第6話 片時たりとも

サジタリアスは怒りの色を見せる桃歌と透流に飄々とひた態度で話を続ける。

「僕は君が生まれた時からずっと気に入ってるんだ、だから君に僕の目印を刻んで、君に近付く悪い虫を排除していたのさ」

「ふざけるな!!!!!!人の命を何だと思っているのよ!!!!!!!!!!!!」

桃歌は堪忍袋の緒が切れて激昂し、サジタリアスに怒鳴りつけた。

(桃歌さんが兄さんに気持ちを伝える事を異常に恐れていた理由はこれか…)

サジタリアスの目印は桃歌の誕生日と同時に刻まれたものだったため、強力な透視能力を持つ透流でさえも、見抜くことが出来なかった。

「貴様が今虫呼ばわりした2人が…彼女にとってどれほど大切な人か…彼女がどれほどの悲しみを抱えたか分かって居るのか!!!!」

「そんなの知ったこっちゃないよ、僕の邪魔をするものは消す…それだけさ、君も僕の邪魔をしたいようだね」

サジタリアスの目に冷たい光が宿り、透流に向かって指をひと振りして何かを飛ばしてきた。

「遅い」

透流は飛ばされた何かをパシっと掴んで握りしめた。

手には矢が握られていた。

「なるほど、これで2人をマーキングしていたのだな」

透流は矢を握り潰して粉々に砕いた。

「へぇ、なかなかやるね、僕の矢を防いだのは君が始めてだよ…君、名は?」

「私は酉の戦士、葉酉透流だ…」

「覚えておこう…今日は挨拶に来ただけだからお暇するよ、透流…僕は必ず君を倒して彼女を手に入れる…またね」

「二度と来るな…」

サジタリアスはその場で姿を消した。

「すみません、取り乱してしまいました」

「私の方こそごめんなさい、びっくりしましたよね…」

「いえ、桃歌さんの怒りは当然のものです、行きましょう」

透流と桃歌は再び歩き出した。

「こちらです」

10分ほど歩いたところで火黒の自宅の一軒家に辿り着いた。

「お待ちしていました、火黒の妻の葉酉桜(はとり さくら)です、こちらは娘です」

「葉酉茜(はとり あかね)です、小学校1年生です」

「はじめまして、卯野桃歌と申します」

桃歌は出迎えた桜と茜に挨拶をし、家の中へ入った。

「茜、ママも桃歌さんと少しお話がしたいの、ちょっとお部屋で透流叔父さんと待っていてね」

「はーい!行こ!透流叔父さん!」

透流は茜に腕を引かれて茜の部屋に行き、桃歌は桜とリビングに2人きりになった。

「ごめんなさいね、急に来ていただいて」

「とんでもないです、いつもお世話になっている火黒先生のお嬢様のお願いですから」

「ありがとう、私からも1つお願いしてもいいかしら?」

「私に出来ることでしたら」

「私の目、生まれつき視力がなくて…今家の中では茜の力のおかげで見えているのだけど外に出ると見えなくなってしまうの…外の世界がを見てみたいの…」

桜は家の外では目が見えないため、家から出ることが出来なかったのだ。

「ちょっと失礼しますね」

桃花は桜の顔の前に手をかざし、桃色の光を桜に浴びせると、白く濁っていた桜の目にはその名の通り美しい桜色が宿った。

「桜さん、外に出てみましょう」

桜は桃歌に手を引かれ家の外に出た。

「外の世界ってこんなに美しいのね…ありがとう、桃歌さん」

「お役に立てて何よりです」

桃花は笑顔で応えた。

「あなたもとても美しいのね、あなたが先に主人に会っていたらきっと主人は貴方に惹かれていたわね」

「さ…桜さん!?」

桃歌は顔を茹で蛸のように赤くした。

「主人の事、好きなんでしょ?顔に書いてあるわ」

桃歌は桜の感の鋭さに観念し、口を開いた。

「はい、1年生の頃からずっと火黒先生が好きです…桜さんと茜ちゃんが居ることも知っていた上で…でも信じてください、私は火黒先生の幸せを願っています」

「私が言うのも変な話だけど…気持ちは伝えないの?」

「卒業する時に伝えて終わらせようと思っています」

「主人も、あなたも戦士の1人…伝えるなら今のうちがいいわ、この先何が起こるか分からないから…」

忘れがちだが今は闇の戦士との戦いの真っ只中、明日があるかも分からないのだ。

「こんな事、誰にでも言うわけじゃないわよ?あなたの心の美しさを知ったから言っているの…後悔しないようにね…」

「桜さん…ありがとうございます」

桜と話し終えた桃歌は、透流と茜が待つ茜の部屋へ向かった。

「あ!桃歌さん!」

「茜ちゃん、お待たせしました」

桃歌は茜の部屋に入ると透流の隣に座った。

「あのね、昨日から優太くんと俊彰くんが桃歌さんに会いたいって言って茜の所に来ているの」

茜は亡くなった人の魂と話すことが出来る茜色の力を有していたが、茜がまだ幼い事と使い方を間違えれば茜の身を危険に晒すことになる為、普段は力を使わないようにしているのだというが、優太と俊彰の魂がどうしても桃歌に合わせて欲しいと懇願してきた為今回の対面に至ったのだ。

