第7話 日本人歓迎会 2018年5月21日(月)18時
藤堂は、十七時四五分に榎本総裁のクルマに乗り、一八時に榎本と「桜屋」という日本料理屋に着いた。
まだ、土地勘がない藤堂には、今、自分がどこにいるのか分からなかったが、榎本曰く、藤堂の宿泊しているシェラトンホテルからはそれほど遠くない場所との事であった。
藤堂は、とにかく、グーグルマップが使えない事にストレスを感じていた。川上にその話をすると、中国ではグーグルマップはVPNを通さないと使えないので、みんな「百度(バイドゥ)マップ」を使っているとの事であった。
しかし、藤堂は中国用携帯電話を先ほど北京浅田汽車の人事部から受け取ったばかりで、全くセットアップ出来ておらず、百度マップのAPPをインストールできる体制にはなっていなかった。
「桜屋」の店員が、榎本と藤堂を個室に案内した。個室の扉を開けると、テーブルに販売担当副総裁の今川と財務担当副総裁の戸田が既に座っていた。
藤堂は、この二人にも昼間に挨拶に行ったので初対面ではなかった。
日本酒を飲みながら、三人の役員は、藤堂に対して、中国自動車市場の状況、北京浅田汽車の販売と利益の状況、北京浅田汽車が抱える課題、中方の思考や性格など、色々な話をレクチャーした。
藤堂は、この時初めて北京浅田汽車の役員構成を詳しく知った。50パーセント出資の浅田自動車は、総裁、財務担当副総裁、販売担当副総裁の3ポジションを獲得しており、残りの50%出資の北首汽車は、開発担当副総裁、生産担当副総裁、購買担当副総裁の3ポジションを確保している。
つまり役員の数も出資比率と同様に同数となっている。役員経営会議で意見が分かれて議決できない場合は、親会社を入れた董事会(BOD)で決議される仕組みであった。
藤堂にとってのバッドニュースは、開発担当副総裁が中方であり、非常に保守的な人であるという事であった。
藤堂は、「今日は挨拶に行く暇はなかったが、明日朝一番に挨拶に行って、革新的なEVプロジェクトに対する考えを確認しよう」と思った。
三人の役員からの藤堂に対する中国自動車市場及び北京浅田汽車に関する基本的情報インプットが一段落した時、販売担当副総裁の今川が、日本酒により赤くなった顔で、藤堂に向かって話し始めた。
「ところで藤堂さん、今度つくる中国専用EVは『売れる』と思いますか?」
「売れる」とは、自動車業界では「ヒットする」という事である。
今川は疑問形で聞いているが、その口調からは、「売れない」と言いたい事は明らかであった。
「さあ、まだ詳細なアサンプションやスペックを確認していないし、競合車の状況もわからないので、何とも言えません」と藤堂は曖昧に返事をした。
今川は、藤堂のその返事が終わるか終わらないかのタイミングで話を続けた。
「私は、『売れない』と思いますよ。だいたいの商品の内容は、榎本総裁から聞きました。基本的なプラットフォーム、シャシー、ボディは浅田自動車のX888の物を使い、電池、モーターなど電動ユニットは北首汽車の物を使うんですよね?私が『売れない』と思っている理由は2つ。まず、そのEVのベースになるガソリン車のX888は、既に中国市場に導入してから2年も経っている。つまりX888のデザインは、消費者にしてみれば新鮮味がない。そしてX888のコストは、コストリダクションを重ねて、もうこれ以上、下げられないところまできている。それでも競合に比べてコストが高い。そんな状況で、更にコストの高いバッテリーとモーターを搭載してこのEVのコストは、一体いくらになるのですか?そのコストを価格に転嫁しろと言われても、そんな高い価格では市場競争力は全くありませんよ」
藤堂は、山本副社長が、「販売部に『売れない』と言ってる輩がいる」と言っていたのを思い出した。
もともとこの今川は本社に居た時は海外販売本部に所属しており、市場分析能力と商品マーケティング能力が高いと評判であった。だから、山本副社長が、まだ開発担当本部長だった時代に、今川がユーザー視点で商品を批評した時に、山本と今川が言い争いになったという話は社内でも有名であった。それが原因で、今川は北京浅田汽車に飛ばされたという噂もあった。
正直言うと藤堂自身は、『売れる』EVを作るのが自分の仕事ではなく、北首汽車の電動化技術を学び習得する事が自分の仕事だと認識していた。
さらに付け加えるなら、山本副社長の期待に応える事が、自分の将来の出世の道、役員への道だとも考えていた。
今川が酒の勢いもあってか、かなり熱く話していると総裁の榎本が話に割って入った。
「まあ、今川さん。そう熱くならないで。藤堂さんもアサイメントを抱えて、難しい立場なんですから。ましてや昨日北京に着いたばかりで、そんなに責め立ててはかわいそうでしょう。EVはまず検討してみましょうよ。そして投資が発生するタイミングでプロジェクトを前に進めるか検討しましょう。ちょっと真面目な話になり過ぎたので、場所を変えましょうか。せっかく藤堂さんに北京に来てもらったのだから、私たちの行きつけの店にご案内しましょう」
と言って、大きな声で、「服務員(サービス員)!」とは発声し、店の店員を呼び、テーブルで清算を済ませた。
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