第6話 初めて同士ってなんかいいね



 俺はそわそわとどこか居心地の悪さを覚えながら、店内で並んでいた。

 放課後、麗鷲うるわしさんに連れられて到着したのは今っぽいお洒落なカフェ。

 

 平日の夕方だというのに若い女性たちで埋め尽くされていて、俺一人では来ることのない縁遠い場所だ。

 どこに行くか昨日教えてもらっていたけど、いざ来てみると自分の場違い感が半端なく思える。


 ここではアサイーボウルというのが流行っているらしい。

 朝良いだから、朝食用のサラダボウルか何かかと思ってたけど違うみたいだ。 


「たっか……っ!」

 

 タッチパネルでお会計を済ませるシステムらしく、メニュー画面をみて思わず口走る。

 しまったと口を塞いだけど、少々手遅れで周りの視線が刺さる。


 待って。こんなにすんの?

 1000円超えてるじゃん。


「私あんまりお腹空いてないから、二人で一つ買って半分ずつに食べない?」


 きっと、俺の懐事情を察してくれての提案だろう。なんて優しいんだ。

 奢るのは違うと思ってくれたのか、自分に事情があるということでこちらが飲み込みやすいような気遣い。

 メンツを立てる行動が出来るのは極道一家で育ってきたからこそなのかな。

 

「そうだね。半分こにしようか」


 気遣いに情けなさを感じながらも、お言葉に甘えさせてもらった。

 カフェは一人ワンオーダー制の多いけど、中高生が多いためかこの店は問題ないみたいだ。


 注文を終え番号札を取ったあと、しばらくして呼び出されたので受け取りにいった。

 カップには苺やバナナ、キウイと行った果物、その下に紫色のペーストがみえる。

 南国っぽくて健康に良さそう。


 てか、ちっさ! あの値段でこの大きさ?!


「ごめん、二人で半分こしたらすぐに無くなりそうだ」


 席に戻って俺は麗鷲うるわしさんに謝った。

 

「なぜ謝るの?」


 あくまでも彼女は自分から半分こをお願いしたスタンスを崩さない。

 それに、と麗鷲うるわしさんは続けた。


「今日はぬい活がメイン」

  

 麗鷲うるわしさんはぬいぐるみのばにらちゃんを取り出した。

 ばにらちゃんはもこもことしたファンシーな白色のうさぎ、おっきな瞳に星が浮かんでいるのが特徴だ。

 空いてる席に座ってから、俺は気になっていたことを尋ねた。

 

「そういえば、ばにらちゃんって何のキャラなの?」

 

 これまで聞いたことなかったな。

 何かのアニメのキャラだろうか。


「私が推してるアイドルの『アスタリスク』のマスコット」


 そのアイドルは俺でも聞いたことがある。

 詳しくは知らないけど街の広告やSNSで名前をみかけた。

 国内外問わず人気なアイドルだとか。

  

「アイドルにマスコットがいるなんて知らなかった」


「アイドルグループ毎にいたりする。これは有名なアメリカのデザイナーがデザインしたんだって」


「なるほど、この造形の感じでアメリカのデザイナーならエルダーさんかな。だからこんなにポップなんだね」


「デザイナーさんのことを知ってるなんて相楽さがらくん詳しいね」


「ぬいぐるみのことは多少ね。でもアイドルのマスコットをデザインしてるのは知らなかったよ」

 

 ぬいぐるは好きだけど、アイドルは俺の知らない世界だ。

 こういうの聞くのは結構好きだ。


「教えてくれてありがとう、またアイドルのこと沢山教えてくれると嬉しい」


 それから、俺はひっそりと自分のぬいを取り出す。

 人間の女の子のタイプの小さいぬいぐるみ。


「その子が相楽さがらくんのぬいなんだ。かわいい」


「この子は九音くおんっていって、自分で作ったから褒めてもらえると嬉しいよ」


「うそ、自分で? すごい上手だから売り物かと思った」


 麗鷲さんは口に手を添えて驚いていた。


「ありがとう。でも、もっとかわいくできると思うし。俺なんてまだまだ」

 

「そんなことない。相楽さがらくんの家にまた遊びに行くときにぬいぐるみについて色々と聞かせて」


「いいよ」


 俺がぬいぐるみを作っていることを否定することなく、むしろ話を聞きたいといってくれるのは、嬉しいことだ。それにお互いの好きなことについて話せたら楽しそうだ。

 あれ、ちょっとまって、麗鷲うるわしさん俺の家に遊びに来るつもりなのか?


 そう聞きたくて視線を向けるが、「溶けそう」と麗鷲うるわしさんは俺に追求の暇を与えず、アサイーボウルにばにらちゃんを並べた。


 

 その姿をみて、今はぬい活をしようと頭を切り替えた。

 店内のテーブルはグレーでモダンなデザインで、自然光が差し込んできてきてロケーションは抜群。

 アサイーボウルがカラフルなのもあってかなり映える。


 

 麗鷲うるわしさんは何度も角度を変えて最高の一枚を狙っている。

 時折口から「かわいい」と漏れていて、顔が良い美人がぬいぐるみを前に童心に戻っているギャップが尊い。 


 ――ぱしゃり。


 俺はスマホを片手に、目の前に広がる尊い光景を写真に収めた。

 やば、俺の人差し指がついやってしまった。収めたとかいってる場合じゃない、これじゃあ盗撮だ!

