ギギッと軋む音の鳴る扉をくぐると、大きな国立病院の前に降り立った。思っていたよりも大きな病院で、この中から榎本のばあさんの元まで行くのは骨が折れるなぁ…なんて思ったが、どれだけ動いても疲れることのないこの体。そして時間に急かされることのないこの世界では多少手間がかかってもなんてことない。

 地図に記されたのは3階の345号室。書類に入っている地図と案内図を見比べながら進んでいくと4人部屋の左奥の位置に婆さんの名前があった。

「…失礼するよ、」

 日中は皆院内を歩き回っているのか、部屋には榎本の婆さんともう1人わかめの女性だけだった。


 …元気そうだ、良かった。


 昔から編み物が趣味だった婆さんは、病室でもせっせと何かを編んでいた。心なしか少し痩せたようにも感じるが、顔色も表情もまだ健康そうで安心した。


『しずこさん、おはようございます』


 …この声…。

 入り口の方を振り返ると、そこにはよく知った顔があった。


『おはよう、今日もありがとうねぇ。旦那さんのほうは行かなくて良いの?』

『しずこさんの方の用事が終わったらついでに行きますよっ。旦那の方は長いこといても話せませんから、ついででっ』

『あら可哀想。まぁ私も涼香ちゃん来てくれると嬉しいし、助かるわ』

『今までたくさんお世話になりましたから、このくらいさせてください。見てくださいこのお花!お店で静かさんっぽいなぁと思って思わず買っちゃったんです…あ、旦那の方に買うの忘れちゃったわ、』

『まぁ綺麗ね…!ありがとう、半分持っていってあげたらどう?』

『良いんです良いんです、あの人は花より団子ですから』

『そう?じゃあありがたくいただくわね』


 “涼香”

 私の妻だ。

 ついでと言いながらも、私の好物である豆大福をしっかり持って来てくれているようで頬が緩む。そうか…見舞い、来てくれてんだな。


『…もう私も、そろそろ楽になる頃かしらねぇ』

『なに言ってるんですか、そんなわけないでしょ?お孫さんの結婚式に出席したいって言ってたじゃないですか』

『そうなんだけどね…自分の体のことだからよくわかるのよ』


 弱音を吐いている彼女に、旦那さんからの葉書を渡さなければならないな。書類の中から葉書を取り出し、彼女の額にあてる。


「難ある日々、ご苦労様です。

 どうかあなたに、幸運が訪れますように。

 私の時間に代えて、あなたに幸あれ」


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