第4話『あの子を守れ』

 人間たちの声が聞こえないところまで移動した俺は、周囲をクワガタアリに見晴らせつつ、ステータスを照会。


 既存の【高機能複眼ハイ・コンパウンド・アイ】と【眷属生成(ハキリアリ)】に加え、新たなスキルが取得できるようになっていた。


 戦闘を重ねることで、より強力な能力が解放されていくシステムのようだ。

 

 ◆ ◆ ◆


 取得可能スキル:【眷属生成(パラポネラ)】【蟻酸砲アシッド・キャノン】【羽化】

 ◆ ◆ ◆


【眷属生成(パラポネラ)】は、考えるまでもなく有用そうなスキルだ。


 パラポネラは、『弾丸アリ』の異名の通り、刺されるとまさしく拳銃で撃たれたかのような激痛を覚える、神経系の猛毒を持つアリである。


 また、クワガタアリよりも体格が大きく、アゴも強靭で、単純にパワーが高い。


 お次が【蟻酸砲アシッド・キャノン


 説明を見るに、【蟻酸噴射アシッド・スプレー】が進化したスキルのようだ。


 ゴーレムにはさっぱり効き目のなかった【蟻酸噴射アシッド・スプレー】くん。

 

 だが、ここにきてようやく日の目を見ることになるかもしれない。


 そして、最後が【羽化】

羽化予兆ハーフウィング】と同じく、なんの説明もない上に、これを取ると、ほかのスキルをとるのに回すポイントがなくなってしまう。


 うーん……進化するのには必須のスキルだけど、まだ高純度魔石が足りてないしな。


 無理してとったところで、無用の長物になってしまいそうだ。


 取るには取るけど、今じゃなくていいだろう。


 俺はカードを操作し、【眷属生成(ハキリアリ)】【蟻酸砲アシッド・キャノン】【眷属生成(パラポネラ)】を取得した。


高機能複眼ハイ・コンパウンド・アイ】は……【羽化】のためにポイントは温存することにした。無念。


 この選択が後々響かないことを祈るばかりだ。

 俺は【眷属生成(ハキリアリ)】と【眷属生成(パラポネラ)】を使用し、物陰に大量の卵を産みつけると、孵化するまでの間に、ニューウェポンの【蟻酸砲アシッド・キャノン】の試し撃ちをすることにした。


 さーて、いい獲物はいないかなっと。

 クワガタアリに辺りを索敵させると、近くに手頃な大きさのモンスターを発見した。


 よし、こいつを実験台にしよう。

 さっそくそちらへ向かうと、出迎えてくれたのは、硬そうな甲羅の上に、砲台のようなものを乗せた、巨大なカメだった。


 名付けて装甲大亀アーマード・タートルといったところか。


 その巨体は俺の数十倍はあろうかという大きさで、まさに生きた要塞のような威圧感を放っている。

 

 俺は尻をサソリの尻尾のように背中側へ持ち上げ、照準を定める。


 想像するに、あの砲台から弾を撃ち出すのが奴の攻撃手段だろう。

 なら、先にあれを潰す。

 

 食らえ、【蟻酸砲アシッド・キャノン】!


 俺の尻から、明らかに俺よりも圧倒的に大きい黄色い水滴が発射された。


 着弾。

 鉱物でできていると思しき装甲大亀アーマード・タートルの砲台が、一撃でドロドロに溶解する。


 おお、すごい威力だ!


「グオオ……!」


 不意打ちを受け、苦悶の声を漏らす装甲大亀アーマード・タートル


 だが、俺が小さすぎるのか、はたまた目が悪いのか、襲撃者の居場所には感づいていないようだ。


 俺はさらに【蟻酸砲アシッド・キャノン】を発射。


 狙いは甲羅部分。

 肉に当てれば効くのはわかっている。


 だから、あえて物理攻撃の効かなさそうな、装甲を狙ったのだ。


「ギャアア……!」


 なんと、俺の【蟻酸砲アシッド・キャノン】は、いかにも頑丈そうな甲殻すら、あっさりと溶かしてみせた。


 厚さ数十センチはありそうな甲羅が腐食し、その内部に隠されていた生身があらわになる。


 いいね。

 あの装甲すら破れるなら、もはやこの階層では敵なしと見ていいだろう。


 俺はトドメを刺すべく、装甲大亀アーマード・タートルの頭に狙いをつけて――。


 ザシュッ!


「っ!?」


 とつぜん、どこからともなく現れたモンスターによって、装甲大亀アーマード・タートルは背中から真っ二つに切断された。


 嘘だろ。物理であの防御を突破できるのかよ!

 

 俺の獲物を横取りしたのは、カメと同等の体躯を誇るでかいカマキリだった。


 大鎌から滴る鮮血を、奴は尖った口元ですする。


 その鎌は刀身のように鋭く研がれており、まさに死神の大鎌と呼ぶにふさわしい凶悪さを醸し出していた。

 

 シャーペンでつけた点のように小さな目は、しっかりと俺のほうを見据えていた。


 もしかして、半日前に見た男を殺したのは、ゴブリンなんとかじゃなくて、こいつなんじゃ……。


 やばい!

