第11話:ギルド・プロセス改革
新しい報酬体系が導入されて以来、冒険者ギルドの雰囲気は劇的に変化していた。活気と熱気に満ち、依頼票の前では冒険者たちが真剣に、しかし楽しげに話し合っている。難易度の高い依頼にも積極的に挑む者が増え、ギルドの収入も目に見えて増加していた。
マックスは執務室の窓からその様子を眺め、満足そうに頷いた。中原の「数字と言葉」による改革は、彼の想像を遥かに超える効果を発揮している。
ブレイクは以前にも増して困難な依頼に挑み、リーダーとして成長していたし、レイチェルは新しい基準を活用して、冒険者一人一人の適性に応じた依頼のマッチングを試みていた。ヴィクターもまた、若手たちの相談に乗り、彼らの成長をサポートしていた。
しかし、そんな目覚ましい成果の裏で、新たな問題が顕在化し始めていた。ギルドの運営そのものが、急増する依頼と冒険者の活気についていけていないのだ。
「大将、次の大型依頼の資材手配が遅れてるみたいです!」
ブレイクが慌ただしく執務室に飛び込んできた。
「何だと!? どうしてだ!?」
マックスが険しい顔になる。
「その…資材部の担当者が、依頼受付の状況をちゃんと把握してなかったみたいで…発注が遅れた上に、必要な資材のリストもあいまいだったらしくて…」
「ちっ! またか!」
マックスは舌打ちした。報酬体系は良くなったが、ギルド内部の連携が取れていないために、こうしたトラブルが頻繁に起こるようになっていたのだ。
レイチェルが冷静に報告する。
「依頼受付、資材管理、冒険者サポート、それぞれが独自のやり方で動いています。情報共有がうまくいかず、緊急時の対応も遅れがちです」
「この前の魔物襲来の時もそうでした! 資材部に装備の手配を頼んだのに、情報が遅れて、必要な数が揃うのに時間がかかったんです!」
ブレイクが悔しそうに言う。冒険者の命に関わる問題だ。
中原は、彼らの話を聞きながら、かつて自分が大手企業の管理職として経験した、組織内部の問題を思い出していた。縦割り組織、セクショナリズム、情報伝達の遅れ…どれもこれも、規模は違えど、ギルドで起きていることと驚くほど似ている。
「なるほど…冒険者の方々のやる気は十分に高まった。しかし、それを受け止める『器』であるギルド内部の体制が追いついていない、ということですね」
中原は分析した。これは、「組織内部のプロセス改革」の段階だ。
「この問題を解決するためには、ギルド内部の各部門が、一つのチームとして効率的に動けるようにする必要があります。そのためには、情報共有のルールを決め、誰が何を、いつまでに行うのか、という業務の流れを明確にする必要があります」
中原は、現実世界でいう「業務フロー」や「KPI(重要業績評価指標)」といった概念を、この世界の言葉で説明しようと試みた。
「例えば、依頼を受け付けたら、すぐに資材部に必要な情報を伝える。資材部は、それに基づいて在庫を確認し、不足分があればすぐに発注する…といった、具体的な手順を決めるんです」
「手順…ですか?」
マックスは首を傾げた。彼の知るギルド運営は、個人の経験と判断に頼る部分が大きかった。
「はい。そして、各部門が、どれだけ効率的に、どれだけ正確に業務をこなしているか、というのを定期的に確認する仕組みも必要です。そうすれば、どこに問題があるのかがすぐに分かりますし、改善点も見つけやすくなります」
中原は、かつて会社で行っていた「週次報告」や「月次会議」の重要性を感じていた。定期的に情報共有を行い、進捗を確認することで、問題の早期発見と迅速な対応が可能になる。
「しかし…そんな面倒なことを、本当にうまくやれるのか…」
マックスは自信なさげに呟いた。長年染み付いたやり方を変えるのは、簡単なことではない。特に、各部門の担当者たちは、それぞれのやり方に慣れており、新しいシステムを受け入れるのに抵抗があるかもしれない。
「そこで、皆様にお願いがあるのですが…」
中原は、この世界で大規模な組織運営の経験を持つ人物の助けが必要だと考えた。彼の持つビジネス知識を、この世界の文化や慣習に合わせて調整し、具体的な行動計画に落とし込むためには、この世界の事情に詳しい協力者が必要だった。
「このあたりで、大きな組織…例えば、王宮のような場所で、管理職として働いた経験のある方をご存知ないでしょうか? 組織を効率的に動かすための秘訣や、人々をまとめる方法について、アドバイスをいただけるような方がいれば…」
中原の言葉に、レイチェルがハッとした表情をした。
「それなら…! 街はずれに隠居されている、ローレンス様が!」
「ローレンスだと? ああ、あの、昔王宮で宰相補佐官を務めていたという…」
マックスもローレンスの名を知っていたようだ。
「はい。ローレンス様は、王宮の複雑な組織を長年管理されていたと伺っています。きっと、中原さんの考えていることに、大きな助けになってくださるはずです!」
ローレンス。かつて王宮で管理職を務めた経験豊富な長老。彼の知識と経験は、ギルド内部の改革を進める上で、何よりの力になるだろう。
中原は、新たな協力者を得られる可能性に、希望を感じていた。冒険者たちの士気を高めることには成功した。次は、ギルドという組織そのものを強くする番だ。ギルド内部のプロセス改革に挑む、中原信也の新たな戦いが始まろうとしていた。
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