第一章 第7話 おはようが、欲しいな。7

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 黒須先生の言葉が合図だったのか、テーブルに置かれた水差しが触ってもいないのに動き出した。正確には水差しの中の水が。

 器用と言うべきか、水は水差しの注ぎ口を這い出てくる、透明の蛇のようだ。

 窓から差し込む光が水蛇を妖しくキラキラと反射させる幻想的な光景はしかし、圧倒的なリアリティを持ってオレの眼の前に姿を、つまりは蛇型から人型へと姿を変えて現れた。

「この方が、あなたをフォローバックした方よ」

 黒須先生が傍らに立つ女性の造形をした人? をオレに紹介した。

「挨拶くらいなさい」

 呆然としているオレに、黒須先生がどこか得意気に言う。別に黒須先生が変身した訳じゃないのに。もっともこの時のオレの反応は見ていて滑稽で愉快なものだっただろうけど。

 何せ、水差しの水がいきなり透明な女性──の形をした──となって現れたのだ。しかも素っ裸で。だが! ここでハッキリと言わせて欲しい。この神部一平太、確かに人並みにスケベエなのは認める。ああ、セクシーなのは大好きさ! でもマジマジと無遠慮に無許可で凝視するほど、心配りが出来ないダメ男じゃありません! 突発的な出来事だったから、水の女性をボケっと見てしまっただけだ、という事を理解してもらいたい。

 むしろいつ起きたのか、寝たフリをしてチラチラと盗み見してる校長の方が立場的にも色々とダメ男だと思う。

「どうも、はじめまして、かな? 神部、神部一平太です」

 行儀が悪いと思いながらも、顔は横を向けて挨拶した。

「出来たら、何か上に着て欲しいんですが……」

「意外と紳士じゃない、神部くん。──あの、お願い出来ますか、ってちょっと!?」

 黒須先生の声にただならないものを感じ取ったオレは、反射的に正面に向き直った。そこには、すぐ眼前に先ほどの水の女性が、テーブル向こうから虹をかけるような、人間なら不可能な動作でオレに覆い被さって来た。

 その時の感触をどう表現すればいいのか。ばしゃん? たぷん? どれも適切な擬音ではない。熱くも冷たくもない感覚。息苦しさも感じない。

 彼女? と一体化した時、初めてその声を聞いた。

「カペタ、こーゆーのが好きんしょ? えへへ、ざーこざーこ。か〜わいい! カペタのおはよう、ちょ〜だい!」

「神部くん、この変態!」

 ……声は、外にも聞こえていたようだ。

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