第33話 楽しくやろーぜ

「行ってきます」


 玄関で靴を履いて、マルの頭を撫でてから立ち上がる。「気張れよ」と言うようにニャーと鳴く声を背中に受けながら外に出た。


 空は鮮やかな水色が広がり、薄い綿のような白が浮かんでいる。

 前日が曇りだったとは思えないほどの快晴だった。

 体育祭パワーが働いたのだろうか。


 登校すると、すでに体操着に着替えた大毅たちの姿が視界に入る。


「大毅!活躍、期待してるからな!」

「プレッシャーかけるなって。お前も頑張れよ、東?」

「大友くん、今日頑張ろーね!」

「赤組勝つぞ〜」


 外に移動する前から大毅たち赤組陽キャは元気だ。

 クラスの中でも大毅と東は運動が得意で本人たちも自負があるから、赤組を優勢に持っていく気満々なのだろう。

 他のクラスメイトたちにも大毅たちほどではないにしろやる気に満ち溢れている人や、緊張からか落ち着きのない人もいる。

 勝ち負けは兎も角、高校生になって初の一大行事だ。自分なりに楽しみたい。


「……せめて曇りがよかった」


 髪をひとつに結った衣乃さんが机に顎を乗せて呟く。

 なぜかと聞くと、衣乃さんは窓の外をチラッと見やった。


「ただでさえますます暑いのに、今日ずっと外に出てなきゃないから。曇りなら日差しも防げるし」

「今の時期に曇りってジメジメするし、憂鬱な理由が変わるだけなんじゃ?」

「ほぼ雲のない空の下よりマシ」

「いいんだ……」


 ため息をつきながら机に突っ伏す衣乃さん。

 でもちゃんと体操着に着替えて白の鉢巻きも傍らに置いているあたり、真面目なところが出ていてくすりと笑う。


 こうして体育祭が幕を開けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 前半の部の応援合戦から勢いはすごかった。

 赤組と白組の両リーダーとも翌日には喉が潰れそうなくらいに声を張り上げていて圧倒されたし、学年ごとの競技では部活のエース同士の対決になる場面があって熱気はすでに最高潮に達していた。

 それに今は、衣乃さん、洸樹、士朗という友達がいることもあって、観戦している時間がとても楽しい。中学のときは大毅や芹夏がいたけど、それぞれ仲の良い友達といたから邪魔をしてはいけないと思い、体育祭は基本ひとりだった。

 友達と競技の行方を見守りながら過ごすのなんて、小学生以来だ。


 一年生で一際注目を集めている生徒の中にはもちろん大毅もおり、騎馬戦で白組から奪った多くの鉢巻きを掲げて笑う姿に女子達が黄色い歓声をあげていた。


「ゆっきー、お疲れ〜」


 応援席に戻ると士朗がやって来て、俺の隣に座った。


「士朗もお疲れ。そっち、取った鉢巻の数すごかったな」

「でっしょー」


 ふふんと胸を張る士朗。

 騎馬戦のとき、支える側だった俺は士朗のチームとすれ違った。上にいる生徒の腕にかかっている赤い鉢巻きの数がざっと10くらいで、しかも取っているのが普段物静かなクラスメイトだったことに驚いたのだ。


