悪の組織に人体改造された俺、目覚めると組織が壊滅していたので、ヒーローを目指してみようと思います。

銀猫

第1話

「ありがとうございましたー」


 コンビニ袋を片手に持ち、自動ドアから出ていく客に形ばかりのお見送りをする。

 これで今コンビニに残っている客は0。珍しく押し寄せた客を捌き切った俺は、疲労をため息共に吐き出しながら時計を見る。コンビニ唯一のアナログ時計は、丁度14時を指示していた。


「おつかれー、オワリ君」

「お疲れさまっす店長」


 バックヤードから出て来て俺こと常世とこよオワリの名前を呼んだのは、このコンビニの店長田中さん。


「珍しくお客さんいっぱいきてたねー」

「そっすねー。本当に珍しく沢山きましたね」


 俺が働いているこのコンビニは、駅の近くでありながら何故か客が極端に少ない。もはや呪われてるんじゃないかとも思うが、今日は珍しく多くの客が途切れることなくやってきた。


「今日オワリ君いてくれて助かったよー」

「ならもうちょい給料上げてくださいよ。ワンオペは流石にきついっす」

「いやー、ウチもかつかつでねぇ」


 店長の言っていることは事実だろう。本当にこのコンビニに来る客は少ないし、バイトを雇えてる事(俺一人だけだが)自体不思議だ。

 いつも通り、伽藍とした店の中で、これまたいつも通り店長と中身のない雑談をしていると、本当に珍しいことに新しい客が入ってきた。


「「いらっしゃいませー」」


 入店音に合わせて挨拶しながら客を見ると、どこか怪しい雰囲気を醸し出していた。

 大き目なフードを深く被り顔はよく見えない。しきりに周囲を見渡しながら、客はゆっくりレジの前に立つ俺たちの元にたどり着いた。


「……」

「えっと……」


 お客がレジ前に立って1分、2分経っても何も言わない。

 

「何かごようでしょうか?」

「……出せ」


 流石に謎な状況すぎて困惑していると、店長が助け船を出してくれた。

 店長が話しかけて、ようやくお客が何か喋ったみたいだが、小さすぎて何を言っているのかわからない。


「すみません、もう一度お願いできますでしょうか」


 再度店長が話しかけると、客はバン!!!!と手に持つ大きめな鞄をレジに叩きつける。


「金を出せ!!!!」


 ようやく客の、いやこの男の目的が分かった。コンビニ強盗だ。

 当然の事態に、隣に立っている店長は無言でアタフタと慌てている。


「出せよ!!早く出せよ!!!!」

「いやぁ、そう言われましても」


 慌てる店長に代わり、しょうがなく俺が相手をする。目の前の男はコンビニ強盗にしてはあまりにお粗末だ。金を要求する割には、刃物の一つも突き立ててこない。手ぶらでただ怒鳴りつけるだけ。


「クソが!どいつもこいつも馬鹿にしやがって……!!」


 そろそろ警察呼ぼうかなと考えていると、男がポケットに手を突っ込み、取り出したのは赤い液体が入った注射器。

 男が注射器を自分の腕に突き刺し、赤い液体を注射すると、肌が焼けるような熱気が男から放射される。


 高音の熱と共に、男の体が赤く染め上がると、肉体は肥大化しながら変わっていく。

 ギリギリ人型を維持しているが、燃えるような赤い肌に機械のような鎧。右腕は丸々砲台のような物に変化した。


「か、かかかか怪人!?」


 怪人。

 数年前に壊滅したとされる悪の組織『ダークマター』が作り上げた改造人間。

 怪人に変わり果てた男は、右腕を店内に向ける。砲台のような腕から炎が放射され、店内を焼き焦がす。


「金を出しなぁ!!!!全部だ全部!!」

「は、ははははぃぃ!!」

「財布もだ!!さっさとだせ!!!!」


 置かれたバッグに、レジの金を全部入れ、追加で要求された俺と店長の財布を入れて怪人に差し出す。


 金の入ったバッグを強引に奪い、炎の怪人はガラスの壁を突き破るように外に出る。

 突如現れた怪人に、炎に何事かと寄ってきていた人達から大きな悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う中、たった1人の少女が怪人の前に立ち塞がった。


「そこまでです!!」


 フリルをふんだんに使ったピンク色の衣装に身を包み、ファンシーな杖を怪人に向ける少女。


「貴様!!魔法少女か!!」


 魔法少女。

 悪の組織ダークマターに対抗する為に生まれた人類のヒーロー。

 組織壊滅後も、増え続ける異能犯罪に対処する為今も活躍し続けている。


「なんでここに!!早すぎる……!!」

「抵抗はやめて大人しくお縄につきなさい!!」

「誰がテメェなんかに!!」


 炎の怪人と魔法少女の戦いが始まった。

 怪人が右腕から炎の砲弾を放ち、魔法少女はピンク色の半透明な壁を生み出して砲弾を防ぐ。

 着弾と同時に破壊と高熱を振り撒く凶弾は、けれども少女の防御を砕くには至らない。


「チッ!!ちょこまかと!!」


 少女は軽やかに空中を踊る。

 無粋な炎では、宙に舞う少女を捉える事など出来はしない。


「shot!!」

「グッ!?」


 攻守が入れ替わる。

 炎の砲弾を軽やかに避ける少女は、杖からピンク色の魔弾を怪人に向けて放つ。

 少女と違い鈍重な怪人は、放たれた魔弾が直撃しダメージを負う。だが、鈍重ではあるが代わりに体の強度は少女の比にならない。ダメージは蓄積しているものの、倒れる気配はない。


