第6話
マイホーム(仮)に戻ると、集めた黒曜石の破片を地面に広げ、改めて戦利品をニヤニヤと眺めた。うむ、我ながら上出来ではないか。だが喜んでばかりもいられない。石が手に入っただけでは道具は完成しないのだ。工作のために、必要なのは……そう、ヒモである。
探すはあのミノツタだ。
多少引っ張ったくらいではビクともしない強度は魅力的だったが、生憎とヌルヌルスベスベで縛りにくく、当時はだいぶ手を焼かされたっけか。
もっとも、今回は昨日の俺とは違う。経験という最強スキルを身につけたのだ。同じ轍は踏まない。十分に成長したミノツタ(仮)を見つけると、俺はそれを根元からぶった切…れない。素手ではさすがに限界がある。
「ぐぬぬ…だからナイフが欲しいんだよ!」
愚痴りつつ、細めのツタを何本か手でちぎる。太い幹のような部分は無理だが、巻きひげのような副枝なら引きちぎれるものもあった。そうして何本かのミノツタ(仮)を確保する。
次に、持ち帰ったツタを石の上に並べて天日に晒す。
この異世界の日光がどれほどの殺菌力と乾燥力を持つかは知らないが、少なくとも湿ったままよりはマシになるだろう。
その間に、いよいよ石器作りと洒落こもう。
確か石器作りは、硬い石で別の石を打ち付けて欠片を剥がす「フリントナッピング」なる技術があったはずだ。どこかで動画を見た覚えがある。要はトンカチの要領でコンコンすればいいのだろう?(極端な要約)
幸い、さきほど拾った白っぽい軽石めいた石塊がある。あれをハンマー代わりにできるかもしれない。俺は黒曜石(仮)の破片を地面に置き、軽石を振りかぶった。
「いざ、文明開化!」
気合い一発、カツン!と叩きつける。
……次の瞬間、ピシッという不吉な音とともに、黒曜石(仮)が真っ二つになった。
「おおうっ!?」
力加減を誤ったらしい。素人鍛冶あるあるだ。尖った破片が弾け飛び、あわや目に刺さるところだった。思わず尻もちをつく。
「あっぶねぇ……!」
気を取り直して再挑戦。
今度は先ほどよりも小ぶりの黒曜石(仮)を選び、軽石で優しくトントンと縁を叩いてみる。カン、カン、と小気味よい音が返ってきた。するとどうだ、一部分が薄く削げ落ち、見事な刃が顔を出したではないか!
「おお、できた…!」
興奮で思わず声が漏れる。削り出されたその刃先は、漆黒の光を帯びて妖しく煌めいていた。
指で軽く触れてみる。スッと爪が割れ込む。恐ろしい切れ味だ。下手な包丁より鋭いかもしれない。
調子に乗って何度か別の面も叩き、握りやすいよう形を整えていく。多少ギザギザしているが握る部分の厚みも十分だ。
最終的に、全長15センチほどの石刃が完成した。名付けるなら……そうだな、“黒曜石ナイフ(仮)”といったところか。長いので心の中でそう呼ぶにとどめておく。
ナイフ(仮)の初仕事は、さっそく素材の切断だ。
乾燥中のミノツタ(仮)の端を少し失敬して巻きつけ、柄の代わりにする。滑り止めとクッションの効果もあるだろう。
そして近くに転がっていた木の細枝を掴み、試しにスパッと斬りつけてみた。
「……切れた!」
気持ちいいほどあっさりと、枝が二つに切断された。素晴らしい。今まで素手でポキポキ折っていた苦労が嘘のようだ。
ついでに、自分の腕の産毛にも当ててみる。そっと撫でただけで、そこだけ地肌が露出した。
「やば…カミソリかよ…」
下手をすれば髭剃りまでできそうな鋭利さに、背筋がゾクっとする。間違っても自分に向けて振り回してはいけない。取り扱い注意にもほどがあるぞこれは。ともあれ、これで念願の刃物をゲットした。
火に次ぐ文明の神器、“石のナイフ”の誕生である。
俺はしげしげと黒曜石ナイフ(仮)を眺め、そして天を仰いだ。
常人ながらただの石を、叩いて割って刀身を作り上げるだなんて。これはもはや職人芸……いや、錬金術と言っても過言ではないだろう!
