【あたらしい生活がはじまった】

 わたしも一緒の部屋を使って良いかと尋ねたところ、尋ね返された。


「スミと一緒が嫌なの?」

「そう言う訳じゃないんですけど、男女で分けたほうがいいかなって、地上ではそうでしたし」

「あなたたち、同じ部屋で暮らしていたじゃない。今さらでしょうに」


 返す言葉が出てこない。最初こそわたしのしたいようにすれば良いスタンスだったスミの顔が、じわじわ不安に染まっていく。


「配慮が足りないところがあったなら直すから言ってくれ」

「そんなの全くなくて」


 マドンナが畳みかけてくる。


「なら問題ないわね。申し訳ないけど、あたしもライメイもベッドは一人で占領したい派なのよね、筋肉の為にも」


 わたしは潔く撤退を決めた。

 マドンナと「おやすみ」を交わして、わたしはスミと住む部屋へ向かった。

 同じ階の角部屋だ。中は簡素ながらも上品にまとめられていて一目で気に入った。ダブルベッドが二つと、コロニーを見渡せる眺めの良い窓際にはアンティーク調の丸テーブル。荷物はすでに部屋に届けられていた。


「良い部屋だね、スミ」

「そうだな」


 元気のない返事は十中八九わたしのせいである。このまま眠るのも嫌だったから、荷解きをするスミの背中を軽く叩く。


「ごめん、別にスミと一緒が嫌なわけじゃない。スミが一ミリも気にしてないのは分かってるけど、わたしが気にしちゃったんだ。ほら、男女だし。夫婦や恋人でもないのに一緒って、ちょっと変かなって。マドンナさんの言う通り今さらだけどさ」

「本当にそれだけか?」

「え? うん、本当にそれだけ」


 スミは何かを考えるようにうろうろと目を泳がせ、それから注意深くわたしを凝視した。負けじと見つめ返すと、程なくして安心したように息を吐いた。


「それなら良かった。つまり、小町は俺を男として意識してしまっただけってことだな」

「ちょっと急に何言ってるの、違うから! わたしシャワー行ってくる」

「そんなに照れる必要はない。大丈夫、慣れているから気にするな」


 スミが変なことを言い出すものだから、咄嗟にシャワールームに逃げ込んだ。真正面にある鏡には真っ赤な顔をしたわたしが映っていていたたまれない。

 違うのに。スミとは性別が違うってことくらい最初から分かっていたし、だからスミを意識したわけではないし。ただ今さらなのは承知で、男女で一緒の部屋ってどうなのかなと客観的な疑問が湧いたから言っただけだ。


「スミが変なこと言うから」


 バクバクと心臓が動く音を掻き消すように、シャワーを頭からかぶった。温めのお湯が気持ち良かった。

 ホテルさながらにアメニティが充実しているおかげで、わたしの髪は乾かした後もさらさらを保てた。ドライヤーを片付けていると、脱衣所のほうにスミがやってきた。


「お先にシャワーいただいたよ」

「俺も入る。じゃあおやすみ、明日な」

「おやすみ」


 脱衣所を出て部屋に戻る。スミが戻ってくるだろうから、照明のボリュームは少しだけ下げておくことにした。

 ベッドに腰掛け、水を飲む。ヘッドボードにはプレゼントしたばかりのカフスが恭しく鎮座していた。わたしは静かに立ち上がり、反対側のベッドへダイブした。

 仕事までもらったのだ。決して短くない期間をアンダーランドで過ごすのだろう。時間が経てば、この環境にも慣れるはずだ。


「マドンナさんの言う通り、どうして今さら気にしちゃったんだろうなあ、もう」


 枕に顔を押し付けると、眠気は直ぐにやってきた。


 目が覚めた時、すでにスミはいなかった。

 糖木の管理は朝が早いと聞いていたから驚きはしなかったけれど、ライメイと二人の朝食は少しだけ寂しい。ここ最近は四人でご飯を囲っていたから余計にそう思う。

 このアパートには食堂がついていて、朝早くから営業している。外部の人も入れるようで、けっこうな盛況具合である。

 わたしとライメイは隅っこを陣取り、ちまちまとフルーツの盛り合わせを口に運んでいた。


「昨日は眠れた? わたしはもちろんぐっすりだったけどね」

「わたしもです。ベッドがふかふかで最高でした」

「旅の道中はずっと雑魚寝だったもんね。久々に体を労われた気がする」


 ぽろぽろと話しているうちに、「おはよう」とともにバクフウが現れた。昨日と同じ軍服を着こなしている。朝から爽やかな笑顔を振りまかれたわたしたちは、耐え切れずに揃って目を細めた。


「バクフウさんおはようございます」

「・・・・・・おはようございます」


 わたしに続き、ライメイも消えかけの蝋燭のようなか細い声で挨拶をする。思わず苦笑が漏れた。バクフウへの苦手意識は一夜経っても完全には無くならなかったらしい。


「食事が終わったら向かおうか。送迎は馬車で俺が送るから、よろしくな」

「よろしくお願いします」


 わたしはささやかながら、チェリーやパイナップルのフルーツをバクフウに献上した。


「うん、美味い」


 返ってきたのは、スポーツ飲料のコマーシャルにあってもおかしくない、満点の笑顔だった。

 窓の外では蛍石が憂鬱そうに鈍く輝いているから、少しだけこの明るさを分けてあげたいなと思った。

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