第24話 圧倒的力と疑い

 魔導監視大塔。

 その蒸し焼きになった正門の先、RE:CODEの影が煙の中から現れる。


 高温の残滓がまだ空気を撫でていた。

 塔の内部は無人ではなかった。


 中層へ続く広大なホールの手前、迎え撃つように整列していたのは――


 白と金の礼装をまとった兵士たち。


 機能美に優れた魔導装備と整然とした統制。

 魔力の波長を均一に保ち、周囲の術式と完璧に連携している。


「……ARX」


 理央が呟く。


 Anti-Scientific Response Unit。

 魔法省が科学勢力に対応するために急造した特務部隊。

 その中の一人が、一歩前に出ると、機械的な声で言い放った。


「貴様らを排除する命令を受けている」


 フードの影に目を隠した理央は、何も答えない。

 代わりに、クロエがわずかに前へ出る。


「ここを退く気はない。……潰す」


「ならば、処理を始める」


 言葉が終わるより早く、魔力が爆ぜた。



◆◇◆



 戦闘が始まった。


 ARXの部隊は、無駄のない連携で火線を組む。

 白と金の術衣が滑らかに動き、冷静な魔力操作で迎撃が始まった。


 「斜め右、四名。魔導弾連射準備中」


 夕凪の声が通信に割り込む。

 クロエが瞬時に干渉波を走らせ、発射前の術式を中断させる。


 クラウスは盾を展開し、真正面から撃ち抜かれるはずの高熱光弾を受け止める。


「……っ、この連携、厄介だな」


「速いし正確。量産された“精密”って感じ」


 ミラがナイフを投げながら呟いた。

 しかし、狙撃手の一人はあっさりとカウンターを仕掛けてくる。


 刹那の間に、RE:CODEは“防戦”に回らされていた。



◆◇◆



「……やれやれ、随分と歓迎してくれる」


(連続使用は想定していないんだが…

 仕方がないか)


 煙の中から、理央が歩み出る。

 LZ-αの核が赤く点滅を繰り返し、その腕にエネルギーが凝縮されていく。


 装置の装甲が展開し、掌部から光が漏れる。


「LZ-α、散乱照射――解放」


 瞬間、地を這うような赤黒い光線が敵方向に一斉に広がった。


 あらゆる角度から放たれたレーザーが、塔内の空間そのものを焼き崩し、

 白と金の隊服が煙と血に染まって吹き飛んだ。


 防御術式をすり抜け、壁ごと、床ごと、ARXの陣形を削り取る。

 建材の魔石が焼けて破裂し、反響する熱風が塔内に悲鳴のような音を響かせた。


「……」


 だが、その瞬間。


 仲間たちは――息を呑んだ。


 クラウスは盾を構えたまま、言葉を失っていた。

 ミラは微動だにしなかったが、眼差しだけがじっと理央を“見て”いた。


 クロエは、一歩、下がった。


 その攻撃の“威力”ではない。

 理央自身の動きが、人間のものではなかった。


 振り抜いた腕は、常人ならば骨が軋むはずの角度で捻じれ、

 照射中も顔色ひとつ変えず、微動すらない。


 ――“痛み”を感じていない。

 それに気づいたクロエの目が、揺れる。


「……理央、あなた……」


 思わず洩れたその声に、理央が短く答える。


「今は戦闘に集中しろ。さっさといくぞ」


 それ以上は、言わせなかった。


 ARXの隊列は崩壊した。

 だが、RE:CODE内部には、目に見えない“ひずみ”が、静かに走っていた。



◆◇◆



 塔の内部、戦闘の余波で生まれた瓦礫を踏み越えながら、RE:CODEは中枢区画へと向かっていた。


 ARXの先遣部隊は壊滅した。

 だが、あの戦いの後――全員の間に、微かな沈黙が流れていた。


 その沈黙を破るように、クラウスが口を開いた。


「……進行ルートは残ってるな。上層に昇るエレベーターが無傷だ」


「使うのは危険。外部制御されてる可能性がある。階段で行こう」


 クロエが言い、理央がそれにうなずく。

 彼の顔色は変わらない。だが、クロエは“わかっていた”。


 ――あの攻撃のあと、理央の呼吸は一瞬だけ乱れた。

 装置の内部で何かが焦げる匂いと、微かに震える右腕。


 彼は痛みを感じていない。けれど、身体は確実に“削られている”。



◆◇◆



 上層区画へと続く通路は、魔導光が断続的に灯っていた。

 天井には監視結界の残骸が浮遊し、時折火花を散らす。


 中枢に近づくにつれて、空気が変わる。

 圧力のような、重みのような――魔力そのものが重たくなっていた。


「……この空間、“見られてる”感覚が強い」


「当たり前さ。ここが“視界の源”だ」


 理央が、塔の最奥に浮かぶ魔導核を指さす。


 半透明の防壁に包まれた球状の核が、淡く青白い光を脈打っていた。

 その中心には、膨大な魔力演算の回路が集束している。


 ――都市全体の視覚・認識・記録を司る“目”。

 魔法社会にとって、この塔はただの監視施設ではない。

 都市全体の「意識そのもの」だ。


「壊すしかない。ここを潰せば、魔法省は一時的に“盲目”になる」


 理央がLZ-αを構える。


 しかしそのとき、クロエが彼の腕をつかんだ。


「……待って」


「なにか問題でも?」


 理央はいつも通りの声で答える。

 けれどクロエの目は、真っ直ぐに彼の右腕を見ていた。


「その腕……さっき、関節が壊れる角度まで捻じれてた。

 それでも平然と動かしてた。痛みがないのよね」


 理央の目がわずかに伏せられる。


「それだけじゃない。呼吸が乱れた。体温の反応もおかしい。

 ……ねえ、理央。あなた、自分に何をしたの?」


 空気が静止する。


 理央は、しばらく何も言わなかった。


 やがて――静かに、微笑んだ。


「何もしてないさ。ただ、強くなっただけだよ」


「嘘」


「そうかもね」


 理央はクロエの手をそっと外した。

 その手は、わずかに冷たかった。


「でも今はそれより、これを終わらせよう。

 この“目”を壊せば、道は開ける」


 そう言うと、理央はクラウスを振り返る。


「防壁を頼む」


「ああ。短時間でいいな」


 クラウスが盾を構え、魔導核を包む結界に体当たりを仕掛ける。

 衝撃波で内部の術式が一瞬だけ弱まる。


「今!」


 クロエが干渉波を放ち、術式の“隙”を拡げた。


 理央がその中心に、LZ-αの全出力を叩き込む。


 音もなく、核が砕けた。


 まるで都市の“まばたき”が起きたかのように、すべての監視網が停止する。


 魔法社会の目が、閉じた――その瞬間だった。


「……これで、見られずに済む」


 理央がぽつりと呟く。


 だが、クロエの視線は、理央の背中に突き刺さったままだった。


(あなた、本当はもう“人間”じゃないの?)


 言葉にはしなかった。まだ、する準備ができていなかった。


 魔導監視大塔――攻略完了。


 RE:CODEの次なる目標へ、道が開かれた。

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