「ははは、見たか原始人どもよ! これが令和男子の底力だ!」
などと調子に乗った発言を一人呟いてみる。無論、周囲に原始人もつっこんでくれる人もいない。さあ、次なるターゲットは槍である。
何せ俺はさきほど、真正面魚(仮)を素手で捕まえるというワイルドライフ体験をしたわけだが、毎回あんな原始的なやり方では身がもたない。魚だから良かったものの、相手が俊敏な獣だったら捕まえられる気がしない。
やはりここはリーチと貫通力に優れた武器、“石槍”の出番だろう。石槍に必要なものは二つ。鋭い石の穂先と、頑丈な棒である。
穂先は幸い黒曜石(仮)の在庫が潤沢だ。先ほどの失敗作の破片の中にも、使えそうな鋭い欠片がいくつかあった。三角錐状に割れた一片なんか、そのまま槍の先端にピッタリではないか。
問題は棒である。長くまっすぐな木が欲しい。
物は試しと、近くの若木にナイフ(仮)を入れてみた。刃を突き立て、ザクッと引く。みるみるうちに樹皮が削げ、繊維が断ち切られていく。
「おお……切れる切れる!」
楽しくなって何度もナイフを引いていると、若木はプツンと音を立てて倒れた。根元からの伐採成功である。
ただし、残念ながらその若木は槍にするには細すぎた。直径2センチ程度では、投げたら折れてしまうだろう。これはこれでいずれ削って矢でも作れるかもしれないが、今はもっと太い材が欲しい。
仕方なく、森を少し歩いて手頃な倒木を探すことにした。数分もしないうちに、良さげな一本を発見。
先端が折れて尖った形になっている長い木材が朽ちかけて地面に横たわっていた。直径はちょうど握りやすいくらい、長さは俺の背丈より少し長いくらいか。試しに持ち上げてみるとずっしり重いが、抱えて歩けないほどではない。
「ふふふ、ありがたく頂戴するぜ」
俺はその倒木の先端部分をナイフ(仮)で切り落とし、程よい長さに整えた。さらに余計な枝分かれや凸凹を削ぎ落としていく。石の刃は木材相手にも抜群の切れ味を発揮し、みるみる槍らしい形状が整っていった。次に穂先の取り付けだ。
倒木の先端部分に凹みを作り、そこに黒曜石(仮)の鋭尖をあてがう。あとはヒモでグルグル巻きにして固定すれば完成……といきたいところだが、ここで問題発生。
乾燥させていたミノツタ(仮)を手に取ってみると、確かに前よりベタつきは減っているものの、まだ完全に乾ききってはいない。少し引っ張るとニュルリと伸びて頼りない感触だ。
うーむ、時間が足りなかったか。しかし今さら夕方まで待っていられない。
「仕方ない、量でカバーだ」
俺は強引にいくつものツタ束をより合わせ、即席の極太ヒモを作った。これなら多少粘性が残っていても引きちぎれまい。
それを槍先に巻き付け、さらに交差させ、ぐるぐると幾重にも固く結びつける。
最後にぎゅっと固結びして、槍を振ってみた。黒曜石(仮)の穂先は外れない。ちょっとやそっとの衝撃ではびくともしない手応えだ。
「ふはは、できたぞ。我が新兵器!」
木の棒の先に煌めく黒の石刃。素人工作ながら、見た目だけは一丁前に殺傷力が高そうだ。
これで魚捕りも格段に楽になるだろう。さっそく実践あるのみ!俺は槍を肩に担ぎ、真正面魚(仮)に出会った川辺へと向かった。
水辺に着くなり、案の定というべきか、やつらはまだいた。浅瀬に銀色の魚影がちらほらと見える。
そっと近づくと、やはり彼らは逃げない。むしろ水面越しにこちらを凝視し、真正面をキープしてくるではないか。
「またお前らか…いいだろう、勝負再び!」
俺は静かに槍を構えた。獲物との間合いは約1メートル。槍の先端は十分届く距離だ。水越しとはいえ、この距離で真正面からにらみ返してくる魚というのも、なかなかシュールな図である。心なしか、さっきよりもさらに「かかってこい」度が増しているような…気のせいか。
いずれにせよ好都合だ。向こうがそういう態度なら、こちらも全力で応えねば失礼というもの。「いくぞっ!」
掛け声とともに、一匹の真正面魚(仮)目がけて槍を突き出した。
ザバァッ!
