第27話 再びの成り代わり

 目の当たりにした企み顔に、笙鈴しょうりんが動揺し次の言葉を紡げないでいると、すかさず明明めいめいが話に割って入った。


「ま、まさかとは思いますが……笙鈴様の霊力を借りるなどと言い出しませんよね」

「あらすごいわ。当たりよ、明明!」

「駄目です! 反対でございます! 旦那様、ひいては大奥様に知られたら大目玉を食らいますよ」

「大丈夫。うまくやってみせるし、笙鈴さんも全面協力してくださると約束してくださったし」


 話が見えなくなったことに不安と焦りを覚え、笙鈴も慌てて会話に加わる。


「私にできることなら何でもするという言葉に、もちろん嘘偽りはありません! ……で、ですが、腕っぷしならともかく霊力には自信がありません。満足にお手伝いできるかどうか」


「いいえ。笙鈴さんは、あのおどおどした占術師せんじゅつしよりも霊力がございます。なにより、相手を引っ張り出すための隠れ蓑としての適役はあなたです。相手は手ごわい。策を講じてことにあたらねば、私は命を失うことになるでしょう」


 翠蘭すいらんが重みを持って告げた言葉に、笙鈴の眉根がぴくりと動き、少しばかり張りつめた空気となる。


「霊力をお借りすれば、回復までに数日を要するでしょう。まずは、笙鈴さんにも負担を強いることを了承してもらう必要があります。さらに重要なのが、私のやり方を誰にも口外しない、何か気づいても決して深入りしないこと。これらを約束してくださるなら、あなたとしゅ家の元候補者、ふたりとも助けます」


 しっかりと見つめ合ったまま翠蘭が求めると、笙鈴はすぐに心を決めたように表情を引き締めた。


「鬼の形相をした女の姿をこの目で見ております。日増しに呪いの気配が濃くなっているのも嫌でもわかります。私は、このまま黙って呪い殺されるのなんて御免です。要求はすべてのみます。だから李翠蘭、私を助けて」


 笙鈴の真剣でいて、鬼気迫った声が室内に響き渡った。


「お任せください」


 翠蘭が敬意を示すように袖口を合わせて力強く答えると、それに倣うように明明と紅玉こうぎょくも笙鈴に対して拱手きょうしゅの体勢を取った。


 ひと呼吸挟んで、翠蘭は意気揚々とふたりに話しかける。


「他からの手助けも必要かもしれないわ。紅玉、お兄様にその旨伝えに行ってくださる?」


「わかりました!」


「ああそうそう。また偶然鉢合わせるようなら、伝える相手は煌月えんげつ様でも構いません。敬慧院けいすいいんでお兄様を呼び出すと、お父様の小耳に入ってしまう可能性も高いですから、それなら煌月様経由で兄へ伝えてもらった方が面倒もなくていいでしょう。むしろその方が好都合だわ」


 ただの女官が一国の皇子に伝言役を頼めるわけもなく、紅玉は一気に青ざめていく。


「翠蘭様があらぬ方向に走り出したことも、あわせてしっかり伝えてきてください」

「……は、はい……頑張ります」


 明明からも追加で注文を受けてしまい、今更引き返せない空気に紅玉は涙目になりながら返事をした。


 続けて、翠蘭は明明に指示を送る。


「明明は夜までに結界を張り直しておいて。屋敷の中だけでなく、外の様子もひと通り確認お願いね」

「はい。すぐに取り掛かります」

「ふたりとも終わり次第、私の居所に戻るように」


 明明と紅玉は翠蘭と笙鈴に丁寧に拱手してから、目的に沿ってそれぞれ動き出した。


 そして、翠蘭も椅子からゆっくりと立ち上がると、ひとつあくびを挟みつつ、笙鈴に話しかける。


「笙鈴様、私は居所きょしょに戻って仮眠させていただきます。つきましては、日が暮れ始めたら私の居所にいらしていただきますか? その際、お付きはおひとりだけでお願いいたします。できれば信頼のおける協力的な人物を」

