Chapter 3 Opening Hands

– Even The Shark Starts Small

(シャークだって、最初は子供なんだ)


ディーラーの指が、静かにテーブルを滑る。

一人ひとりに、カードが1枚ずつ配られていく。


これが、戦いの始まりだ。


最初に配られる2枚──これがプレイヤーの“手札ハンド”。

それをどう使うかは、完全に自由だ。

降りてもいいし、賭けてもいい。


このテーブルは、

ローステークス──10点/20点のブラインド最低賭金

派手さはないが、“本気”のやりとりを味わうにはちょうどいい。

金額にすれば、ワンコインで参加できるゲームだ。

バイイン着席2,000点20,000円のため、大きく負けることはない。


「……ここからもう、駆け引きって始まってるんですか?」


隣から小さな声がした。

晴花はるかが、自分の手札をそっと伏せながら、芭蕉に問いかける。

彼女は最近このルームに通い始めたばかりで、大まかなルールを覚えたばかり。

けれど、ゲームの空気──そこに流れる“読み合い”には、まだ馴染み切れていない。


「始まってるよ。

 手札を見て賭けるかどうかを決める。

 これがプリフロップなんだ。」


今は、“プリフロップ”フェーズ。

まだ場にカードは1枚も開かれていない。

プレイヤーは、それぞれの“手札”だけを根拠に、ベットやフォールドを選んでいく。


探り合いから生まれる、最初の応答。

駆け引きの余地がまだ多く残されている“読み合いの予兆”だ。


「……なるほど。でも、まだカードって、自分のしか見えてないのに……」

晴花が首をかしげる。

「強いかどうかって、どう判断するんですか?」


「判断しなくていい。選ぶんだよ。」

芭蕉はカードを指でトントンと叩いた。

「これは“情報戦”。相手がどう動くか、それに自分がどう応じるか。

 手札が弱くても、全員が降りたら、こっちの勝ちだ。」


「……そっか。降ろせばいいんですね。」


彼女の表情に、小さな気づきの灯がともる。


マスターKとの戦いも、そうだった。

読みを信じる怖さ、過去と向き合う痛み。

あれは、自分がここに座るまでの“準備運動”、つまりはプリフロップに過ぎなかったのかもしれない。


けれど、その先には

「フロップ」で3枚、

「ターン」で1枚、

「リバー」で1枚、

合計5枚の“場のカード”が待っている。

自分の手札と合わせて、どんな“形”を作るか。


いや、形だけじゃない。

それを、どう“信じて”、どう“演じて”、どう“賭ける”か。

ポーカーは、カードの強さだけで決まるゲームじゃない。

誰かが降りた時点で、

自分のハンドが“ナッツ最強”になることもある。


だからこそ――

このテーブルで「配られたもの」に意味を持たせるのは、

いつだって“自分の選び方”なのだ。


芭蕉は、配られたカードをゆっくりと覗いた。


J♣ 10♣。

(まぁ、悪くない。

 数字が並んで、スーテッド同じマーク


ポーカーにおける強い役の2つ、ストレート連番5枚にもフラッシュ同記号5枚にもなる可能性があるカードだ。


隣の席では、晴花が小さく首をかしげたあと、

伏せたカードをそっと前に差し出した。

「フォールドで……」


彼女はまだ、手札を“信じる”ことに慣れていない。

だが、それもまた選択だ。


このゲームではプレイヤーは順番にアクションを行う。

今、芭蕉の後ろに、

行動アクションできるプレイヤーは2人いる。


そして、芭蕉からその2人にめがけて軽いベットをした。

「レイズ、60点」


ひとりは、自分の手札が芭蕉の賭金と見合わないと思い、フォールド。


残りの一人、BBポジションのプレイヤーがコール。

このBBポジションは言わば“親”のような役割。

強制的にブラインド強制参加費を支払わされる代わりに、このプリフロップフェーズにおいて最後に行動できる。


場の状況を見て、“自分がどうするか”決められる利点もある。

そして、強制参加費を取られている以上、余程の賭け額が来ない限りは、参加をした方が良いとされている。


当然、このプレイヤーはコール。

芭蕉vsBBプレイヤーの構図となった。

