転生ニートは何もしたくない ~だって面倒くさいじゃないですか~
白澤
プロローグ【悲報】俺氏、異世界転生。なお、やる気はない模様。
ピコン。
深夜三時。薄暗い自室に響くのは、無機質な電子音と、俺、神代健二(カミシロ ケンジ)、享年二十八(無職・親の遺産暮らし)の、不健康そうな咳払いだけだ。画面の中では美麗なグラフィックのキャラクター達が躍動しているが、俺の現実はホコリと脱ぎ散らかした服とエナジードリンクの空き缶に埋もれている。
「ふぁ〜…」
欠伸と共に濁った息を吐き出す。何時間ぶっ続けでこの椅子に座っているのか、もはや思い出せない。食事はデリバリーかコンビニ飯。入浴は数日に一度。太陽の光など最後に浴びたのはいつだったか。外出? 言葉の意味を検索するところから始めなければならないレベルだ。
そう、俺はプロフェッショナル・ニート。社会との関わりを極力避け、いかに最小限の労力で生存し、最大限の安寧(主にベッドを中心とした半径2メートル以内での)を得るか、それだけを追求して生きてきた。働くなんて愚の骨頂。人生の貴重な時間を労働などに割くのは、あまりにも非効率的だと確信している。
「んー、ポテチ…ラストか。買いに行くの、めんど…」
手を伸ばそうとした、その瞬間だった。ズキリ、と胸に鋭い痛みが走った。視界が急速に暗転し、呼吸が苦しくなる。
(え、マジか…? 不摂生が祟った…? いや、まだ死ぬには…快適な生活が…)
床に崩れ落ちながら、最後に俺が抱いたのは、買い置きを切らしたことへの後悔と、もっと楽な姿勢でこの瞬間を迎えたかったという、極めてニート的な無念だった。
***
「―――なさい、ケンジ」
誰だ? 聞いたことのない、やけに透き通った声がする。心地よくて、まどろみに誘われる。ああ、邪魔しないでくれ。ようやく永遠の安らぎ(睡眠)が手に入ったんだから…。
「起きてくださいってば! 神代健二さん!」
少し語気が強まり、フルネームで呼ばれて、俺は渋々意識を浮上させた。ぼやけた視界に映ったのは、天井ではなく、どこまでも続くような純白の空間。そして目の前には、筆舌に尽くしがたいレベルの美女が、やや呆れたような顔で立っていた。輝く金色の髪、空を映したような青い瞳。質素な白いローブを纏っているだけなのに、尋常でないオーラを放っている。
「…えっと、どちら様で…状況が全く…?」
「私ですか? 私はメルティナ。この世界の管理をちょこっとしている、しがない女神です」
女神。なるほど、やはり俺は死んだらしい。ここは死後の世界か。
「まあ、死後の世界というより、魂のトランジット・エリア、みたいな感じですね。単刀直入に申し上げます。ケンジさん、あなたは先ほど、長年の不摂生が原因の急性心不全で亡くなりました」
「ぐっ…! ストレートに抉ってくる…」
「それでですね、まあ、色々と不憫な点も考慮しまして、特別サービス! 異世界への転生をプレゼントしちゃいます!」
「異世界転生…あの、よくあるテンプレの?」
「テンプレかどうかは分かりませんが、剣と魔法のファンタジー世界ですよ! 新しい人生、冒険、出会い! 素晴らしいことが待っています!」
テンションが高いな、この女神。だが、俺の心は全く踊らない。冒険? 出会い? 新しい人生? 全部面倒くさそうだ。
「あの、大変ありがたいお話で恐縮なんですが…」俺は慎重に切り出した。「その異世界とやらは、労働の義務とかありますかね?」
「え? まあ、普通に生きていくなら、何かしらの仕事は必要ですね。ギルドで依頼を受けたり、お店を開いたり、農業をしたり…」
「却下で」
「えええっ!? !?」
メルティナが目を丸くする。
「いやいや、おかしいでしょ! 異世界ですよ!? チートとかあげますよ!?」
「チートがあっても働きたくないものは働きたくないんです。俺の理想は、人と関わらず、働かず、最低限の手間で、ただひたすら快適に、静かに過ごすこと。それが叶わないなら、別にこのまま魂として…」
「わ、分かりました! 分かりましたってば! 分かりましたから!」
女神は必死に俺を引き留める。
「もう! 本当にしょうがない人ですね…。じゃあ、分かりました! 特別大サービスで、強力なスキルを3つも授けます! これがあれば、使い方次第では、あなたの言う『快適なニート生活』も、まあ、不可能ではない…かも…しれません…? それに、その気になれば…ね? 魔王だって倒せるんですよ? そしたら真の英雄として、それこそ一生安楽に…ね?」
(魔王とかどうでもいいんだが…)
まあいい。スキルは貰えるだけ貰っておこう。
「じゃあ、スキル、お願いします」
「はい! しっかり受け取ってくださいね! まずは【聖域構築(サンクチュアリ・ビルド)】!」
パチン、と指を鳴らす音と共に、膨大な情報が脳に流れ込む。
【聖域構築(サンクチュアリ・ビルド)】
スキル用途:神聖な力で空間を加工・構築し、魔を退ける要塞や結界を作り出す。内部は常に清浄で、持ち主の意に反する侵入者を拒む。神殿や勇者の砦の建設に用いられる、対魔王戦線の切り札となる防御スキル。
(ほう、要塞ね。つまり、引きこもるのに最適な、絶対安全な家が作れる、と。防犯防音、害虫対策も完璧。清浄空間なら掃除も楽か? これはいい!)
