第15話「あの子は、誰?」

🌱:誰の記憶にもいる、けれど一致しない


未来育成学校・中央記録管理室。


ユウトとリリスは、映し出された無数の顔写真を前に困惑していた。


「これ……全部、“同一人物”の記録なんだよな?」


ユウトの問いに、リリスは頷く。


「はい。“ある一人の少女”に関する感情波形が複数の生徒から検出されました。しかし、その“少女の姿形や名前、エピソード”が全て微妙に異なっています」


それはまるで、全員が“同じ人物のはずの他人”を思い出しているようだった。


「名前は、“ユカ”“ミユ”“ユリナ”……髪型も制服の着こなしも一致しない。けど全員、“あの子と夏祭りに行った”“図書室で話した”って、確かに感情が動いてる……」


リリスは指を一本上げて説明を続ける。


「これは“感情記憶の集合錯覚”と呼ばれる現象です。複数の記憶が、感情の類似性によって“同一の存在として仮想再構築される”事象」


「つまり──実際には何人かいたか、あるいは“誰もいなかった”可能性もあるってことか……」


「さらに問題なのは、この“少女”の存在が、現在の在校記録から完全に消失していることです。存在していた痕跡すら曖昧化されています」


ユウトは複数の記録を読み直す。


どれも“親しみ”“好意”“憧れ”といった感情に彩られていたが、まるで“個人としての輪郭”が薄れていた。


「なんかさ……誰かをちゃんと見てたようで、見てなかったみたいだな」


「はい。感情の対象が“実体よりも印象”に重きを置かれていた場合、このように“記録が混線”することがあります」


ユウトはふと、校庭の片隅に目をやった。


「でもな……こういうの、一番寂しいよな。確かに誰かを好きだったのに、名前も顔もちゃんと思い出せないなんて」


リリスは静かに頷いた。


「では、その“感情”を起点に再構築を試みましょう。個人の情報ではなく、“感情の中心”にいる人物を追います」


その瞬間、全ての記録映像の奥から、ぼんやりとした“少女の輪郭”が浮かび上がった。


誰かが見ていた。

誰かが好意を持っていた。


けれど誰一人として、その“彼女の全体”を覚えていなかった──。


それは、記録にも記憶にも残らなかった“青春の亡霊”だった。


🌱:記憶の中に存在する“誰か”


記録再構築ルーム。

リリスは生徒たちの感情波形を重ね合わせ、ひとつの“感情核”を仮想空間上に浮かび上がらせた。


そこには、姿の定まらない“少女”がいた。


髪の長さも違えば、制服も定まらない。

だが、彼女の存在には確かな“温度”があった。


ユウトが呟く。

「なんなんだよ……誰もはっきり思い出せないのに、みんな“いた”って言うんだよな」


「はい。これは“集団的感情共鳴”の可能性が高いです。複数人の“誰かを好きだった”“気になっていた”という未処理感情が、架空の存在に収束した現象」


「でも、それじゃあこの“彼女”は……本当は、いなかったってことになるのか?」


リリスは一瞬黙り、端末を操作した。


「……いえ、一件だけ。“明確に名前を覚えていた記録”が存在します」


映し出されたのは、図書委員だった生徒の記録。


『……ユナ先輩、いつも図書室で静かに本を読んでた。名前は、ユナ。……ちゃんと覚えてる』


そこから、断片的に集められた記憶が一本の線になった。


そして仮想空間の中に、初めて“はっきりとした輪郭”を持った少女が姿を現した。


──ユナ。


おかっぱ髪に、古めの制服。笑顔はあまり見せず、でも静かに寄り添ってくれるような雰囲気。


「……いたんだ。ほんとに、いたんだよな」


リリスは頷く。


「彼女は在籍していました。ただし、卒業後すぐに事故で亡くなり、記録も物理的に一部失われたため、“記憶の残響”だけが広がり、曖昧化されていったようです」


ユウトは深く息を吐いた。


「じゃあさ、俺たちはこの“思い出せなかった誰か”の記録を、ちゃんと残してやんなきゃダメだよな」


リリスは、静かに頷いた。


「この記録は、明確な個人情報よりも、“彼女が誰かの心にどう残ったか”という“感情の形”として保存します」


──それは、名前を忘れても、顔を思い出せなくても、

誰かの心に生きた証。


仮想空間の中で、ユナは振り返り、穏やかに微笑んだ。


その笑顔は、誰の記憶とも違い、誰の記憶にも存在した──


“あの子”は、確かにここにいた。




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