第25話 学園の真実とさらなる深淵

 魔導監視大塔の制御核が破壊された後も、内部には微弱な魔力残響が漂っていた。

 RE:CODEのメンバーが戦闘を終えた余韻の中、瓦礫の処理と構造の調査を行っていたそのとき――


「……理央、これ。階段がある」


 クロエが塔中層の奥壁に開いた亀裂の向こうを指差した。

 破損した壁の裏側に、まるで隠されていたかのような細い下り階段が続いている。


「地下か……制御層のさらに下に、何が?」


「内部地図には存在しない区画。旧時代の構造?」


 クラウスがうなった。


「行ってみよう。術式感知は消えてる」


 理央はすぐにライトを取り出し、階段を下っていく。


 階下は、まるで別世界だった。


 高層部の洗練された魔導構造とは異なり、むしろアナログな設計。

 壁には旧式の金属プレートと錆びついた配線。

 電子と魔導が未統合だった時代の“遺構”のような空間だった。


「ここ、まさか……初期の魔法都市開発期の設計?」


 クロエの声に、理央が黙って頷く。


 部屋の中央には、石棺のような端末が設置されていた。

 理央が触れると、古びたホログラムがゆっくりと立ち上がる。


「起動ログ:魔力制御都市基幹管理機構――補助記録ファイル群」


 端末が自動音声で再生を開始する。

 次々に映し出されるのは、初期の都市インフラ設計図、術式開発の実験映像、そして――


 ひときわ大きく表示されたのは、「魔力抽出および流通制御中枢」の図面だった。


 その中心に、はっきりと記されていた。


 【管理拠点:第零供給区画/特定育成機関】


 地図上に重ねられたその場所は――


「……ここ、“学園”だ」


 一同に沈黙が走る。


「……学園って、ただの教育機関じゃなかったの?」


「いや。これは……“都市中枢に偽装された、エネルギー供給核”」


 理央が端末に指を走らせ、追加ログを呼び出す。


 その中には、“魔力量に優れた適性者の収容・誘導”という文言が並び、

 “意図的魔力覚醒のための環境因子設計”という記述すらあった。


「まさか……生徒たちを、エネルギー源として?」


 クラウスの声が低くなる。


「実験対象として、管理していた可能性が高い。しかも、長期間に渡って」


 理央はしばらく端末の光を見つめていた。

 その横顔は、怒りでも動揺でもなく――ただ静かに、深く沈んでいた。


「やっぱり。全部、そこに集まってる。……あの場所が、都市の心臓だ」


 クロエがふと目を伏せて呟いた。


「また、戻るのね。……あの場所に」



◆◇◆



 拠点に戻ったのは、夜が更けきった頃だった。


 作戦は成功。魔導監視大塔は機能を停止し、都市中の視覚網は崩壊した。

 けれどRE:CODEの面々に、勝利の空気はなかった。


 夕凪はオペレーター席での長時間の緊張から仮眠を取っており、

 クラウスとミラは機材の整備と傷の手当てに回っていた。


 その中で、理央は一人、ホログラム端末を操作していた。


 壁面に広がる都市構造図――その中心に、“学園”が浮かび上がる。



◆◇◆



 数時間後、理央は全員を招集する。


 静まり返った作戦会議室。

 いつものように簡潔な口調で、理央は言った。


「……次に狙うのは、“学園”だ」


 その言葉が放たれた瞬間、空気が一変した。


「……本気か?」


 クラウスが顔をしかめる。


「あそこはただの学校じゃない。周囲は魔法省の管轄下で、防衛網も厚い。

 それに、まだ無関係の生徒も大勢いる。突入すれば、全面戦争だ」


「わかってる。けど、それでも行く。いや、そこを潰さなきゃ、何も変わらない

 僕たちの最終目的は魔法省をつぶすことだ。

 これはその準備だ」


 それを聞いたミラが目を細めながら訪ねる。


「必要なことなのね?まあ、私は学園生じゃないし別に気にしないけど」


 視線をクロエや夕凪に向ける。

 二人は目を伏せる。

 そんな様子を見て理央は言葉をつづける。


「何も生徒を皆殺しにしようと思ってるわけじゃないさ

 向こうだって学生を前面に出してくることはないだろう

 戦うのはARXの連中だよ」


 それを聞いた二人は少しほっとしたような顔になる。


「あそこはもう、“学び舎”じゃない。

 都市を支配する魔法社会の、心臓部。

 だったら――壊す。根本から。僕たちの手で」


 やがて、クラウスが深く息を吐いて口を開く。


「……やれやれ。ずいぶん高いところに手を伸ばすな。

 だが――やるなら、徹底的にだ。逃げ道はないぞ、理央」


「最初から、そのつもりだよ」


 誰も異論は出さなかった。


 もはや彼らの歩いている道に、後戻りなどなかった。



◆◇◆



 深夜の研究室。

 明かりは最低限。壁に投影された映像だけが、青白く揺れていた。


 それは学園の監視記録。

 教室、廊下、訓練場。誰もが日常を過ごしていたはずの場所。

 けれど――今やその全てが、敵の心臓に繋がっている。


 理央はひとり、無言で映像を見つめていた。


 記録映像が切り替わるたびに、かつての日々の断片が現れては消えていく。

 まだ“信じていた”頃の自分。

 何も疑わず、ただ前を見ていた父と母。

 その姿すら今では――切り取られた幻だ。


 「……全部、あの場所から始まった」


 理央がぽつりと呟いたその時、背後から声がかかった。


「ねえ、理央」


 クロエだった。

 珍しく私服姿で、足音も立てずに入ってきたらしい。


「LZ-αのことなんだけど……」


「……何?」


 理央は顔を向けずに答える。


「普通の装備じゃない。

 あれ、“装備してる”っていうより、体に“繋がってる”みたいだった」


 クロエの声は柔らかいが、言葉の選び方は鋭い。


「それに、あんなに強力なのに副作用もなく動けるの、おかしい。

 ……まるで、“痛み”も“制限”も最初からないみたいに」


 理央は数秒黙っていたが、やがていつもの調子で答えた。


「改良型の試作品だよ。僕専用の設計ってだけさ。

 神経接続はしてるけど、まだ“安全域”だよ」


 クロエは目を細めたが、それ以上は追及しなかった。


「……嘘つくの、下手になったね」


 それだけ言って、彼女は静かに去っていった。


 理央は彼女の背中を見送りながら、机に手をついた。


 ――右腕の奥。

 感覚はない。もう“自分の一部”ではなくなりつつある。


(限界は、まだ先だ)


(今日の戦闘で、はっきりした。あの程度じゃ……学園には届かない)


(“壊す”には、まだ足りない)


 静かに、理央の指が端末の裏コードに触れる。


 新たな施術計画。

 神経接続の拡張。感覚遮断の増強。

 そして、出力制御を完全に自己判断に移行するための“基幹再構成”。


「次までに、終わらせる」


 誰にも知られずに。

 誰にも止められない場所で。


 理央は、再び“人であること”から遠ざかる覚悟を決めた。

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