第7話 二人だけの秘密
「なんて言えば良かったんだろう」
連絡先を交換したので、昨夜の内に何にもなかった素振りで『今日は楽しかったね』とメッセージを送ってみた。
しかし、スマホを見ても未だに既読がついていない。
はあ、こんな時どうすればいいのだろう。
対人関係に薄い俺には見当もつかなかった。
喧嘩したなら謝ればいいと想像がつく、けれどこれは相手の家の問題で俺にはどうしようもない。
もう、ぬいぐるみについて話したり出かけたりすることはないのかな。
肩を落として、何度目かのため息をこぼした。
「おお、今日も顔つよつよじゃね」
「あんま見てっとしめられんぞ」
「でもさぁ、あれは見ちゃうって」
周りにいる男子たちがざわめき立つ様子から
玄関口をみると、
「まじ綺麗よね」
「ほんと骨格から違う」
「お姐さまとお呼びしたいわ」
「あんた洒落にならないからやめときな」
女子にも憧れられる存在。それが
非公認ファンクラブがあるとか聞いたっけ。
下駄箱で靴を履き替える姿ですら絵になっている。
「……お、おはよう」
俺は手をあげて
普通に自分から誰かに挨拶することなんてないのに、ましてや相手は
緊張して当然だと思うけど、我ながら情けない。
俺はあげた手の居心地が悪くなり、ゆっくりとおろした。
「ぷ、なにあれ命知らず?」
「挨拶してお近づきになろうって魂胆かな、さぶ」
「私たちとは住む世界が違うのにね」
住む世界が違う、か。その通りだと思う。
俺がこの街に詳しくないだけで、彼女はこの街一帯を牛耳る
名前が聞こえてきただけでみんなが恐れを抱く対象。それは昨日俺がみたことだったじゃないか。
けれど、俺は
それからどうにか話しかけようと思っても、休み時間になるとすぐに机に伏せてそんなタイミングがなかった。
そもそも教室という狭い空間で、俺の方から声をかけるなんて注目されるのが怖くてできない……。
四限の授業で、絶好のタイミングがきた。
どうやら
「……一緒にみる?」
これなら自然だと思った俺の提案に、
先生も
昼休みになってすぐ
俺は食事を持って、慌てて体育館裏に行ってみたけれどそこには誰もいなかった。
「ここにいるかもってどうして思ったんだろう」
あれは
教室に戻って一人で食べた菓子パンは、これまでと同じ物なのにあまり美味しいと思えなかった。
教室では沢山の生徒がいるのに酷く孤独を感じた。彼女もそうなのだろうか。
放課後になり、
俺もそれは予想がついていて、すでに荷物をまとめていたから遅れは取らない。
しかし、全然追いつかない。
くそう、高身長でスタイル良いってなんだよ! こんなところにも差を感じてしまう。
家が隣だから帰り道は同じだ。
俺はめげずに小走りになって追いかける。
あれ、これって側から見たら逃げる女の子を追いかける不審者の図になっていて、冷静に考えてヤバいのでは?
けれど先延ばしにしてもどんどんと気まずくなるだけだ。
「
周囲に誰もいなくなったタイミングで俺は思い切って声をかけた。
すると、
「なんでずっと追いかけてくるの」
眉根を寄せて睨みつけているその迫力に、俺はたじろいでしまう。
ずんずんと寄ってくる
そして、ドンと
「私と関わらないで」
その瞳で見下ろされると蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。正直怖い。
話したいと思って追いかけたりしてたけど、何を話せばいいか考えてなかった。
「追いかけていることに気づいていたなら、俺から逃げてたってことでしょ」
「それは……」
「
俺は、ただ思ったことを口に出す。
どう解決するとか俺には分からない、だからありのままの願望を伝える。
「あれは、もういい」
「楽しくなかった?」
「私は
「そうじゃない。
「
ばにらちゃんをお風呂に入れたり、おしゃれなカフェにいって流行りの食べ物とぬいを撮った。お互いの好きなものについて話しした。それが楽しかったんだ。
「私には
「このまま私とぬい活を続けてたら
「てんちゃん」
「え?」
そんな顔もするんだな、でも影がさしている顔よりずっと良い。
「だったら、俺はこれから学校以外では
あの出来事は街で
でも下の名前なら問題ない。
それに、ちゃん付けでかわいく呼べば、より極道一家と連想しづらくなるはず。
正直めっちゃ恥ずかしい。ちゃん付けで名前を呼ぶなんて幼稚園以来じゃないか?
しかし、そんなこと言ってられない。
「初めてできたぬい活仲間なんだ、もっと一緒に遊ぼうよ! てんちゃん!」
「ん……」
「どうしたんだてんちゃん! むぐっ」
突如、
「分かったから、ちょっと静かにして。名前呼びすぎ」
待てよ。俺の聞き間違いじゃなければ今、分かったっていった?
そう口にしようとして、俺の唇が
「ひゃっ……」
そして、俺たちは黙って目を合わせる。なんだか気まずい時間が流れる。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!
謝りたいけど喋ったらまた手に口がつきそうなので心の中で謝り倒した。
ほどなくして
良かった。俺の聞き間違いじゃなかったみたいだ。
「
ジトっと刺すような視線を向けられ、俺はさっきのことを思い出してしどろもどろになる。
「ご、ごめん。自分の家を理由に
野外で一緒に遊ぼうって大きな声でいって、ちっちゃな子どもみたいだった自分が恥ずかしい。
「ううん、遊ぼうっていってくれて嬉しかった。それに、学校以外では下の名前で呼んでくれるだなんて」
「二人だけの秘密みたいでドキドキするね」
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