「チッ……!!」


 未だ倒れる気配はないものの、確実にダメージは蓄積している。少女に対する決定打がない以上、怪人側に勝ちの目はない。

 だが、例え勝てなくとも負けない方法ならある。

 少女の攻撃に耐えながら、怪人は炎を溜め続け、爆炎を宿した右腕を少女、ではなくコンビニから出てきた店長と俺に向ける。


「や、やめなさい!!!!」

「守るモノが多いよなぁ!!ヒーローってやつはよぉ!!」


 溜めに溜めた爆炎が、俺達に放たれる。


「店長!!」


 俺は店長を庇うように前に出ると、右腕に力を込め接近する爆炎に向かって突き出す。


 爆発。大地を揺らすような爆音と、高温が肌を撫でる。全身に熱を感じながらも、肌を焼き尽くす炎も、破壊を伴う衝撃も無い。


「だ、大丈夫ですか……?」


 俺の目に入って来たのは、服はボロボロに焼けこげ、全身に怪我と火傷を負った少女。

 怪人の攻撃が2人に直撃する寸前に、少女が2人の前に降り立ち障壁を張って攻撃から守ってくれたのだ。


「ああ、大丈夫だ」

「それ、なら、よかった……」


 怪人が大きく溜めた攻撃は、咄嗟に張った障壁では防ぎきれず、少女の体はボロボロ。


「早く、追いかけないと……!」


 怪人は今の隙にこの場から消えた。

 少女は怪人を追う為に、ボロボロの体を支えながら宙に浮く。


「そんな体で追いかけるのか!?」

「大丈夫ですよ。だって私、ヒーローなので!」


 見るからに無理をしている少女を引き止めようとするも、少女は満面の笑みでピースサインをして、すぐに飛んでいってしまった。


「……いやぁ、魔法少女ってのは凄いねぇ」

「……ですね」


 残された俺と店長はしばらく少女が飛んでいった空を眺めてから、ようやく言葉を絞り出す。


「これ、どうしよう」


 振り返れば、衝撃で全てのガラスが砕け散り、店内は殆どが焼け焦げた勤め先。


「店長……」

「ごめんねぇ、オワリ君」

「ですよねー……」


 店が無くなってしまった以上、バイトはできない。

 こうして俺は大切な仕事を、物理的に奪われてしまったのだった。


 **********


「はぁはぁはぁ、ここまでくれば……!!」


 あまり人気のない街がある。ある程度年月が経っても、未だダークマターとの戦いから復興していない街の一角。

 魔法少女から逃げ出した怪人は、息を切らしながら逃げ込んだ。


「なんだってあんなに早く…!!聞いてた話と違うぞ……!!」


 怪人は息を切らしながら目的地に走る。

 人の目を避け、ようやくここまで逃げてこれた。この場所なら魔法少女も見つけられまい。

 後少しで逃げ切れる。


「よう」

「!?」


 怪人が曲がり角を曲がると、1人の男が立っていた。


「誰だ!!」

「誰だって、ひでぇな。さっき顔合わせたばかりだろ?」

「あ……?テメェ、さっきのコンビニ店員か……!!」

「正解」


 怪人が相対するのは、常世オワリ。


「テメェ、なんでこんな所にいやがる」

「なんでって、んなこと一つしかないだろ。報復だよ報復」


 俺にとって、あのコンビニはとても大事な働き口だったのだ。大事な職場を壊されたのだがら、まあ復讐の一つや二つは考えるのも不思議じゃないだろう。


「ようやく見つけたバイト先を、よくもまあ壊してくれたな」

「何言ってやがる」

「しかも財布まで奪いやがって。覚悟できてんだろうな?」

「こっちが聞いてんだよ!!このバカがぁ!!」


 あまりに話が噛み合わず、堪えきれなくなった怪人は右腕をオワリに向けると、炎の砲弾を放つ。

 この場に民間人を身を挺して守る正義の味方はいない。放たれた炎は真っ直ぐオワリに向かう。


「因子解放--」


 人を簡単に殺せる炎に対して、オワリは、俺は右手を向けて力を解放する。


「--火炎怪人ヘルフレイム」


 右手から、怪人が放った炎と同量の炎が放たれる。二つの炎はぶつかり合い、爆発を起こす。


「因子解放、氷結怪人ツンドラ」


 怪人が爆風で巻き起こった砂埃に目を塞がれている間に、冷気を纏った左手を振るう。

 冷気は地面を伝い、爆炎や熱すら奪いさり怪人の下半身を氷漬けにした。


「バカな、複数能力!?」


 氷で動きを封じるも、相手は炎の怪人。すぐに炎で氷を溶かそうとするが、何歩も遅い。


「因子解放、烈風怪人タツマキ」


 人を浮かせるほどの強力な追い風で、俺は怪人との距離を一息でつめると、右手を握り大きく振りかぶる。


「なっ!?」

「因子解放、」


 咄嗟に炎を俺に向けて噴射するも、薄い炎など脅しにもならない。振り抜く拳は鋼鉄となり、炎を安易と貫く。


「鋼鉄怪人アイアーン」

「がっ……!?」


 鋼鉄の拳は怪人の装甲を貫き、分厚い肉体に容赦なくめり込み、容易く意識を刈り取る。


「貴様、何者……」


 意識が遠のく中、怪人が残した問いかけ。


「ただの怪人だよ。正真正銘のな」


 常世オワリ。悪の組織ダークマターが残した最後の怪人。

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