「優太くん、俊彰くん、桃歌さんが来たよ」

茜が2人の名を呼ぶと、幼い男の子と高校生の少年が現れた。

「ももかちゃん!」

「桃歌」

「優太くん…俊くん…」

見覚えのある愛しい人の姿と懐かしい声に桃歌は瞳を潤ませた。

桃歌と対面した2人は彼女と同じ年頃の青年に姿を変えた。

「久しぶりだね!」

「会いたかったよ」

「優太くん、俊くん、久しぶり…私もずっと会いたかったよ…その姿もかっこいいね」

「ありがとう!今の桃歌ちゃんも可愛いね!」

「それに、めっちゃ綺麗になったよな」

桃歌はそれぞれ面影を残しながら優太は柔らかく優しい雰囲気の青年に、俊彰は爽やかで凛々しい雰囲気の青年となった2人を見て、共に時を重ねることができていたらと切なさを覚えた。

「僕たち、桃歌ちゃんにお礼が言いたかったんだ!」

「私に?」

「俺たちが死んだ時、最後までずっと傍に居て癒してくれただろ?あの力のお陰で俺も優太も、痛みも苦しみもなく楽に逝けたんだよ」

「毎月お墓参りに来てくれたのもすごく嬉しかったんだ…僕からは桃歌ちゃんが見えていたからね、俊くんと一緒に来てくれたのも…ちょっとヤキモチしちゃったけど嬉しかった!」

桃歌は2人を静かに見つめる。

「いちばん嬉しかったのはずっと僕たちを忘れないでいてくれたことだよ」

「忘れたことなんて…1秒だってないわよ…」

桃歌の瞳から暖かい大粒の雫がこぼれ始める。

「優太のが上げた髪飾りも、俺とペアのネックレスも、ずっと大事にしてくれてたんだな」

桃歌は髪飾りもネックレスも受け取ったその日から毎日欠かさず手入れをしていたため長い時が経った今でも新品のように綺麗な状態を保っていた。

「ネックレスも髪飾りも…貰った日から私の宝物よ…」

「「ありがとう」」

優しく笑う愛しい2人にわがな桃歌は長い間伝えられなかった想いを伝える。

「この髪飾りを付けて…優太くんと手を繋いで…小学校に行きたかった…」

優太は静かにうんうんと頷く。

「このネックレスを付けて…俊くんと大学の事話したり…デートしたりしたかった…」

俊彰も静かに頷く。

「もっと…一緒に…沢山の時間を過ごしたかった…!」

「僕たちもだよ…寂しい思いさせてごめんね」

「これからはいつも傍にいるよ…俺たちが桃歌を守る」

優太と俊彰は泣き崩れる桃歌を2人で抱きしめると3人は暖かい光に包まれた。

(これが…愛する力か…)

透流は桃歌に刻まれていたサジタリアスの目印が消えていく様子が見えた。

「身体が…軽い…」

「あいつの呪いが解けたみたいだね」

「俺たち、やっと桃歌に恩返しできたな…優太」

「そうだね、俊くん」

優太と俊彰の身体が透け始めた。

「「大好きだよ、桃歌(ちゃん)」」

「私も…大好きよ…」

優太と俊彰は静かに消えた。

「桃歌さん、優太くんと俊彰くん、会えてよかったって言ってるよ」

「茜ちゃん、ありがとう」

桃歌の笑顔を見た茜は力を使った疲れが出たのか、うとうとし始めた。

透流は茜をベッドに誘導して寝かせると茜はすやすやと寝息を立てた。

「桃歌さん…今なら、伝えられるのではありませんか?」

「はい…これでやっと前に進めます」

「兄は今庭にいますよ」

「ありがとうございます、行ってきます」

桃花は火黒が居る庭に向かった。

「あら、透流さん1人?」

「茜ちゃんは疲れたようで寝てしまいました」

「桃歌さんは?」

「前に進みに行きました」

桜は静かに頷いた。

「火黒先生」

「桃歌!…「ゆうたくん」と「としあきくん」には会えたか?」

「はい、茜ちゃんのお陰で…大切な人2人に会うことができました」

「そうか…良かったな」

火黒は穏やかに笑う。

「火黒先生!」

桃歌は覚悟を決めて口を開いた。

「どうした?」

「お伝えしたいことがあります」


俊彰を亡くした2ヶ月後に大学に入学した桃歌だったが、大切な人を亡くした悲しみから目標を見失いかけていた。

そんな時に出会ったのが火黒であった。

火黒は口と目つきの悪さから学生からはヤクザと呼ばれることもあり、桃歌も最初は苦手意識を持っていたが、火黒の学生想いで面倒見が良い一面を知った事で徐々に目標を思い出し、次第に火黒に惹かれていった。