これをポーカーではヘッズアップと呼ぶ。


全てのプレイヤーのアクションが終わり、

プリフロップからフロップというフェーズに移行する。


フロップではディーラーの手により、場に3枚のカードが開かれる。

9♠ 6♢ 2♣

まずはこの3枚と自分の手札を照らし合わせ、更に賭けるか、様子を見るのか、プレイヤーは選んでいくことになる。


芭蕉のスマートグラスには、場の必要最小限の情報だけが映し出される。

今、それが静かに投影された。

《ハンド:J♣ T♣ 》

《フロップ:9♠ 6♢ 2♣ / ハイカード》

《ポット:150 / 残スタック:1,880 》


BBプレイヤーはチェック様子見


芭蕉は一呼吸置いて、チップを前に出す。

「50点」

小さなベット。

“CB”─コンティニュエーションベット。


プリフロップ(ハンドが配られた時)で強く出たなら、

フロップでもその流れを“継続”して打ちこむ。

自分がまだ強いぞ、と印象づける基本戦術だ。


BBプレイヤーが、迷いもせずにチップを前に出す。

「コール」


CBには、もうひとつ意味がある。

相手の反応を探る、“ソナー”のような役割だ。


小さく打って、その揺れ返しを見る。

コールが返ってきたなら、

何かしらの“手”を持っているか

それとも先に繋がるドローがあるのか。


(この場なら、相手は77とか88ミドルポケット

 それか、9ヒット。

 当然、それより強い場合もある。

 が、その場合、普通レイズ賭金上乗せをする。

 もしくは……ドローすらなく、

 “こっちのCBが軽い”と見たか)


ベットは、ただの攻撃じゃない。

情報を引き出す“問いかけ”にもなる。


ターンでカードが落ちる。

…K♣


《ハンド:J♣ T♣ 》

《ターン:9♠ 6♢ 2♣ - K♣ / ハイカード》

《ポット:250 / 残スタック:1,830 》


フラッシュドローがついた。

次、♣ を引けばフラッシュになる。

Qを引いてもストレートになる。

それにKキングは、相手が持っていなければ嫌なはずのカード。

こっちとしては、ベットすることで“持っているかも”と思わせることのできる1枚だ。


BBプレイヤーは、再びチェック。


芭蕉はチップに触れながら考える。

(だが、今は、打たない…。

 Kを持ってる時に打ちこむ人間もいれば、

 潜伏をする人間もいる。 

 何より、この相手のことを何も知らない)


芭蕉は無言でチェック。


小さな静寂が流れ、次の、リバーカードが開かれる。

…4♡


《ハンド:J♣ T♣ 》

《リバー:9♠ 6♢ 2♣ K♣ - 4♡ / ハイカード》

《ポット:250 / 残スタック:1,830 》


ボードは完成した。


そして相手はまたもチェック。


(……さて)

芭蕉は、相手の手元と目線をちらりと確認する。


(強いなら、今ベットするはず。

 でもチェックした。ならば9ヒットかそれ以下。

 キングを怖がって、打てなくなったか…)


こちらのハンドはJ♣ T♣。

フロップもターンもリバーも、何ひとつ引っかかっていない“ハイカード”。

言ってしまえば、飾りみたいな2枚だけが残っていた。


けれど──


「ベット、140」

芭蕉はリバーで仕掛けた。


相手はほんの一瞬だけ迷って、

カードを伏せてディーラーに投げた。

カードがディーラーに滑っていく。

それは、明確な“降参”の合図だった。


チップが芭蕉に流れこむ。


(もし相手にキングがあったなら、

 このリバーで打ってくる。

 勝っているなら、そう“伝えてくる”はずだ。

 でも、返ってきたのは沈黙だった。

 ベットは対話だ。

 強さを主張する言葉であり、揺さぶりでもある。

 そして今、その“言葉”が返ってこなかった)


芭蕉はカードを軽く裏返して見せた。

一瞬だけ、J♣とT♣が晴花の視界に映る。


晴花は、軽く息をのんだ。

言葉はなかったが、その瞳の奥に、確かに“何か”が刻まれていた。



──数分後。



晴花は、手元の小冊子をじっと見つめていた。

----

弱  ハイカード(役なし)

↓  例:A♠ 10♢ 7♣ 5♡ 2♠

↓  ワンペア(同じ数字2枚)