 俺はカマキリめがけ、即座に【蟻酸砲アシッド・キャノン】を発射する。


 だが、奴はひょいと上体を振って酸弾さんだんを回避してみせた。


 マジか。

 それはちょっと想定外……!


 続けざまに連射するも、すべて当たらず。


 巨体に見合わないフットワークで、カマキリは俊敏に俺までの距離を詰めてきた。


 まずい。

 鎌が振り下ろされるタイミングを見計らい、【大顎跳躍ジャウント・バースト】で飛び退く。


 ギリギリ回避成功。

 だが、奴はしっかりと俺の動きを目で追っていた。


 次は、避けられない。

 俺はそう直感し、目の前が真っ暗になるような思いがした。

 そのとき。


大斧蟷螂マンティス・リーパーだ!」


「私が引き付ける! お前たちは背後に回れ! 奴の視界は前方だけだ!」


「了解!」


 俺たちの間に割って入るように、5人ほどの人間たちが現れたのだ。

 その中には、俺が転生したばかりの頃に見つけた、壮年の男と、ローブの少女もいた。

 よしっ、またとない機会だ!

高機能複眼ハイ・ コンパウンド・アイ】も手に入れたことだし、今度こそあの子の秘密を暴いて……!


「ベンヤミンの旦那! こっちにもちっこいのがいるぞ!」


「なにっ!」


「ひいっ」


 身体がデカくなったせいで、闖入者の一人に見つかり、俺は慌てて両前足を挙げて『敵意はありません』アピールをした。


「……? 何してんだ、こいつ」


 しまった。

 俺は今アリなんだ。

 人間のマネをしたって通じるわけがなかった。

 呆然とする俺をよそに、若い男が、ベンヤミンと呼ばれた壮年の男に尋ねる。

  

「……降参ってことですかね」


阿呆あほう。モンスターがそのようなことをするか!

 ……捨て置け、今は大斧蟷螂マンティス・リーパーに集中するのだ!」


 ほっ。

 なんとか見逃してくれたらしい。

 俺は予期せず囮となってくれた彼らに感謝しながら、スタコラサッサとその場を離れた。

 去り際、チラリと複眼の隅であの子の後ろ姿をとらえる。

 杖を携えて戦う彼女は、華麗で美しかった。

 そんな少女に、一抹の罪悪感を覚える。

 ……大丈夫だ。彼らはきっと俺より強い。

 あんなカマキリなんかに負けるわけない。

 

 と、思いつつ、念のため監視用のクワガタアリを残しておいた。

 

 ◆ ◆ ◆


 隠れ家に戻り、ハキリアリたちの卵が無事なのを確認すると、俺はカマキリと戦っている――おそらく冒険者たちの様子を観始めた。


 見た目通り、彼らは強かった。

 カマキリ――大斧蟷螂マンティス・リーパーとかいったか――の鎌を、見事にいなし続ける盾持ちのタンク。


 彼がヘイトを買っている間に、斬撃を打ち込む近接職たち。

 時折、鬱陶しそうに大斧蟷螂マンティス・リーパーが彼らにも鎌を振り回すが、これまた曲芸師のように身をかわしている。


 そして、彼らが注意を引いている間に、一人魔法陣の中に立ち尽くし、詠唱をつむいでいる少女。

 どうやら、彼女があのパーティの火力役らしい。


 魔法陣の複雑な模様が徐々に光を増しており、相当な威力の魔法を準備しているのが見て取れる。


「……できました!」


「みな、離れろ!」


 ずっと目をつぶっていた少女が声を上げると同時に、ベンヤミンが合図を出す。

 ばっとカマキリから距離を置く前衛たち。

 彼らに追撃を加えようとする大斧蟷螂マンティス・リーパーに対し、少女が杖の先端を向ける。


「【爆裂炎弾ファイア・ブラスト】!」


 直径5メートルはあろうかという火の玉が放たれ、大斧蟷螂マンティス・リーパーを直撃した。


 爆発。

 とんでもない衝撃と轟音に、監視役のクワガタアリがふっとばされた。


「――ったか?」


「――まだだ。油断するな!」


 やっとカメラ役が復帰し、俺は観戦を再開する。

 驚くべきことに、大斧蟷螂マンティス・リーパーはまだ健在だった。

 

 火炎弾からかばうのに使ったのだろう。

 右の鎌は根本から千切れ、全身から黒煙が立ち上っていたが、それでも戦意を喪失した様子はない。


 むしろ、怒り狂ったように、自らの右腕を奪った少女を睨みつけた。


「ひっ……!」


 恐怖に身をすくめた少女の盾となるように、ベンヤミンが剣を構える。


「冷静に! もう一度撃てば倒せまする!」


「は、はい!」


 大斧蟷螂マンティス・リーパーが小さく脚を縮めたかと思うと、バネで弾かれたように少女めがけて跳躍した。

 いや、厳密には、その《・》に迫る影へと。


 ザクッ!