「これでどんな魔物からも身を守れます! 安全第一ですからね! まずはこれでしっかり基盤を固めて…」
「(うんうん、安眠妨害は許さないからな)」
(…なんか含みがあるような言い方だな)
「次は【最適化(ヒーローズ・アーセナル)】!」
【最適化(ヒーローズ・アーセナル)】
能力1:【限定強化(リミテッド・エンハンス)】:触れた既存の道具や武具に、限定的な祝福・機能強化を施す。耐久度向上、切れ味持続、汚れ防止、保温など。
能力2:【構造解析(ストラクチャー・アナリシス)】:道具や武具の構造、素材、弱点を詳細に解析・理解する。
スキル用途:勇者とその仲間たちの装備を常に最高の状態に保ち、敵装備を分析して戦いを有利に進めるサポートスキル。
(既存品強化と解析か。包丁の切れ味維持、服の自動洗浄…素晴らしい! 構造解析で、一番楽な修理方法や改良点も見つけられるな。ニート生活の質が向上する!)
「これであなたの装備はいつでも万全! どんな強敵が現れても、しっかり準備しておけば大丈夫! 敵の弱点も見抜けますしね!」
「(メンテフリー最高! 面倒事は解析回避!)」
(だから、なんでそんな戦闘前提なんだよ…)
「そして最後!【魔力炉心(マナ・リアクター)】!」
【魔力炉心(マナ・リアクター)】
スキル用途:周囲のマナを吸収・集積し、超高密度のエネルギーに変換・供給する。大規模破壊魔法や超々結界維持の動力源。
(エネルギー供給…光熱費タダ! 風呂も調理も照明も使い放題! 燃料補給不要! 神スキル!)
「これで強力な魔法も自由自在! 魔王城ごと…」
「あ、ただし」女神が申し訳なさそうに付け加える。
「最初は溜め込めるエネルギーの『器』が小さいので、一度に大量に使ったりするのは難しいですよ? スキルがあなたに馴染んで成長したり、マナが濃い場所…例えば強力な魔物の縄張りとか、ダンジョンの奥深くとかに行けば、もっとエネルギーの巡りは良くなりますけどね!」
「…器が小さい、ですか」 (やっぱり罠があったか! 成長とかマナが濃い場所とか、効率上げる条件が全部面倒くさいやつじゃねーか! ダンジョンとか絶対行かん!) まあ、それでもタダでエネルギーが手に入るなら御の字か。節約運用あるのみだ。
俺は内心の計算を終え、女神に向き直った。
「スキル、確かに受け取りました。ありがとうございます。それで、転生先なんですけど、『人が少なくて静かで辺境で忘れられたような場所』でお願いします」
「ええ…本当にそれでいいんですか? そのスキルなら王都でも活躍できますよ? 英雄への道が開けているのに…」
「結構です。俺はただ、静かに、快適に、寝ていたい」
「は、はぁ…どこまでもブレませんね…」
メルティナは深々とため息をつき、しかしその瞳の奥には諦めとは違う、何か企むような光が一瞬宿った…ように見えたのは気のせいだろうか。
「…分かりました。では、あなたの希望通り、世界の西の果て、『忘れられた谷』の麓にある、古い村…そのはずれの、誰も使っていない『廃屋』に送りましょう。あそこなら、あなたの望む静かな生活が送れるでしょう。…ええ、最初は、ですけどね」
「え? 今なんか…」
「さあ、行ってらっしゃい、ケンジさん!」
俺が何かを言い返す間もなく、女神は輝く笑顔で手を振った。
「…くれぐれも、そのスキル、有効活用してくださいね…? 世界のために、とは言いません。まずはあなた自身の『未来』のために…ふふっ」
その含みのある言葉と笑い声を最後に、俺の意識は眩い光に包まれ、急速に遠のいていった。
(なんか最後の言い方、引っかかるな…まあいい、早く新しいベッドで寝たい…)
次に意識が戻り、ゆっくりと目を開けた時。
俺の目の前に広がっていたのは―――
女神の説明通りの、古びた石と木でできた小さな家…いや、廃墟と呼ぶのが正しい代物だった。
壁には亀裂、屋根は半壊、床は腐り落ち、そこら中に雑草とキノコ。隙間風がヒューヒューと侘しい音を立てている。
「………………」
これが、女神の言っていた「廃屋」。確かに、嘘偽りはない。
だがしかし!
「いくらなんでもボロボロすぎるだろうがーーーーっ!!!」
俺は、異世界のやけに澄んだ空気を震わせ、天に向かって力の限り叫んだ。
あの女神! 絶対に! わかっててここに送り込んだだろ! あの最後の含み笑いはそういうことか!
俺の輝かしい(と一瞬だけ思った)異世界ニートライフは、快適とは真逆の、サバイバルすれすれの環境からスタートすることになった。
前途多難なんて言葉じゃ足りない。面倒事が、エベレストのようにそびえ立っている。
(…ああ、もうマジで寝床どこだよ…最悪だ…)
まずは生存、そして睡眠環境の確保。俺は重すぎる溜息をつき、あの女神が(下心を持って)授けたであろうスキルに、全ての望みを託すしかなかった。
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