第2話
「こいつは返してもらうぜ」
気絶した怪人を鎖でグルグル巻きに拘束し、奪わらた自分の財布を取り返す。
後は適当に通報した後、誰かに見つからないように素早くこの場から離れて帰路に着く。
厄日だ。なんて溢しながら歩いていると、いかにもボロボロなアパートに辿り着く。
ギシギシと軋み音をたてる錆だらけの階段を上がり、203号室と書かれた斜めのナンバープレートのドアを開ける。
「よぉ!!随分とまあ厄介ごとに巻き込まれたみたいだなオワリ」
「ちっ、なんでもう知ってんだよおっさん」
ドアを開けると、狭い部屋には灯りが付いており、中からなんとも遠慮のない迎えの声が飛んできた。
「そりゃおめぇ、もうニュースになってんぞ。ほれ」
居間には、ニュースの映し出された小型テレビを見ている三十代前半くらいの男が、ちゃぶ台の前で胡座をかいて座っている。
彼の名は下垣マサオ。俺の同居人だ。
「マジかよ。はえーなおい」
小型のテレビとちゃぶ台だけの質素な居間に、俺も座りニュースを見る。
『本日正午過ぎ頃、駅近くのコンビニで異能による火災が発生しました。偶然近くにいた魔法少女により幸いながら人的被害は無く、その後逃走した犯人は別のヒーローにより無事取り押さえられたということです』
キャスターが淡々と情報を読み上げていく中、下手人を取り押さえたと言われるヒーローが映し出された。
「ありゃ、あの魔法少女じゃねえのか」
出てきたのは男のヒーロー。整った顔立ちをしているが、どこか気に食わない気がしてならない。
『悪の組織ダークマター。数年前にヒーロー達の手によって壊滅するも、怪人被害は今なお増え続けています』
「はっ!何が怪人だバカバカしい!!」
下垣がテレビの向こうに大きく悪態をつく。
「あんなもん怪人じゃあねえ」
ニュースキャスターのたった一言でここまで機嫌を悪くするのは、下垣にとって怪人があまりにも思い入れが深いから。
「世間から見れば一緒って事でしょ」
「かー!!これだから!!いいか!!何回も言ってるが、怪人ってのはなぁ、我等結社の中でも特別に選ばれた者だけが賜ることができる力、結社最高戦力の証だ!!魔法少女一人に苦戦するような雑魚なんかじゃ断じてない!!」
ちゃぶ台に片足を乗せ、煩く高らかに語り上げる下垣は、聞いていて分かる通り壊滅した結社ダークマターの一員。本人曰く下っ端の戦闘員らしいのだが、下っ端であろうとも結社に対する忠誠心が高い。ダークマターが壊滅して数年経つが、未だに薄れていないのが良い証拠だろう。
「結社の開発した究極の発明である怪人因子。この因子に適合できる人間を因子に合わせて改造する事で、ようやく怪人を名乗れるんだよ」
「じゃあ、あれはなんだよ」
結社が壊滅した以上、下垣が語るような怪人はもう生まれない。だが、現実としてテレビに映るような怪人?は今も生まれ続けている。
「ありゃ怪人因子を改悪した薬だよ薬。確か怪人ゲノムとか言ったか。時間制限はあるが、誰でも怪人もどきに変身できるってわけだ」
「聞いてる限り、随分便利そうだけど」
「バカ言ってんじゃねえ。ありゃヤクと一緒だ。使えば一時的に超人の力が手に入るがよ、因子に適合してもねえ人間が人体改造もなしに使えば身体中ボロボロ、記憶だって混濁するって話だ。変身中に感じる全能感と変身後のガラクタのような肉体との落差で耐えきれずまた手を出すっつう、本当にくだらない代物さ。」
怪人ゲノムについて語る下垣は、本当につまらない表情をしている。
「製造元は?」
「知らん。噂じゃどっか別の新しい結社が作ってるらしいが、他の組織の事なんざ俺には関係ねえ」
今も被害を出し続けている怪人もどきですら、興味がないと切り捨てた。
下垣と出会って二年ほどだが、聞いての通り粗暴な男。実際に結社の一員として活動しており、世間的に見れば極悪人の一人だろう。
「ほら、くだらねえ話はいいから飯にするぞ飯」
だが、俺に限って見ればまあ、悪い人間ではない。
「ういうい」
常世オワリは怪人である。結社に改造された結果、怪人としての能力と引き換えに、全ての記憶を失っていた。今の名前だって研究所に残されていた書類に記されていたもので、本当の名前かわからない。
戸籍も身分もなく、改造した結社すら壊滅し、ただ行き倒れるしかなかった俺を拾い上げたのが、この下垣という男。
同じ組織の一員(俺は組織に所属している自覚はない)だからか、はたまた罪滅ぼしの一環か、まあ理由はどうでもいいが、世話になっているのは事実。
「おら、食え食え」
下垣が持ってきた賞味期限ギリギリのコンビニ弁当。二つある内の片方を受け取り、揃って食べ始める。
「で、どうすんだお前」
「どうするって何が」
「仕事だよ仕事。アテはあんのか?」
「あったらここまで落ち込んでねえよ」
怪人であっても、普通に暮らそうとすれば金がいる。だが、記憶どころか戸籍すら分からない俺が働ける所など、そうそう見つけられない。マトモな仕事なら更にだ。
あのコンビニバイトだって、下垣の紹介によってようやくありつけた長期の仕事。自力で同じような仕事を見つけられるとは思えない。
「ならよ、とんでもなくい〜い仕事があるぜ。単発だがな」
「まともな仕事なんだろうな?」
「もちろん。まあどれだけ稼げるかはお前次第だが」
「……本当にまともな仕事なのかそれ」
「大丈夫大丈夫、そこは俺が保証してやるよ、な?」
怪しい事この上ない誘い文句。だが、仕事のない俺に選択肢はない。
仕方がなく、下垣の仕事を受ける事にする。俺にできるのは、どうかこの悪そうな笑みで紹介された仕事が、まともなでありますようにと祈るのみ。
こうして翌日、俺は下垣に紹介されたバイトに出発した。
「おう、話は聞いてるよ。早速着替えてくれ」
「うっす。お願いします」
バイト先の責任者に迎えられ、指定された制服に着替える。
「いやあ、今日は助かったぜ。急に人が足りなくなって困ってたんだ」
場所は都内の高級ホテル。俺は今日一日ここの警備の仕事に就く事になった。
とてもまともな仕事だが、下垣の話を聞いている俺は不安を隠しきれない。
(本当に大丈夫なのかこれ)
俺は不安から、昨夜の記憶を呼び覚ます。
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