、何でもするから、待ってくれ!」


「十分、良くしていただいています。これ以上は望めませんよ。……でも飽きたので、家出します。捜さないでください」


「ちょいちょいちょいちょい! えーと、こ、国民への説明は――!」


「適当に、強いやつと戦いたいから、とでも言っておいてください。それでは」


「いや、待っ――逃げ足が速い! すごい!」


 こうして、トリア――トリアーナ・アル・ファンヴェルクは、家出した。それはもう、足を渦巻きと見紛うほどの速さで回して、突き進んだ。城を抜けて国を抜けて、国を囲う高い壁を垂直に駆け上がって。


 こうして、初めて自分の意志で、彼女は外に出た。


「待っているだけで何かが起こるのは、物語の中だけなのですよ。お父様」

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