「私…1年生の頃から火黒先生が好きでした」

火黒は静かに桃歌を見ていた。

「桜さんと茜ちゃんが居ることも知った上でした…でも、私は火黒先生の幸せを一番に願っていて、その幸せを壊すような事をしたくなかったので、本当は卒業する時に伝えて終わりにしようとしていました…でもこうなった今…後悔したくなくて…今お伝えしました」

「…そうか」

火黒は静かに呟いた。

「ありがとうな、桃歌…俺には桜と茜が居るからお前の気持ちに応えてやることは出来ないが、こうして慕ってくれる人がいる事はありがたい事だと思ってる」

「私の方こそ聞いてくださってありがとうございます、この気持ちを抜きにしても火黒先生を尊敬する気持ちに変わりありません」

桃歌は伝えられなかった想いを伝え、すっきりした気分になった。

「なあ桃歌、知ってたか?戦士の刻印を持つ者同士が恋仲になるとな…」

火黒は首元の刻印を見せると火黒の酉の刻印に寄り添うように猫の刻印が並んでいた。

「こうして相手の刻印が遊びに来ることがあるんだぞ」

桜の旧姓は猫谷(ねこたに)、猫の戦士の血を引く家系であった。

「微笑ましいです」

桃花は仲睦まじい様子の酉と猫に柔らかく笑った。

火黒一家のつかの間の団欒に水を差すまいと、桃歌と透流はひと足早く暇を取る事にした。

「桃歌さん」

扉を開けて外に出る直前、茜が桃歌に駆け寄ってきた。

「これあげる!」

茜が手渡したのは数枚の写真と茜色のトンボ玉があしらわれた組紐のブレスレットだった。

「これでいつでも2人に会えるよ!」

写真は茜が見た風景を透流の力で紙に念写したもので、優太と俊彰と桃歌の笑顔が写っていた。

ブレスレットは透流が趣味の硝子細工で作ったトンボ玉に茜の力を込めた特別製のものだった。

「ありがとう、茜ちゃん」

桃歌と透流は火黒の家を後にした。

「大切な人に再会できて良かったですね」

「まさかこんな形で再会できるなんて思ってもいませんでした」

桃歌は愛おしそうに受け取ったブレスレットを撫でた。

「桃歌さんが今朝言っていた恋の力…うっすらですが、分かったような気がします」

透流は優太と俊彰の2人がこの世を去って尚桃歌を思う気持ちがもたらした力を目の当たりにした事で人が人を想う力を実感した。

「そして、私も自覚しました」

桃歌はキョトンとした表情で透流を見た

「私は…どうやら…桃歌さんの事が…好きなようです…」

透流は次第に顔が赤くなり、言葉を紡ぎ終えると口を手で覆い顔を逸らした。

「透流さん…」

桃歌の頬も赤く染まった 

「兄に想いを伝えたあなたと同じで…後悔したくなかったのです…」

桃歌は慎重に言葉を選ぶように紡ぐ。

「私はひとつの想いを終わらせたばかりですので、すぐに答えを出すことはできません、自分の気持ちと向き合って私の答えが見つかった時にお返事をさせてほしいです」

「答えは急ぎません、私はあなたを守りたい、それだけです…私の望む答えを頂けなかったとしても」

透流もまた慎重に言葉を紡いだ。

「どうしてそこまで…」

桃歌からの問いに透流は笑みを浮かべる

「人の心というのは些細なきっかけで淀み、穢れていくものです…ですがあなたはの心は穢れのない澄み切ったものでした…あなたほど美しい心を持つ人を見たことがありません…私はあなたの美しい心に惹かれたのです」

透流は桃歌に想いの丈を伝えた。

異なる形で前に進んだ2人を見守るように夕日が照らしていた。


―翌朝―

「兄さん…ごめん…」

透流は今まで育たなかった感情が短い間に急激に育った反動で高熱を出し寝込んでいた。

「お前も前に進んだ証拠じゃ、気にする事はないけぇの」

「僕はまだ答えをもらった訳じゃないよ…」

透流は火黒の家からの帰り道での桃歌との会話を火黒に話した。

「気長に待て…それはそうと、桃歌を呼んだけぇの」

「え!?兄さん!?」

「お前はこんな高い熱出しとるんじゃ、俺もついててやるけぇ、しっかり診てもらえ!」

その後透流の部屋を訪れた桃歌を見た透流は更に顔を赤くし、桃歌も心なしか緊張している様子であった。

「答えは貰ってない、ねぇ…春は案外近いかもしれんぞ、透流。」

透流と桃歌を遠目から見ていた火黒の目には透流の身体で寄り添い会う2人の刻印が見えた。

桃花の部屋に並んだ優太と俊彰と共に写った写真の中に透流との1枚が加わる日もそう遠くないのかもしれない。



続く


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彩(いろ)と獣の戦士達 中岡はな @hana-irokemo

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