水しぶきが上がる。しかし手ごたえが…ない。
「あれ?」
狙いがわずかに逸れたか。魚影はするりと槍先をかわし、再びこちらを向いている。むむ、やりおる。
だが二度目はない。
俺は息を整え、もう一度槍を構え直した。今度はしっかり狙いを定める。向こうはこちらをじっと凝視したままピクリとも動かない。おそらく、あえて動かず挑発してきているのだろう。その度胸、あっぱれだが命取りだということを思い知らせてやる。
「はあっ!」
鋭く突き出された槍が、水面下のターゲットを正確に捕らえた。グッと何かに突き当たる感触。続けてバタバタともがく抵抗が手元に伝わってくる。
「よしッ!」
槍を持ち上げると、銀色の魚体がしっかり穂先に貫かれていた。ぶるぶると震えているが、逃げることはもはや叶わない。
俺は岸に引き上げると槍を振り、魚を地面に落とした。さっきの復讐戦——などという大げさなものではないが、やはり武器があると安心感が違う。
調子に乗った俺は、その後も次々と槍を繰り出した。真正面魚(仮)たちは、それでも逃げようとはしなかった。おかげで3匹、4匹と立て続けに仕留めることができた。正直、捕獲というより処刑に近い光景である。
我ながら鬼畜の所業かもしれない。だが背に腹は代えられないのだ。食料確保のためである。見逃してくれ。かくして、俺は数匹の魚を槍に刺したまま意気揚々と帰路についた。
しかし、興奮が収まるにつれ、ある問題が頭をもたげてきた。
……これ、さばききれないぞ。
そう、獲りすぎである。勢いで大量に仕留めてしまったが、一人で一度に食える量には限界があるし、何より生物の肉は放っておけば腐るのだ。昨日焼いた一匹ならともかく、今日は4匹だ。今すぐ全部焼いても食べきれない。
せっかく確保したタンパク源を無駄にするのは文明的によろしくない。
「となれば……保存食だな」
俺は呟いた。次なる課題は、食料の保存である。キャンプ地に戻った俺は、まず獲物を簡単に下処理した。
腹を裂いて内臓をかき出し、表面のウロコらしきものもザリザリと削ぎ落とす。生臭さに顔をしかめつつの作業となったが、これも生き延びるための儀式である。手際は悪いが、まあ何とか食材としての体裁は整っただろう。
次に保存の方法だ。俺の知識銀行を検索すると、こういう場合は乾燥させるか燻製にするのが定石らしい。
塩漬け?生憎と塩がない。寒風干し?あいにく無風で湿気多め。となれば消去法で燻製一択である。
肉や魚を煙でいぶして乾燥させる方法は、人類史でも古典的な保存術だ。
材料は目の前に揃っている。魚、火種、そして適当な木の枝たち。あとはそれらを有効活用する知恵と工夫次第だ。俺はさっそく簡易的な燻製ラックの制作に取りかかった。
まず、森から長めの枝を何本か集める。昨夜使い果たした薪もついでに補充だ。細めの枝から太めの倒木まで、ナイフで切り分けながら運び出す。こういう時、一人だと作業が多くて骨が折れる。まさに猫の手ならぬ相棒の一人でも欲しくなる瞬間である。
次に、集めた枝で簡単な物干し台のような枠を組んだ。地面に突き立てた二本の棒の間に横棒を渡し、ミノツタ(仮)で縛り付ける。さらにその横棒に数本の細枝を並べ、魚を乗せる棚状にする。
本当は針金ハンガーか網でもあれば理想的なのだが、贅沢は言っていられない。枝を組み合わせただけのシンプル構造だが、自作マイホーム(仮)を建てた経験のおかげで安定感はなかなかのものだ。
仕上げに、例のホシビラ(仮)を投入する。
大きな葉っぱを数枚、ラックの上にかぶせて簡易屋根を作った。これはいわば燻製器のフタみたいな役割だ。煙をなるべく中に留め、かつ雨露が落ちてこないようにするためである。