 

「可愛く撮れた?」


 逮捕されるか、落とし前をつけなくてはいけないかと不安になる中、麗鷲うるわしさんは気にする素振りをみせることなくいう。

 

「ええっと、その……。とってもかわいいです」


 俺は白状するように撮った写真を見せるようにスマホを麗鷲うるわしさんに向ける。

 そして、恥ずかしながらも称賛を絞り出した。

 

「わかる。ばにらちゃんはかわいい」


 

 ふふん、と満足そうに頷いていた。

 さっきの発言、麗鷲うるわしさんに対してのだと思われていない?!



 頑張っていったのに恥ずかし損だ!



 でもこれはこれで良かったのか……? なんて俺は頭を傾げた。


 

 俺も自分のぬいぐるみをアサイーボウルに並べて撮る。

 家で撮影することあるけど、外では中々恥ずかしくてあまりできていない。

 今回は一緒にしてくれる女の子がいるから抵抗がかなり和らいでいるぞ。

 九音くおんをこんなオシャレなところに連れてこれるなんて嬉しいな。麗鷲うるわしさんがいてくれて良かった。


 

 アサイーボウルは木のスプーンで食べるようで意識が高い。

 肝心の味は、口当たりがもったりとしてて、なかなか美味しい。

 さすが流行っているだけのことはある。あの値段だから易々と食べられないけど。


 放課後にぬい活しながら、ひとつのスイーツをつつき合うことになるなんて夢にも思わなかったな。


 ――ぱしゃり。


 俺がもう一口食べようとすると前から電子音がした。

 見ると麗鷲さんがぬいをかかげながら、写真を撮っているようだった。


「上手く撮れた?」


 店内とばにらちゃんを一緒に撮ったのだろうと思い、俺は尋ねる。

 

「うん。良い感じ。ばにらちゃんと一緒に映る相楽さがらくん」


「お、俺?!」


 何事かと大きな声が出てしまう。

 俺みたいな存在が麗鷲うるわしさんのスマホのカメラロールにいても良いだろうか。

 ほんの少しでも容量を圧迫していると思うと心苦しい。


「ぬいぐるみみたいでかわいい」


 麗鷲うるわしさんは撮った写真をみて笑っていた。

 さては俺をからかってるなー?

  

「ねえ、写真送り合おう」


 麗鷲うるわしさんはスマホにQRコードを表示して見せてくる。


 ぐ、これはインスタグラムのアカウント交換。

 俺はいつか自分の作ったぬいぐるみやアクセサリーを載せるために、とりあえず開設したインスタのアカウントがある。

 けれど、フォロー0、フォロワー0で投稿もしていない。使っていないのが丸わかりだ。


 しかし、女の子と連絡先を交換し合うまたとない機会だ。

 ここを逃すわけにはいかない!

 俺は恥を忍んで、QRを読み込んでフォローした。


 麗鷲うるわしさんのアカウントをみるとフォロー0、フォロワー1と表示されていた。

 さっき俺がフォローしたばかり、ということは。

 

相楽さがらくんが私の初めてだよ?」


 そんな光栄なこと俺で良いんですか?!

 そして俺のスマホに通知がくる。麗鷲うるわしさんがフォローしてくれたみたいだった。

  

「お互い初めて同士ってなんかいいね」


 麗鷲うるわしさんそれってフォロー、フォロワーのことだよね?!

 心拍数がどっどっと上がるのが自分でも分かる。

 意味深に捉えてしまう自分が思春期真っ盛りで嫌になる。

 

「この三人の写真いいな」

 

 俺が変なことを考えている間に、麗鷲うるわしさんは俺の送った写真をみてぽつりと溢した。


「三人? 麗鷲うるわしさんとばにらちゃんの二人だよ?」

 

「違うよ。写ってるのは私とばにらちゃんだけど撮ってくれた相楽さがらくんがいるから、三人」


 

 そうか。自分とぬいぐるみだけを撮るなら自撮りでできるけど、この写真はもう一人いないと成り立たないんだ。


「自分がぬいを撮ってるところを人に撮ってもらうの、憧れだったから嬉しい」


 ありがとうね相楽さがらくん、と麗鷲うるわしさんは今日一番の笑顔をみせた気がした。

 麗鷲うるわしさんは極道一家のお嬢なのかもしれないけど、ぬいぐるみが好きで、推しがいて、流行りのものを食べに行って、そんな普通のことに憧れる普通の女の子のように映った。



「なんか今、麗鷲うるわしって聞こえなかった?」


「うん、あっちの方から聞こえた」

 

「え、怖い。暴力団の関係者がいるの?!」


 突如としてカフェが騒然となった。

 俺にとっては馴染みがないけれど『麗鷲うるわし』という名前は地元の人たちにとっては恐怖の対象なんだ。


 どうしたらいいのかと思ってあたふたしていると、「行こう」と麗鷲うるわしさんは立ち上がり、逃げるようにカフェを出ていってしまう。

 俺は荷物をまとめて、駆け足でついて行く。


「私のせいで台無しだ」


 店前で彼女は懺悔するように呟いた。

 俺はそれに返す言葉を持ち合わせていなかった。


 それから帰り道の道中、俺たちは話すことはなく、二人の間にはローファーの乾いた足音だけが虚しく響いた。

 



 

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