第2話 まさか私が召喚される…?
アヴナスたちを乗せた死馬車がベリアルの屋敷を出発すると、ロエは大きく息を吐いた。
「アヴナス様、良かったですねえ。このまま次の十柱会議まで話が続いたらどうしようってヒヤヒヤしてましたよ」
「その可能性はなきにしもあらずだったな…」
ロエと同じく、アヴナスもほっと安堵していた。対応を間違えてベリアルを怒らせてしまっていたら、十柱会議に出かけなくてはいけなくなるまで、話が長引いていたかもしれない。
そうしたら何の用意も出来ずに十柱会議に出席することになり、今度は用意が出来ていないと責められて終わりなき説教ループに突入していただろう。
恐ろしい…と眉を顰めて、アヴナスはロエに手土産を用意するように指示した。
「槍でいいと仰っていたから、アスモデウス様が好きそうなのを手配しておいてくれ」
「分かりました。でも、十柱会議の後も心配ですねえ」
「……」
確かに…懸念材料はまだ残っている。
ベリアルも言っていたように、今度の会議はバラムが話題の中心になり、その自慢話が繰り広げられるだろう。ベリアルのストレスは計り知れず、最高潮に溜まった鬱憤をぶつける先は…自分だ。とても今回のようにうまく逃れられる自信はない。
かと言って、ベリアルが十柱会議を休めば、ここぞとばかりにベリアルの悪口が飛び交うのは間違いない。
そして、それを何処からか聞きつけたベリアルが責めるのは…自分だ。
どう転んでも責められるのは自分以外にいないという現実に、アヴナスはうんざりして窓の外を眺める。永遠に明けない地獄の闇夜のように、アヴナスの気持ちも永遠に暗い。
沈鬱な面持ちのアヴナスの横で、ロエは「そうだ」と思いつきを口にする。
「ベリアル様も仰ってましたけど、アヴナス様が召喚されて契約魂を持ち帰るとかって、無理なんですか?」
「……」
下級悪魔の中でも使役タイプであるロエは、召喚とは無縁だ。ちょっと買い物に行くくらいの気軽な感じで考えているらしいロエに、アヴナスな顰め面で首を横に振る。
「そんな簡単な話じゃない。人間にとって召喚っていうのは色々準備が大変だし、今は世紀末とやらでちょっと流行ってるだけで、そもそもが廃れてる」
「そうなんですか。アヴナス様は召喚されたことってあるんですか?」
「ああ…」
かつての人間界は今ほどに文明が進んでいなかったが、目に見えないものに対する造詣は深かった。
人間は愚かだから失ってしまったものの大きさには気づかないのだ。
フンと鼻先から息を吐き、アヴナスが「とにかく」とロエを重ねて注意しようとすると、死馬車が停まった。御者が到着を告げ、ロエがドアを開ける。
死馬車を降りて自身の館に足を踏み入れたアヴナスは、迎えに出た執事のソイとロエを並び立たせ、十柱会議に向けて気を引き締めるように告げた。
「いいか。今度の十柱会議は特に注意が必要だからな。お前はミスが多いから…」
気をつけろとロエに言いかけたアヴナスは、異変を感じ動きを止める。その前に立つロエとソイも、驚きを顔に浮かべていた。
「…!?」
アヴナスの頭上が突如光り、魔法円が浮かび上がる。首を曲げて上を見たアヴナスは、驚愕した。
「これは…っ!」
「アヴナス様…っ!?」
まさかと思いたいが、これは召喚魔法で使われる魔法円だ。人間界で自分を召喚しようとしている者がいるのか?
いや、まさか。
しかし。もしも召喚が成功すれば、自分は地獄を留守にすることになる。
アヴナスは慌てて、ロエに指示を出した。
「いいか!私が消えても召喚されたって誰にも言うんじゃないぞ!特にベリアル様には内緒にするんだ。うるさいから!」
「え…消えるって…アヴナス様…消えちゃう…?」
「泣いてる場合じゃない。いいな?すぐに戻るから誰にも言うなよ!お前は会議用の準備をしておけ。ベリアル様の死馬車の手配と、アスモデウス様への手土産の槍!ソイは注文してある私の衣装を取りに行っておくんだ!」
「アヴナス様~消えないで下さい~」
「アヴナス様!」
必死でロエたちに命じている間にも、アヴナスの姿は光に包まれ徐々に消え始めていた。ロエにも否定したように、アヴナスは自分が召喚されるとは思ってもいなかった。
バラムのように名の知れた悪魔ではなく、かと言って、気軽に呼べる下級悪魔でもない。中途半端な立ち位置にいる自分は、一番召喚から遠いと思っていたのに。
「頼んだぞ…!」
最後の一言がロエたちに届いたかどうかは分からなかった。目の前の視界がふっつり消え、光に包まれたアヴナスは気持ちを切り替える為に目を閉じる。
人間に召喚されるなんてかなりめんどくさいが、千載一遇のチャンスでもある。十柱会議までに契約魂を持ち帰れば、ベリアルの機嫌を取ることが出来る。
バラムに勝てるほどの数は揃えられないかもしれないが、ないよりはマシだ。バラム以外の相手にはマウントが取れる。さすれば、十柱会議の後もねちねち絡まれたりしないはずだ。
よし。人間が何を望むのか知らないが、契約して魂を持ち帰るぞ。
気合いを入れて、アヴナスは拳を握り締める。
なんでも最初が肝心だ。
人間を恐れさせ、敬わせ、従える。
大事。
それ、大事。
人間の前に現れた時のシミュレーションをして、アヴナスは自分の周囲に青い炎を燃やす。バラムのように元々恐ろしい姿をしていないから、炎に包まれた姿を見せるのが、アヴナスの鉄板だ。
ごうごうと炎を燃やしながら、アヴナスは魔法円の中心から頭を出す。周囲は暗いようだ。人間界は夜なのだろう。
さて。どんな人間が召喚したのか…。
「っ…!!」
その顔を見てやろうと不敵な笑みを浮かべたアヴナスは、突如浴びせられた冷水に驚き、息を呑んだ。炎を燃やしていた分だけ衝撃が大きく、出ようとしていた魔法円の中に慌てて引っ込んだ。
「な…なんだ?」
自分の姿を見直せば、ずぶ濡れになっていて、アヴナスは怪訝な思いで首を捻った。どうして濡れているのかが分からず、首を傾げていると、頭上から声が聞こえてくる。
「あーびっくりした。いきなり燃え出すなんて危ないな。もう帰ろっと」
「……?」
帰ろっと…?
「……」
いや、待て待て。まさか…。
まさか!
「っ…!!」
焦って魔法円から飛び出したアヴナスは、召喚した人間に自分を畏れ多い存在として見せることをすっかり忘れていた。実際、ずぶ濡れの状態だったから、どう足掻いても畏れ多くは見えなかったのだが、同時に見て貰う相手もいなかったので、どんな状態であっても構わなかった。
正面にも右にも左にも、背後にも。何処にも誰もいない。
足下には自分を召喚するのに使った魔法円と、儀式の道具が寂しく取り残されている。暗い廃墟にぽつんと佇み、アヴナスは濡れ鼠みたいにぶるっと身体を震わせた。
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