「……え?」


 少女が呆けたように、気の抜けた声を漏らす。

 なぜなら、大斧蟷螂マンティス・リーパーの残る大鎌は。


 少女の後ろから飛びついてきた、大型ゴブリンの剣によって切断されたのだから。


「キシャアア――!」


「……ゲッゲッ、血の匂いがしたんで来てみたら」


 武器を失った腕で、虚勢を張るように威嚇する大斧蟷螂マンティス・リーパーを無視し、ゴブリンが人語を発する。


 身長は2メートルほど。カメやカマキリに比べると、半分ほどしかない。


 だが、その筋骨隆々たる体躯から放たれる魔力は、遠隔で見ている俺すらも息を呑むほどだった。


 それに直接あてられた冒険者たちの恐怖は、計り知れない。


 両手に一本ずつ、大ぶりの片手剣を構え、胴体には死体から奪ったと思しき、血まみれの甲冑が乱雑に巻きつけてある。


 そして、その首からは、大ぶりな魔石がいくつもぶら下がっていた。


 戦利品として奪ったものだろうが、その数の多さが彼の戦歴の凄まじさを物語っている。


主菜メインディッシュにデザート付きとは。ツイてるな」


 ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべるゴブリンに、冒険者たちは震え上がった。


「だ、旦那。こいつ……!」


「間違いない。小鬼闘将ゴブリンチャンピオンだ……!」


 小鬼闘将ゴブリンチャンピオンって、確かギルドに報告するとか言ってたやつだよな?

 そんなに強い奴に、この人たちだけで勝てるのか?

 じりじりと後ずさりしていた大斧蟷螂マンティス・リーパーが、脱兎のごとく駆け出す。


 だが、次の瞬間には首をはねられ、地面に倒れ伏した。

 弱っていたとはいえ、冒険者5人がかりでも倒せなかったカマキリを、たったの一撃で仕留めるなんて。

 

「ひっ……ひいっ……!」


 少女の奥歯がガチガチと鳴り、喉の奥から絞り出すような喘ぎ声が漏れる。

 それを聞いて、小鬼闘将ゴブリンチャンピオンは愉快そうに牙をむいた。


「いいぞ。もっと恐怖しろ。肉が美味くなる」


「逃げるんだ、シエラ! 俺たちが時間を稼ぐ!」


「で、でも……」


「いいから行け! あんたはユニークスキル持ちだ! 俺らより生きる価値がある!」


「必ずお戻りします。ですから、行ってくだされ、シエラ様!」

 

 迷っていたのは、ほんの一瞬だった。

 素早い判断力で、少女は自身と小鬼闘将ゴブリンチャンピオンの間に立ちはだかる男たちに背を向け、走り出した。

 だが、その目尻には、涙のしずくが浮かんでいた。


「生きる価値だと? 貴様ら人間に価値があるとしたら、それは――」


「うおおお――!」


 猛然と斬りかかる剣士を前に、小鬼闘将ゴブリンチャンピオンは悠々と剣を振りかぶった。


「――俺たちモンスターの、餌になることだけだ!」


 スパンッ!

 小鬼闘将ゴブリンチャンピオンの剣を真っ向から受けた剣士が、防御に使った剣ごと、二つに断ち切られた。

 物言わぬ肉塊となった男の肉を、小鬼闘将ゴブリンチャンピオンは無造作に口元に運んだ。


「やはり雑魚の肉だ。美味くはない。まあ……腹の足しにはなる、といったところか」

 

 冒涜的なセリフに、冒険者たちは怒りをたぎらせる。


「ならば、貴様の肉はさぞ美味かろう。小鬼闘将ゴブリンチャンピオン!」


「食ってみろ、この俺を! 食えるものならな!」


 小鬼闘将ゴブリンチャンピオンと冒険者たちの激突を、俺はただ座して見守っていたわけではない。

 助けなければ。

 俺は、彼らのおかげで大斧蟷螂マンティス・リーパーから逃げられたのだ。

 その恩を返す必要がある。

 俺は【大顎跳躍ジャウント・バースト】ですぐさま現場に舞い戻ると、こっそり装甲大亀アーマード・タートル大斧蟷螂マンティス・リーパーの体内に眠っていた魔石を摂取。

 またすぐ隠れ家にとんぼ返りし、ステータスを確認した。

 進化に必要な高純度魔石は……残り2個。

 足りない。だが、やるしかない。

 俺は新たに得たスキルポイントで、【羽化】を取得した。

 その途端、体の奥底で、なにかが弾けた。

 瞬時に全身へ熱が広がり、俺は猛烈な眠気に襲われる。

 な、なんだ? こんなときに……。

 意識が朦朧とする中、体が勝手に白い糸を吐き、繭を作り始める。

 なるほど、羽化するには、まずサナギにならないといけないわけか……。

 俺は眠りに落ちる前に、すべてのアリに指令を出した。

 小鬼闘将ゴブリンチャンピオンから、高純度魔石を奪え。

 そして、あの子を守れ、と。

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