↓  例:K♢ K♠ 8♣ 4♡ 2♢

↓  ツーペア(同じ数字2枚×2組)

↓  例:Q♣ Q♡ 7♢ 7♠ 3♣

↓  スリーカード(同じ数字3枚)

↓  例:9♠ 9♢ 9♣ 6♡ 2♢

↓  ストレート(連続した5枚)

↓  例:5♢ 6♣ 7♠ 8♢ 9♡

↓  フラッシュ(同じマーク5枚)

↓  例:A♡ 10♡ 7♡ 6♡ 3♡

↓  フルハウス(3枚+2枚のセット)

↓  例:J♠ J♣ J♡ 6♢ 6♣

↓  フォーカード(同じ数字4枚)

↓  例:8♠ 8♢ 8♣ 8♡ 2♠

↓  ストレートフラッシュ

↓  (連続&同マーク)

↓  例:6♠ 7♠ 8♠ 9♠ 10♠

↓  ロイヤルフラッシュ

↓  (10〜Aまで連続の同マーク)

強  例:10♣ J♣ Q♣ K♣ A♣

----

ページの端には、「※すべて“5枚”で成立」と、小さく書かれていた。


「……ストレートって、やっぱりキレイ。

 なんか、“運命”って感じしますよね。

 数字が並ぶのって。」


芭蕉は軽く相槌を打ちながら、フロアの様子を眺めていた。


フロップ:6♢ 7♣ 2♠

晴花の手札は、5♡ 8♢


彼女は、迷いなくベットを入れた。

「……300で!ベット!」


相手プレイヤーがコール。


ターンはA♣

リバーはK♢


そしてショウダウン。


相手が手札を開いた。

J♣ J♡


晴花はドヤ顔で堂々と手札を開く。

5♡8♢

「……ストレート、です!」


一瞬、テーブルが静かになった。


芭蕉がカードをちらりと見て、ため息交じりに言った。


「4枚じゃ、ストレートにはならない」


「えっ?」


「5、6、7、8……で、終わってる。あと1枚足りない。」


「……え、でも、惜しくないですか!? もう“ほぼ”ストレート!」


「ポーカーに“ほぼ”はない。あるのは“役”だけだ。」


晴花はショックを受けた表情で小冊子をめくり直し、

「うそ……“5枚”ってちゃんと書いてある……」と小声でつぶやいた。


芭蕉は、笑いを堪えきれずに言った。


「ははは…気持ちだけは勝っていたな」


「…芭蕉さんのせいです!ちゃんと教えてくれないから…(ぷい)」


小さな笑いがテーブルに流れた。

芭蕉はふと、ディーラーの視線が空席に向いているのに気づいた。


──その空席に、ひとりの男が腰を下ろした。


黒のシャツに、軽いジャケット、黒のハットが全体の雰囲気を引き締めている。

静かな装いにも関わらず、まぶたの奥に鋭さを隠した顔つき。


名前がHUDに浮かぶ。

《プレイヤー名:トンプソン隼人》

《VPIP:30.6% / 検証ハンド数:1276》

《特徴:トリプルバレル》


芭蕉はその名前に、心当たりがあった。


(……ああ、“あいつ”か。

 このルームでシャーク捕食者と呼ばれる一人)


数ハンド後、

手元に配られたのは、8♣ 8♢。


UTG1番目はフォールド。

MP2番目はフォールド。


芭蕉は、CO3番目──カットオフと呼ばれるポジション。

そして仕掛ける。

「レイズ、60点」


BTN4番目の晴花がコール。

SB5番目がフォールド。

BB最後のトンプソン隼人は無言でコール。


マルチウェイ──3人での戦いが始まった。

《CO:芭蕉 / BTN:晴花 / BB:トンプソン 》


ディーラーが素早く3枚のカードを開く。


《CO / ハンド:8♣ 8♢》

《フロップ:T♣ 6♢ 2♠ / ワンペア》

《ポット:210 / スタック:芭蕉1,920 》


プリフロップでは、UTGから順番に右回りで行動していく。

だが、フロップ以降は少し変わる。

ブラインドを払ったSB・BBから始まり、

最後に動けるのはBTNボタンの席だ。

一番後ろ、みんなの行動を見てから決められる。

ポジションとしては一番有利とされている。

(今は晴花が一番有利だ)