「わかりました」

「それでは、またのちほど」


 優美な微笑みを浮かべたかと思えば、またひとつあくびをし、翠蘭も静かにその場を離れていく。


 遠ざかっていく小柄な背中をじっと見つめていた笙鈴だったが、完全にひとりになったところで、小さく笑う。


「まさか、薄命はくめい月華げっかがここまで逞しいとは……頼りにしております」


 心に灯った温かな希望を久しぶりに感じながら、素直な思いをしみじみと言葉にしたのだった。






 その日の夕方、翠蘭から言われた通りに、笙鈴はお付きの者をひとり従えて居所を出た。


 薄暗い道に気味の悪さを覚えて背筋を震わせながらも、笙鈴は前だけを見据えて力強い足取りで進んでいく。


「お待ちしておりました」


 翠蘭の居所の門の前で明かりを持った明明がふたりを出迎え、先導する形で門の内側へ移動する。


 笙鈴と女中も続く形で敷地に入った瞬間、空気が変わったことに気づき、思わず顔を見合わせた。


 昨夜、翠蘭によって結界を施された時にも実は圧倒されていたのだが、この場に満ちている霊力はその比ではない。


 屋敷に入ったところで紅玉が姿を現し、付き添いの女官に「こちらでお待ち願います」と恭しく声を掛けた。


 女官は心配そうに笙鈴を見たが、笙鈴から力強い眼差しを返され、従うように頷いた。


 紅玉が女中を引き連れて歩き出すと、明明も笙鈴を促すようにして屋敷の奥へと再び歩き始めた。


 足を踏み入れたのは翠蘭の寝室で、部屋の中央に立っていた翠蘭がくるりと振り向いて笙鈴に微笑みかけた。


「こちらへどうぞ」


 翠蘭は友人を部屋に招いたような気軽さで呼びかけ、一方で、笙鈴は緊張だけでなく畏れすらも感じながら、硬い面持ちで翠蘭の元へと歩み寄っていった。






 小部屋に通されたあと、椅子に座ってじっと待っていた笙鈴のお付きの女官が、お茶を持ってきた紅玉にぽつりと問いかけた。


「悪鬼に対抗する術を教わるのだと笙鈴様から聞いておりますが、本当でしょうか?」


「……ええ。そのように思ってよろしいかと」


「仮に、方法を教えていただいてもそれを実行するのは笙鈴様ですよね。……正直不安です。このまま笙鈴様をこちらに置いてもらった方が安全なのではと思えてなりません」


 翠蘭のそばにいるのが一番安全なのは間違いないと納得しつつも、紅玉ははっきりと否定した。


「でもそれでは問題は解決しません。笙鈴様も翠蘭様も素晴らしく優秀なお方です。共に力を合わせ、見事打ち破ると思います」


 紅玉のこの発言は、この先、誰が悪鬼に立ち向かうのかを分かっているからこそ、出たものだ。


 そのため自信満々に言い放ったが、女官が唖然としているのを目にし、紅玉は慌てだす。


「わっ、私のような者が、生意気なことを言ってしまって申し訳ございません!」


 さらに自分が高家から嫌われているのも思い出し、どんどん体を小さくさせていったが、高家の女官から返されたのは意外にも柔らかな表情と声音だった。


「そうね。今は信じて支えるべき。ありがとう」


 余計に紅玉が恐縮したところで、ゆったりと近づいてくる足音が聞こえ、ふたりは入口へ顔を向ける。


 目の前に姿を現したのは笙鈴で、凛とした声で女官に話しかけた。


「お話はひと通り終わりました。いったん居所に戻ります」

「はい」


 すぐさま立ち上がり動き出した女官から紅玉へと、笙鈴は視線を移動させる。


「何かありましたら、よろしくお願いいたしますね」


 そう告げると、翠蘭らしい微笑みを紅玉だけにみせたのち、女中を引き連れて颯爽とした足取りで居所を後にした。





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