【プレゼントを手に入れた】
食べ進めるうちに爆発には慣れ、無事に食べ終わった。
他にもアンダーランドで人気のあるチーズ餅やハニートーストも露店で手に入れた。マドンナたちの分もある。かさりと音を立てる紙袋をぶら下げたわたしは、カフェラテを注文しに行ったスミを待っている最中だ。
大通りの中央付近にある噴水の前に腰掛け、ほうっと息を吐いた。
長旅を続けたおかげで、ふくらはぎが鍛えられた気がする。そこまで疲労を感じない足を揉んでいると、視界にきらりと輝くものが見えた。
最初はネオンライトの提灯かと思ったが違った。
「あれってアクセサリーかあ。良いかもしれない」
ここで待っていろ、動くなと言っていたスミに悪いと思いつつ、わたしは吸い寄せられるように目の前の露店へ走った。
黒いラグに、ローブとフードで全身を隠した女性が一人座っている。木箱をひっくり返した上に並べられたアクセサリーが無ければ、物乞いの様に思える怪しさがあった。
「お嬢さん、アクセサリーをお探しで?」
「はい。お礼をしたくて」
女性はころころと軽やかに笑って、渡す相手はどんな人なのかを聞いてくる。その間に次々と女性客が集まってきて、私の後ろに列を作る。
「えっと、ごめんなさい。買うかどうかも決めてないので、わたしは後で」
「気にしないで。自分で言うのもあれだけど、うちってけっこうな人気店だから、待ち時間なんて当たり前。それを承知で並んでいる人ばかりだから気にしなくていいのよ」
女性は気さくで、親身に話しを聞いてくれた。
「あなたの付けている指輪と似たものがあるの。指輪ではないけれどね、男性が身に着けるならちょうどいいと思うわ」
そう言った女性は、背後に置いてある古びたトランクから何かを取り出した。
「すごい、きれい」
わたしの手のひらに乗せられたのは、一粒のダイヤモンドが埋め込まれた、シンプルなプラチナのイヤーカフだった。
一目見て気に入った。飾り気のない武骨さがスミっぽいなと思ったのだ。
「これにします。ください」
「毎度あり」
なんとか予算内ギリギリだったことにほっとした。
「お姉さん、ありがとうございます。これで素敵なプレゼントを渡せます」
「どういたしまして。私が作った大事な子なの、大切にしてもらえたら嬉しいな」
「はい!」
わたしはスミが戻ってくる前に、駆け足で噴水の前に戻った。
けれど、一足遅かったらしい。
憤怒の化身のような顔をしたスミが仁王立ちでわたしを迎えてくれた。今日が命日かもしれない。身震いが止まらないまま、そうっと近づく。
「おい小町」
「ごめんなさい」
スミの手が動いたから、一発くらい殴られる覚悟を決めて目を閉じた。けれど予想に反して痛みは待てども襲ってこない。
その代わり、わたしの手は再びスミの手の中に納まった。
「心配した」
「あそこのアクセサリーショップにいたんだ」
「ふうん」
後ろを見ると、女性客ばかりの行列がさらに長くなっていた。
「それで、スミに渡したいものがあって。これなんだけど」
ぱちくりと目を瞬かせるスミの目の前に、買ったばかりのイヤーカフを突き出す。
「これを俺に?」
「うん。わたしを助けてくれてありがとう、一緒に旅してくれてありがとう、の気持ちを込めてのプレゼント」
言葉にしてみると、どうしてだか恥ずかしい。スミの顔を見ていられなくなったわたしは、距離を取るように一歩下がる。そうしてできた空白は、スミの一歩がすぐに埋めた。
「ありがとう、嬉しい。俺につけてくれ」
「ちょっとしゃがんで」
スミはまるで忠義を尽くす騎士のように上体を倒してくれた。だとしたら、さながらわたしはお姫様だ。すぐに似合わないなと思った。ハクジ姫でもあるまいし。
落ちる気分を切り替える。
扱いが簡単だと思って、イヤーカフは柔らかいものを選んだ。指で軽く押すと、スミの耳にしっかり密着するように形状を変えた。
上体を戻したスミが、目を輝かせてイヤーカフを撫でる。
「どうだ」
「ぴったり。似合ってる」
「そうか」
上機嫌のスミに手を引かれて、アパートに戻りながらの夜の散歩が再開された。まだまだ遠くまで続いている露店を見て回りたかったが、明日から仕事が始まるので、このくらいで我慢する。
「しばらくアンダーランドに滞在するからまた来れるぞ」
「そうだね」
夜風が前髪を揺らす。
わたしたちがいたコロニーとは全く違うアンダーランドだけれど、スミが隣にいることは変わらない。
だからわたしは、考え無しに明日を楽しみに待てるのだ。
アパートに戻ると、フロントにいる女性から新たに鍵を渡された。わたしとスミは揃って首を傾げる。先にマドンナとライメイが部屋に行ったはずだが。
「バクフウ様よりスミ様のお名前で、ツインをお二部屋借りられておりますので、こちらはもう一部屋分の鍵でございます」
「そうか、分かった」
当たり前のように鍵を受け取ったスミの後を追いかける。スミは何とも思っていないようだが、わたしとしては一言物申したいところである。
「ねえスミ、部屋は男女で分けてもいいんじゃないかな」
「別にいいが、分ける必要あるか? あっちでも一緒に住んでただろ」
「確かにスミの部屋に住んでたけどさあ」
仕方ないなと言いつつも、スミはわたしに付き合ってくれた。マドンナたちのいる部屋に交渉しに行く。
ドアを数回叩くと、凄まじい音とともにドアが開いた。
中から眼光の鋭いマドンナが顔を出す。部屋は真っ暗だったので、寝ていたようだ。
「筋肉に良質な睡眠を与えたいんだけど、何か用かしら」
わたしは震えつつも、露店で集めたマドンナとライメイへのプレゼントを献上する。その中にあったプロテインゼリーを見つけたマドンナの頬が綻んだ。
「とても嬉しいわ、ありがとう。大事に頂くわね。それで?」
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