第二話:クネクネ

人が見てはいけないものを見ると、壊れる。

──そんな言い伝え、聞いたことある?

私はある。たくさん。

でもその中でも、「クネクネ」の話は、少しだけ特別。


こんにちは。アリスです。

前にも話したけど、私はただ語るだけ。

この国に散らばる、少しだけおかしな話を拾って、伝える。

今回は、“見てはいけないもの”の話。



夏だった。

ある若い男の子が、実家に帰省していた。

田舎の、周囲を田んぼに囲まれた静かな土地。

空は澄んで、風が通り、昼間なのにどこか音が少ない。

そんな日。


彼は二階の窓から、ぼんやりと外を眺めていた。

ふと、遠くの田んぼの真ん中に、白い何かが立っているのが目に入った。


風に揺れているようだった。

白くて、細くて、クネクネと、変な動きをしている。


人間のように見えなくもなかった。

けれど、あんなところに誰が立っているのか──


「なんだあれ?」


隣にいた祖父に尋ねると、祖父は窓をそっと閉めて、こう言った。


「見るな。忘れろ」


その言い方は、冗談ではなかった。

けれど少年の好奇心は止まらなかった。


それが“クネクネ”だった。



クネクネは、白くて細長い。

遠くから見ると、人間にも見える。

でも近づくと、それが“人”ではないことがわかる。

形が、動きが、理屈に合わない。

骨の動きじゃない。筋肉の使い方でもない。

風の中で揺れているのではなく、意志を持ってうねっている。

遠目に見る分には、ただ気味が悪いだけ。

でも、はっきり見たら──壊れる。


この“壊れる”っていうのがポイントでね。

死ぬわけじゃないの。

ただ、心と頭が元に戻らなくなる。



実際、彼の兄が見てしまった。

双眼鏡で、はっきりと。


最初は笑っていた。

「なんだよ、あれ変な踊りしてるじゃん」って。


でも、急に黙って、ぽたぽたと汗を流し始めた。

顔が真っ青で、震えていて、目をそらせない。


数分後、彼は倒れた。

そして、もう二度とまともに話すことはなかった。


喋ることはある。

でも、言葉のつながりが意味をなさない。

目も合わない。表情もない。

体だけがそこにあるけれど、魂はどこかに置いてきたようだった。



クネクネは見るな。

もし見てしまったら、遠くからだとしても、すぐに目をそらして忘れること。


触れちゃだめ。

近づいちゃだめ。

双眼鏡やカメラ越しでも、ダメなときはダメ。


どうしてそんなものが存在してるのか、私は知らない。

でも、似たような報告は各地にある。

川の向こうの畑、山の中の林、ビルの屋上。

“人の目に触れすぎない場所”に、それはいる。


人に見られるのを望んでるのか、拒んでるのかも、わからない。

ただ、確実に言えるのはひとつ。


“あれ”は、私たちと同じ仕組みでは動いてない。



ちなみに、私は見たことがない。

見たいとも思わない。

語るだけで、十分。


でもね、クネクネって、風が強くて陽炎が立つような日に、

ふと視界の端に入り込んでくることがある。

「あれ、人?」って思ったら、たぶん違う。

そういうときは、見なかったことにした方がいい。


気になるのも、怖がるのも、人間の性だけど、

好奇心は、時々とても危険。


だから私は、こうして話すの。

あなたが壊れてしまわないように。



では、また次の怪談で──

今度こそ、“見ないように”気をつけて。

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