第25話
朝の陽射しが柔らかく射し込む王城の一室で、真希は湯気の立つティーポットを抱えながら、小さく息を吐いた。
帰ってきて三日。
部屋の空気は以前と同じはずなのに、リオルの表情には、どこかしら“変化”があった。
少し落ち着きがあって、でも同時に“そっとこちらを観察するような眼差し”。
真希はそれを、“成長”だと思いたかった。
そして、それを言葉で伝えるのは、なんとなく違う気がしていた。
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「ねえ、これ。旅先で見つけたんだ」
ティーカップを並べながら、真希は鞄から小さな包みを取り出した。
中から現れたのは、手のひらに収まるくらいの、木彫りのフクロウ。
「フクロウって、“見守る”って意味があるんだって。……離れてても、見てるよーって」
真希がそれを差し出すと、リオルはじっと見つめ、そっと手に取った。
重みを確かめるように両手で包み込み、やがて、静かに胸元のポケットへしまい込む。
それだけの動作が、何よりの“ただいま”の返事に思えた。
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そんな二人の様子を、扉の影からそっと見ていたレヴィアは、ふと小さく呟いた。
「言葉以上の信頼……か。なるほどね」
彼女の目元には、ほんのわずかだけ、柔らかな感情が浮かんでいた。
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その日の午後。
摂政会議の議場では、別の空気が流れていた。
「――王子殿下の教育係について、見直しの時期かと存じます」
重ねた歳月のように、厚く重たい声で告げられた言葉に、室内の空気が変わった。
「殿下はすでに言葉を用い、公の場で意見を述べるまでになりました。
もはや“教育”の枠を超えておられるのではないかと」
「いずれは政治を担うお方。……であれば、“後見”の形を整えるべきでしょう」
“教師”という立場では、王族補佐の資格に届かない。
“継母”という名はあっても、戸籍も血も王家とは繋がらない。
発言の全てが、明言こそ避けてはいるが、真希を指していた。
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「すでに幾人かの貴族家から、“後見役”を申し出ております。
いずれも王族との姻戚関係を持ち、政治経験のある者たちです」
「教育係としての務めは、十分に果たした。……だが、それはそれとして」
重ねられる言葉に、反論する者はいなかった。
――ただひとりを除いては。
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グランは席の端に腰を据え、沈黙を貫いていた。
だが、その視線は、机の上に置かれた報告書の端をじっと見つめていた。
真希が王都に戻ってきたという、たった二行の報告。
彼女がどんな思いで戻ったのか。
どんな顔でリオルと再会したのか。
それを知るのは、この場にいる誰でもない。――あの少年だけだ。
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議場を出たあと、グランは一人、書庫の奥へと足を運んだ。
そこで彼が目にしたのは、木漏れ日の射す窓辺に座るリオルと、
その隣に、静かに寄り添う真希の姿だった。
ふたりのあいだには、言葉もノートもなかった。
ただ、机の片隅に置かれた、木彫りのフクロウが小さく光を受けていた。
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