BBのトンプソンが静かにテーブルを叩いたチェック


(この場面……打つべきか)


手札は8♣ 8♢、ボードは《T♣ 6♢ 2♠》

オーバーカードはT♣のみ。

現時点で勝ってる可能性は高いと判断し、芭蕉はチップを前へ滑らせた。

70点のCB。

スタンダードな継続ベット。


晴花は軽く眉を寄せたが、カードを見直すことはしなかった。

「……コールで」


(晴花の実力を考えると恐らくトップヒット)


その直後、

再度順番が回ってきたトンプソンの銃が火を噴く。

「レイズ210」


場の空気が一段階、変わった。


(このプレッシャーが本物か、それとも…)

芭蕉はすぐに全体のスタック量を確認する。

《CO 芭蕉1,850 / BTN 晴花1,480 / BB トンプソン1,740 》

ほぼ均衡している状態を確認した後、

「……コール」


晴花も一瞬視線を泳がせたが、言葉に力を込める。

「コールします」


三者がチップを積み、ターンへ進む。


…9♠


《CO / ハンド:8♣ 8♢》

《ターン:T♣ 6♢ 2♠ - 9♠ / ワンペア》

《ポット:840 / スタック:芭蕉1,710 》

《BTN 晴花1,340 / BB トンプソン1,740 》


トンプソン、再びチェック。

まるで銃を構え、獲物を狙っているかのような、沈黙。


芭蕉は一拍だけ間を置き──チェックを返した。


(攻める場面じゃない。まだ、全員が残ってる)


静けさの中、晴花が声を発した。

「さ、300点、ベットします」


(……打った)

最後に行動できる立場。だからこそ、押してきた。


その瞬間、トンプソンの銃が再び火を噴いた。

「…900」


芭蕉はカードを見下ろし、数秒だけ沈黙した。

そして、静かにカードを前にだす。

「……フォールド」


晴花は迷いながらも、コール。


ディーラーがリバーカードをめくる。

…3♠


《CO / ハンド:Folded - 8♣ 8♢》

《リバー:T♣ 6♢ 2♠ 9♠ - 3♠/ ワンペア》

《ポット:2,640 / スタック:芭蕉1,720 》

《BTN 晴花440 / BB トンプソン840 》


ずっと狙いをつけられているような感覚。

晴花はぞっとしながらも、トンプソンの目や手元をしっかりと見ていた。


トンプソンは晴花を一瞥した後、3発目の強烈な銃弾を放つ。

「オールイン」

強く、テーブルに叩きつけるようにチップを置いた。


「…!?」

晴花はスタックをざっと数えて、顔をしかめる。

(な、なんでー!?

 芭蕉さんが60点オープンして、

 フロップで210点ぐらい、

 ターンで900点…

 あれ?私1200点ぐらい使ってる!

 最初そんなに高くなかったのに…

 なんでこーなるのー!?

 しかもオールインきちゃったし…

 私の残りがあと400点ぐらいだから…

 全部出せってことー!?)


晴花はさらに顔をしかめる。


(でも…私のカードはQ♡ T♢…

 ボードはT♣ 6♢ 2♠ 9♠ 3♠

 うん、トップヒットだし、一番強そう。

 降りられないよー…

 あ、でも、コールしたら3000点ぐらいもらえるから…

 30,000円!?)


どうやら覚悟が決まったようだった。


(ってかここで降りたら、めっちゃ悔しいやつ!)


頭の中で「神様お願いします!」って言いながら、チップを前に出した。

「……コール!」


即座にトンプソンがカードを開いた。

A♠ 5♠


晴花がボードを確認する。

T♣ 6♢ 2♠ 9♠ 3♠


トンプソン、♠フラッシュ成立。


(……負けた、私のさんまんえーん…)

「イケる」と思っていた自分のQ♡ T♢は完全に無力であった。


ディーラーが無言で3,000点近くのチップをトンプソンに運ぶ。

芭蕉はその横顔を見つめながら、心の中で呟いた。

(あいつに“ポジション”は関係ない…

 ブラフでも“全弾、打ち切る覚悟”を持っている)


「ところで、晴花…

 悩んでる時、顔に全部出てたぞ」

芭蕉が苦笑しながら言った。


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