第24話 自宅警備員

森の中を歩いていた足が自然と止まり、静かな丘の上へと辿り着いた。


目の前には、アクシズ教徒が見つけたら間違いなくお祈りを始めそうな絶景が広がっていた。風にそよぐ草原と、その先に見える小さな湖。夕暮れの光が水面を染め、まるで別の世界のようだった。


「……カズマ?」


めぐみんが、隣で小さく声をかけてくる。


「なあ、めぐみん。前に“日本”ってところから来たって言っただろ」


「ええ、知ってますよ。あなたが死んで、異世界に転生したってことも」


「……でも、どうやって死んだかまでは、言ってなかったよな」


めぐみんの瞳がすっと動く。彼女は黙って頷いた。


「実はさ、俺……トラックに轢かれそうになった子を助けようとして……」


「それで、命を落としたんですね……」


「いや、実際には……ただの勘違いだったんだよ」


カズマが乾いた笑いを浮かべて空を仰ぐ。


「そのトラックってのは実は“ゆっくり走る農機具”で、助けようとした子も全然無事で、俺だけ驚きすぎてショック死した。……なんていうか、すごいだろ? 死に様として」


「……ふふっ、あなたらしいですね。でも、それで異世界転生、ですか?」


「そう。死んだあと、女神アクアに“異世界に転生するチャンス”をもらった。それで、気がついたらこの世界にいた。装備もスキルもない、レベル1の駄目人間だった俺が、なんやかんやあって……今に至るってわけ」


めぐみんは黙ってカズマの話を聞いていた。


「それに……俺、向こうでは正真正銘の“ニート”だったんだ」


「ニート?」


「何もしてない若者、みたいな意味。学校も途中でサボって、そのまま引きこもって……家でずっとゲームしてた。日が昇っても寝て、みんなが働いてる時間にだらだらして、誰にも期待されなくなってさ。何もかもどうでもよくなってた」


「……そうだったんですか」


「だからさ、この世界で最初にパーティー組んだ時……めちゃくちゃ嬉しかったんだよ。ダメな俺でも、必要としてくれる人がいるって、そう思えた」


「……」


めぐみんが、そっとカズマの手に触れる。


「あなたのこと、もっと知りたいって、思ってました。爆裂魔法のことしか話してない私より、よっぽど色んなことを見てきたんですね」


「日本って国は、科学の世界だった。魔法の代わりに“技術”で生活を便利にしてた。空飛ぶ鉄の箱に人間を乗せて空を飛ばしたり、炎も雷も道具で簡単に扱えて、病気も薬で治せる。スマホって道具一つで、世界中と繋がって、どこにいても誰とでも話せる」


「……本当に、魔法の世界みたいですね」


「なのに、俺はその世界で何一つ成し遂げられなかった。だからこそ、こっちの世界では……自分で何かを手に入れたかった。ダメなままで終わりたくなかったんだ」


カズマの言葉は、どこか自嘲気味だった。


だけど、めぐみんは――まっすぐ、微笑んだ。


「そんなあなたが、仲間のために戦って、傷だらけになりながら戻ってきてくれるの、私はちゃんと見てますよ。どこの世界で生まれたかなんて関係ありません。今のあなたが、私の知ってるカズマなんですから」


「めぐみん……」


「それに……異世界だろうとなんだろうと、あなたが爆裂魔法を見てくれる限り、私はここにいますよ?」


夕焼けが、二人を包み込む。


「ありがとな、めぐみん。俺、やっぱお前が――」


「……ふふっ、もう少しだけ、そういう言葉は取っておきましょうか。100話くらいかけてゆっくりで」


「まるで読者がいるかのような言い方だな」


「気のせいですよ、カズマ」

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