第4話:本当の告白
桜の花が、風に乗って舞っていた。
夕暮れの光が、校庭を淡く照らす。
ほんのり色づいた空の下、蓮は、立ち止まっていた。
葵の姿を見つけたのは、ふと目を上げたときだった。
校舎の影の向こう、ひとりベンチに腰かけ、風に揺れる髪を耳にかけている。
まるで時間から取り残されたように、そこだけが静かだった。
ゆっくりと歩み寄る蓮の足音に、葵が気づく。
それでも彼女は、こちらを見ずに呟いた。
「……きっと、来ると思った」
「……なんで分かったの?」
「だって、蓮だもん。あたしのこと、放っとけないくせに」
どこか照れくさそうに笑うその横顔に、蓮は思わず目を逸らす。
そんな彼に、葵はそっと問いかける。
「ねぇ。言いたいこと、あるんでしょ?」
蓮の喉が、ごくりと鳴った。
言葉が重たい。けれど、もう逃げない。逃げたくない。
心の奥にしまっていた言葉を、今こそ伝えたいと思った。
「……怖かったんだ」
「え?」
「言ったら、壊れてしまうんじゃないかって。
今の関係も、空気も、君の笑顔も――全部、消えてしまうんじゃないかって」
葵はじっと蓮の言葉を聞いている。
その目はまっすぐで、どこか悲しげで、それでも優しかった。
「でも、言わなきゃいけない。そうじゃなきゃ、君に向き合えないと思ったから」
蓮は一歩、葵の前に出る。
「……葵のことが好きです!」
「……君と一緒にいると、“誰かのため”じゃなくて、“自分のために生きたい”って思えるんだ。
それがどんなに怖くても、逃げずに、ちゃんと気持ちを伝えたいって、初めて思えたんだよ」
言葉が風に乗って、桜の花びらとともに舞っていく。
蓮の手は、震えていた。
「そんなふうに思える人に出会えたことが、僕にとっての――」
ほんの少し、声が掠れる。
「――僕にとっての幸福なんだ」
葵は、目を見開いたまま動かない。
そして、ゆっくりと立ち上がり、蓮の前に立った。
「……それが聞きたかったのに」
ふるふると震える声。
「ずっと、怖くて言えなかったんだよ。あたしも」
涙が、ぽつりと落ちる。
「ほんとはね、蓮がいなくなった日から、ずっと考えてた。
あたしがここに戻ってきたのは、……あんたの顔が浮かんだからだよ。
あたしも、ちゃんと好きだった。今も、ずっと」
蓮の胸が締めつけられる。言葉にならない何かが喉にせり上がる。
「でもね……」
葵がそっと顔を上げた。涙の跡を拭って、少し笑った。
「今は、まだ“付き合う”って形にはできないんだ」
「……どうして?」
「だって、今のあたし、蓮の隣に立てるほど強くない。
自分のことも、ちゃんと好きになれてないから」
蓮は返す言葉を失う。
その沈黙に、葵は静かに続けた。
「だから、いつか――未来の自分たちが、もっとちゃんと“自分の足で立てる”ようになったら。
その時、また、ちゃんと向き合おうよ。今度こそ、本当の意味で」
蓮は、うなずくことしかできなかった。
けれど、そのうなずきには、確かな決意があった。
二人の間を、春の風がそっと吹き抜ける。
舞い上がった花びらが、ふたりの距離を埋めるように踊る。
葵がそっと手を伸ばし、蓮の制服の袖をつまんだ。
「ありがとね。ちゃんと、言ってくれて」
「……ううん。こっちこそ。聞いてくれて、ありがとう」
ふたりはそのまま、しばらく何も言わずに風に吹かれていた。
どこか切なくて、でも確かに温かい時間が、そこにあった。
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