ホシビラ(仮)は屋根材として一度使っているから勝手知ったるものだ。重ね方もバッチリである。何なら軒先の処理まで完璧だ(誰も見てないのが惜しい)。即席燻製ラックの完成を眺め、俺は満足げに頷いた。あとは火を起こして煙を行き渡らせればOKだ。
乾かしていたおかげで、ミノツタ(仮)の切れ端や小枝は程よく乾燥している。焚き火の種には困らない。火打石(仮)とナイフの背を打ち合わせ、パチパチと火花を散らして着火に成功。
ゆらゆらと立ち上る煙を確認しつつ、俺はさばいた魚たちを棚に並べていった。生木もくべて煙の量を調整する。煙たいくらいでちょうどいい。もくもくと棚全体を包み込むように燻していく。
じわじわと魚の水分が抜けていき、独特の香ばしい匂いが漂い始めた。
「ふふ……順調だな」
俺は鼻をくすぐるスモーキーな香りにひとり悦に入った。これはきっと美味い保存食ができるに違いない。なんといっても、自分で捕って自分で加工した初めての“保存食”なのだから。
問題があるとすれば、飯テロ甚だしい香りが自分自身を責め立てることであるが……そこは我慢だ。ここで焼き魚パーティーを始めては元も子もない。保存食を作るのは、「後で腹いっぱい食うため」なのである。俺は己に言い聞かせ、ぐぅと鳴る腹をなだめた最後に、もうひと仕事。
安全対策である。
この食欲そそる煙の匂いは、きっと俺以外の生物も放ってはおくまい。夜の間に「なんか旨そうなニオイがするぞ」と鼻を利かせてやって来る輩がいるかもしれないのだ。
幸い、戦闘力ゼロの俺にもできる対策はある。いわゆる原始的センサー——地面式の簡易警報装置だ。俺はキャンプ周辺の地面に、乾いた枝を何本もばら撒いておいた。
ポイントはそれなりの太さの枝を選ぶこと。踏めば派手にボキッと音が鳴るやつだ。
夜行性の獣が忍び寄ってきても、これなら踏まずに近づくのは難しいだろう。踏んだ瞬間に大きな割れ音が鳴れば、こちらのものだ。俺は飛び起きて槍を構える…まあ構えるだけだが、無いよりマシである。
欠点はトイレに行くとき非常に気を遣うことだが、そこはご愛嬌だ。かくして、俺のキャンプは以前にも増してそれらしく整備された。
屋根付きの寝床、焚き火、そして手製の道具の数々。燻製される魚からは煙が立ち上り、辺りに薄いヴェールをかけている。
正直、自分一人でここまでやれるとは思っていなかった。丸腰同然で心許なかった俺が、今や狩猟具と保存食まで手にしているのだから。人間、本気を出せば意外と何とかなるものだ。もっとも、“本気”の反動で全身ヘトヘトなのも事実である。
あたりはすっかり夕闇に包まれてきた。そろそろ休まねば明日に差し支えるだろう。
俺は燻製ラックの火加減を確認し、追加の薪をくべて煙が弱まらないよう調整した。念のため警報用の枝も配置を最適化する。準備万端。これで良し、と。
空を見上げると、ぽつぽつと星が瞬き始めていた。異世界の空に浮かぶ見知らぬ星々。その光景にも、少しだけ慣れてきた自分がいる。
「文明第三歩……達成、かな」
独り言ちて、俺は地面に転がった即席ベッドに身体を横たえた。葉と草のベッドは相変わらずゴツゴツして快適とは言えないが、今日ばかりは秒で眠れそうだ。
充実感と疲労感に全身を支配されながら、ゆっくりと瞼を閉じる。パチ、パチッ……と、薪がはぜる音が心地よい。
俺の“文明第三歩”計画の夜は、静かに更けていくのだった。
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