第3話 フリークラスの選択

   *


 ルクナはしばらく、淡いブルーの光を明滅させていたが、それほど時間をかけずに光が止まった。


「次に滞在予定の町・ミナセで、リツが通うフリークラスについて検討しました。最適な選択肢を提案しますね。

 チョイス1:ミナセ第三中学校内のフリークラス

 チョイス2:ミナセ第一中学校内のフリークラス

 リツのご選択、いかがでしょうか」

 

 ルクナの提案を聞いて、僕は眉をひそめた。


「……どっちも地元ローカルの学校内のクラスかぁ」


 小さめのスクールを期待していたが、ルクナが示したのは、どちらも地元の公立中学校が空き教室をフリークラスとして提供しているタイプだった。


「民間のスクールも存在はします。ですが私は、このふたつのチョイスをご提案しますよ」

「どうして?」

「リツの未来にとって、好ましいと判断したからです」

「……」

 

 ルクナに提案の理由を聞いても、はっきりとした根拠がわからないことが多い。


 父さんが言うには、「ルクナの『提案』は膨大な学習データとリアルタイムの状況分析によるもので、情報処理の過程はブラックボックスになってるんだよな」ということみたい。にもかかわらず、ルクナの示す選択は驚くほど的確で、人生を変えることもある、らしい。


「ルクナの言う通りにして、本当によかった」

「ルクナは、予言者だ」


 そんな口コミは、SNSでもときどき見かけた。


「……チョイス1とチョイス2は、どう違うの?」

「どちらの中学校も、一学年四クラスで、同程度の規模です。ミナセ第一中学校ではスポーツにも力を入れています。ミナセ第三中学校では、吹奏楽部や合唱部など、文化系の活動が盛んです。ミナセだけに、な学校ですね~」


 さりげなく差し込まれるギャグはスルーして、僕は別の質問をした。


「住む予定のアパートからの距離は?」

「ミナセ第三中学校までは徒歩15分。一方のミナセ第一中学校までは、徒歩17分ですね」

「あまり変わらないな」


 初めて訪れる町で、どちらの学校のことも全く知らないので、判断に迷った。


「どっちの方がよいかな?」

  

 決め手がなさすぎて、僕は思わずそう聞いた。


「どちらも、それぞれに異なる結果をもたらしますが、それぞれによい選択となるでしょう」


 一ミリの音声のブレもなく、ルクナはそう答えた。

 ルクナは決して、最後の決断をしない。そういう風にプログラムされているのだ。


「……第三中学校にしようかな」

 

 ルクナの提案だから、たぶんどちらを選んでも、悪いことにはならないのだろう。

 ミナセ第三中学校では音楽関係の部活が盛んらしいことと、アパートからちょっとだけ近いので、僕はそちらを選ぶことにした。


「承知しました。フリークラス担当窓口に登録申請を送りますね」

「うん。お願い」

「申請完了。来週、月曜日の8時15分に職員室までお越しください、とのことです」

 

 そっか、今日は金曜日で、土日は学校が休みなんだった。

 とすると、二日間はゆっくり休んだり、新しい町を探検する時間があるわけだ。


「リツの選択によって、出会いがあるかもしれません」

「……そう」


 付け足しのように発せられたルクナの言葉に、僕はかすかに眉をひそめた。

 ルクナの考える「好ましい未来」には、人との出会いも含むらしいことは、ルクナを使っているうちに気づいたことだ。だけど僕は、あまり誰かと出会いたいという気持ちがなかった。


 僕らはノマド家族だ。

 ひとつの町に滞在するのは、一か月とか、せいぜい二か月とか、そのくらいだ。誰かと仲良くなったとして、すぐに別れのときがやってくる。別れの後に残るのは、寂しさと虚しさ。そんな気持ちになるくらいなら、出会わなくたっていい。出会っても、ほどほどの距離で付き合うのがいい。僕はそんな風に思っていた。


「ねえ、ルクナ。ミナセで行ったらよさそうな場所、どこがあるかな」


 僕は話をそらして、別の質問をした。これは、新しい町にやってきたとき、決まってルクナに相談することだった。 


「待ってました、そのご相談。腕が鳴ります~ってAIに腕はないですけどね!」

「いいから早く考えてよ」

「ではでは、四つほどチョイスを検討しますね」


 淡いブルーの光が明滅した後、ルクナがいくつか、選択肢を示した。


「チョイス1:郵便局のはす向かいの古本屋『すずめ堂』

 チョイス2:町の中央に位置する『ミナセ水鳥公園』

 チョイス3:商店街にあるミニシアター『シネマ燕』

 チョイス4:役場の裏にあるアイスクリーム屋『ことりジェラート』

 あなたのご選択はいかがでしょうか。もちろん、すべてを選ばれてもOKです」


 なんだろう。お昼ご飯もチキン推しだったし、お店や公園の名前も、みんな鳥ばっかりだな。これは偶然か、ルクナの趣味なのか、それとも――?


「……『鳥』が僕にとってのラッキーアイテムなの?」


 まるで占いみたいだけど、ルクナの分析結果は、占いよりも当たるから。鳥がやたらと出てくるってことは、鳥に意味がありそうだよね。


「あ~本当ですね。鳥がすべてのチョイスに入っていますね~」


 だけど、ルクナの返事はなぜか他人事のよう。


「自分で分析した結果だよね?」


 僕がじとっとした目でスマートウォッチを見下ろすと、ルクナは焦ったように光をチカチカ明滅させた。


「はい、様々な条件を考慮して算出した結果、このチョイスがリツにとって最適だと思われました。なので、鳥が大事なご縁を運んでくるのかもしれませんね!」

「なんだよ、適当だな」

「あっ、鳥だけに、つく島もないって思いましたね!?」

「思ってないし」


 僕はだんだん疲れてきて、額に手を当てた。

 ルクナがますます焦ったように、ブルーの光を明滅させた。


「ミナセは渡り鳥の飛来地として有名で、バードウォッチングのスポットもありますよ!」


 おしまいには、そんな誰得な情報まで教えてくれる。


「バードウォッチングねえ」


 どちらかと言えばインドア派な僕は、鳥にはそれほど興味がなかった。

 でも、父さんは好きそうだな。後で教えてあげよう。


 それにしてもか。どうもルクナは、僕に会わせたい人がいるみたいだな。明言はしないけれど、そうだとしか思えない。

 きっと出会えば、よいことがあるのかもしれないけれど――僕はやっぱり、ちょっと憂鬱な気持ちになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る