「できることならあのクソ野郎の鉢巻きも取れればよかったんだけど。ついでに地面に落としてくれても全然」

「何も知らないクラスメイトを罪人に?」

「あは、もちろん冗談だってー」

「目が笑ってない……」


 半分は本気だったであろう士朗の笑みが怖い。

 大毅のことが許せないのは変わらないが、冗談を言えるくらいには立ち直りつつあるようだ。安心すると同時に罪悪感がチクリと胸を刺す。


「……勘違いだったらごめんなんだけど。俺が大友にされたこと、自分のせいだって思ってない?」


 小さく肩が跳ねる。

 思わず士朗の顔を見つめると、彼は「当たり?」と苦笑した。


「素直だよねえ、ゆっきーは」

「そんなにわかりやすい……?」

「んーん、なんとなくそうかなーって思ってたくらいだから。唯花が俺らのクラス来るようになってから、俺のこと気にしてる気がして」

「……あんなことがあったから、心配で。それに結局、大毅がああいう風になるまで俺が何もしてこなかったことも事実だから」


 言いながら視線を下に向ける。

 士朗が大毅と元カノを気にするのは当たり前だ。傷ついた心はちょっとやそっとじゃ癒せないし、ゆっくりと瘡蓋かさぶたができるのを待つしかない。

 俺の心配や罪悪感が表に出ていたせいで余計な気を遣わせて、士朗の心の整理の邪魔をしてしまっているんじゃないか。


「ごめん士朗、俺が勝手に気になってただけで––––」

「ありがと、ゆっきー」


 うつむいていた顔を上げると、そこには微笑んでいる士朗がいた。

 なんで士朗がお礼を……?


「これでもまだ全然引きずってるし、さっきみたいに大友に対してちょいちょい呟くこともあるけどさ。俺のことをこんなに思いやってくれる友達がそばにいるから、だいぶ楽なんだ」

「士朗……」

「ゆっきーのそういうとこに俺は救われてる。だから全然迷惑とかでもないし、むしろ嬉しい」


 でも、と士朗がずいっと整った顔を近づけてくる。

 いかにも不満があるというような顔で、士朗はビシッと俺に人差し指を突きつけた。


「良くも悪くも人のこと気にしすぎ!大友みたいなクズ100%のことまで気にかける必要、1ミリもありません!あいつのやることに責任感じるなんてもってのほか‼︎」

「だけど、これまで近くにいたのに……」

「幼なじみだからって何でもかんでも気にしてたら疲れるよ?……まあ、最初に話したときに幼なじみなんだから云々言った奴が何言ってんだって感じだけど」


 一瞬視線を横にずらした士朗が「とにかく!」と俺の肩に手を置いた。


「ゆっきーはあんな奴のことで悩まなくていーの。そもそももう距離置いてるんだから、今は俺とかコウとか……齋藤だっているんだし、こっちと楽しくやろーぜ?」 

「……!」

「言いたかったこと、言えなかったことは多かったかもしれないけどさ。人の彼女寝取っておいて、表で人気者の顔保っていられるような奴だよ?ゆっきーが何か言えてたとしても、もう手遅れ手遅れ」

「……そう、かな」

「そうそう。俺もゆっきーも、あいつのことを気にしないために別のことしたほうがいいんだよ。例えば……体育祭終わったあと、どっか遊びに行くとか」

「––––うん。いいね」

「決まり!じゃあ後でコウも誘おーっと」


 楽しげな様子の士朗を見ながら胸にそっと手を置く。

 衣乃さんに感じるものとはまたちがう温かさが胸に灯っていた。

 込み上げてくるものが溢れ出ないようにしながら士朗と話を続ける。


 俺はもう、大毅を気にしなくていい。何かしなければなんて思わなくてもいい。

 士朗に言われてそれに気づいたとき、ふっと心が軽くなったような気がした。


「ね、ゆっきーはどこ行きたい?」


 士朗が訊ねてきたとき、彼の横に誰かが立った。

 小柄なその人物は冷気を纏わせながら低い声を出した。


「––––おい赤パーマ」

「っ⁈」


 びょっと飛び上がった士朗が振り向く。

 そこにいたのはいかにも不機嫌な様子の衣乃さんだった。

 窪のときは途中でやめてたのに、今度ははっきりあだ名で呼んだな……。


「赤パーマって、もしかして俺のこと……?」

「そんなことより、さっきからゆきちゃんと距離近すぎ。顔とかほぼゼロだったし」

「ちょ、ちょーっと話が盛り上がってただけで、深い意味も行為もないって〜。あ!今ちょうど体育祭終わったら遊ぼうって話してたんだけど、齋藤もく……」

「行く」

「うん、わかってたけど魚もびっくりの食いつき!」


 衣乃さんの怒りをギリギリで躱した士朗。

 さっきまで少し真面目な雰囲気だったのが嘘みたいにワタワタしているのを見て、小さく吹き出す。


 洸樹も含めた四人で体育祭のあとをどう過ごすのか、俺は自然と考えていた。

 

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