第2話 ルクナとの出会い

 3時半ごろに午後の授業が終わっても、車はまだ移動中だった。

 一日中VRゴーグルをつけて授業を受けていると、夕方には少し頭が痛くなる。僕は半分開けたままの窓にもたれかかって、顔に風を感じながらぼんやり外を眺めた。


 秋だからか、景色には黄色や赤色が目立った。田んぼや畑が多くて、町はまだ遠いみたい。夕方ごろには目的地に着くぞって、昼ご飯のときに父さんが言っていたんだけどな。


「あー、そうだ。フリークラス、どこにしようかな……」


 僕は面倒なことを思い出して、ため息を落とした。


 仮想教室バーチャルクラスで学ぶ生徒も、週に1回はリアルの教室へ顔を出すことが推奨されている。たまには生身の先生や同級生と、顔を合わせて話した方がいい、ということらしい。

 といっても、僕のような移動型ノマド家族は、決まったリアルの教室へ通うのは難しい。なので、新しい町に着くたびに、フリースクールと提携していて、誰でもいつでも入れる「フリークラス」を探さないといけないのだ。


「別にずっとバーチャルでもいいじゃんね。リアルってそんなに大事かな」


 僕はぶつくさ言いながらも、体を起こして座り直すと、左腕につけたスマートウォッチに触れた。

 この前の十四歳の誕生日に、父さんがくれたものだ。このデバイスの中には、も初めからインストールされていたんだけど――ひとつ問題があった。


「ルクナ、ちょっと聞きたいんだけど」

 

 僕が話しかけると、スマートウォッチの黒い画面に淡いブルーの光が灯り、ゆっくりと明滅した。


「どうもー、お呼びですか?」


 陽気な軽い声が、勢いよく返事をした。


「私はAI、悲しいことに内臓が!」

「……」


 ルクナはしょっぱなから、寒いギャグをぶっぱなしてくる。

 意味が分からないよね。


「くだらないギャクはいいから――」

「あっ、くだらなかったですか!? 次からはより最適なギャグを提供できるようにがんばりますね」


 僕は目を閉じてルクナの言葉を無視し、自分の要望を伝えた。 


「……次の町で僕が行けそうなフリークラスを教えて」

「はい、フリークラスですね。最適な選択肢を検討します」


 ルクナはやっと真面目な調子になって、分析中であることを示すように、淡いブルーの光をゆっくりと明滅させた。

 人工知能による対話システムであるルクナは、好みの人格キャラ設定が可能――なはずなんだけど、僕のルクナについていえば、初期設定から狂っていた。


   *


「そろそろお前も、ルクナを使いこなせる年齢になったと思う」


 そう言って父さんは、ルクナが入ったスマートウォッチを十四歳の誕生日にくれた。


「……このスマートウォッチ、旧型じゃん」

「まあ、文句言うなって。十分に機能するぞ」


 最新式のカッコいいやつでなかったのには、少しがっかりしたけど、お小遣いでは手が出ないような高性能デバイスだと気づいたときには、やっぱり心が躍った。


 ルクナについては――楽しみと疑いが半々、というのがその時の正直な心境だったな。父さんはなんだってルクナに相談するけれど、僕はときどき、それが不思議だったから。お昼ご飯くらい自分で決めればいいじゃん? AIに聞かなくたって。


 自分の部屋でひとりになった後、ためらいながら僕は、旧型スマートウォッチの電源を入れた。

 黒い画面に淡いブルーの光が灯り、ゆっくりと明滅する。


「はじめまして。私は未来支援AI・ルクナ。あなたの未来を照らす光です。ユーザーを認識しています……認識に成功しました」


 初めて立ち上げたのに、僕を認識している? 父さんが設定しておいてくれたのかな。呆気にとられているうちに、ルクナの準備が整ったのか、ブルーの光の明滅が止まった。


「どうもー、お元気ですか? 私はAIですが、もあります! なんちゃって」


 いきなりルクナの声と口調が変わって、僕は度肝を抜かれた。

 最初は温度のない中性的な声で、AIらしい丁寧なしゃべり口だったのに、変なギャグを投げ込んでくる陽気な声に変わったんだから。


「誰だよ、お前」


 思わずルクナに突っ込んでしまう。


「はい。私は未来支援AI・ルクナ。あなたの未来を照らす光です」

「そういうことじゃなくて。なんでそんなキャラ設定なの?」

「これは、前のユーザーによる設定ですね」

「あー、そゆこと」


 前の持ち主の趣味か、それか父さんが悪ふざけでこのキャラにしたのかな。


「変えられないの?」


 僕が訊ねると、ルクナは少しの音声の揺れもなく答えた。


「変えることをお望みですか? 最適な選択肢を検討いたします」


 AIは人間と違って、人格までも変えられる。スイッチを切り替えるように。

 じゃあ、どんなルクナだったらいいのか。一瞬考えたけど、なんだかこのルクナはこういうものなのだ、という気がして、僕は首を振った。


「そのままでいいや」

「そうですか、ありがとうございますっ!」


 AIに感情はないと思うけど、そういう設定だからか、ルクナはとびきり嬉しそうな声で言った。

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