第10話:束の間の木漏れ日
「ギルドの冒険者たちが、あんなに生き生きとするなんて…。中原さんの提案は、本当にすごかったわ」
ギルドの報酬体系改革の成功と、活気を取り戻した冒険者たちの様子に、シルヴィアは感嘆のため息をついた。宿屋の食堂で、中原と向き合っていた。
「ヴィクターさんや、ブレイクさん、レイチェルさん、皆さんの協力があったからですよ。彼らが現場のリアルな意見を教えてくれなければ、あの基準は作れませんでした」
中原は、ギルドの仲間たちの貢献を称えた。特に、懐疑的だったヴィクターが、最終的に新しい報酬体系の強力な擁護者になってくれたことは、中原にとって大きな励みになった。
「それでも、あの多くの冒険者を納得させるなんて、並大抵のことじゃないわ。マックス大将も、中原さんのことを心から信頼しているみたいよ」
シルヴィアは、中原の成し遂げたことの大きさを理解していた。剣や魔法といった力ではなく、「数字と言葉」で人々の心を動かす。それは、シルヴィアにとって新鮮で、尊敬に値する才能だった。
「彼らが、自分の仕事が正当に評価されると感じてくれたなら、それだけで十分です」
中原は、ビジネスマンらしい実用主義で答えた。しかし、その言葉の裏には、人々の役に立ちたいという純粋な思いがあることを、シルヴィアは感じ取っていた。
「中原さんは…どうしてそこまで、このギルドのために頑張れるの?」
シルヴィアは、以前から疑問に思っていたことを尋ねた。異世界から来て、この街に何の縁もないはずの中原が、なぜこれほどまでにギルドの再建に尽力するのか。
中原は、少し考えてから答えた。
「そうですね…私の故郷で、私は中間管理職として働いていました。組織の中で、効率化や改善を提案しても、なかなか受け入れられなかったり、変化を嫌われたり…歯がゆい思いをすることも少なくありませんでした」
中原の脳裏に、かつての職場の風景が蘇る。安定はしていたが、停滞しているような空気。新しいアイデアを出しても、「前例がない」「面倒だ」といった理由で却下されることも多かった。
「でも、この異世界では、私の知っていることが、新鮮なものとして受け入れられる。そして、こうして…皆さんの役に立つことができる。それは、私にとって、新しい…生きがいのようなものなんです」
中原は、正直な気持ちを打ち明けた。異世界での生活は、彼に「必要とされている」という感覚を与えてくれた。それは、かつての安定した日常にはなかった、刺激であり、喜びだった。
シルヴィアは、中原の言葉をじっと聞いていた。彼の目に宿る、情熱と、そして少しの寂しさ。安定した故郷を離れ、見知らぬ異世界で奮闘する彼の、心の奥底にある思いに触れた気がした。
「…中原さんが、ここで生きがいを見つけられたなら、それは素晴らしいことだわ」
シルヴィアは優しく言った。彼女自身も、夫を亡くした後、宿屋を再建するという目標を見つけることで、立ち直ることができた経験がある。中原の気持ちが、痛いほど理解できた。
「ありがとうございます、シルヴィアさん。シルヴィアさんの宿屋が、私に居場所を与えてくれたおかげでもあります」
中原は、シルヴィアへの感謝の気持ちを伝えた。初めてこの異世界に迷い込んできた時、彼を受け入れてくれたのは、この宿屋であり、シルヴィアだった。
シルヴィアの頬が、再びほんのりと赤くなった。お互いの心の奥底に触れ合ったことで、二人の間の空気は、以前にも増して親密なものになっていた。それは、単なる宿屋の女将と客、あるいはビジネスパートナーといった関係を超えた、特別な繋がりが生まれ始めていることを示していた。
ギルドの報酬体系改革という大きな成功を経て、中原とシルヴィアの関係はさらに深まった。お互いの過去に触れ、支え合おうとする気持ちが芽生える。ギルド内部の組織改革という次の課題に向けて、中原の背中を押す存在として、シルヴィアの存在はますます大きくなっていく。二人の絆は、ゆっくりと、しかし確実に育まれていた。
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