第2話 彼の決意と彼女の視線

 理央が科学と出会ったのは今から3年前14歳の時の事だった。

 

 学園から帰った理央は焼け落ちた“自宅の残骸”を目にすることになった。

 高位魔法師の魔力暴走に巻き込まれ建物ごと理央の家族は焼き尽くされ、

 何もかも跡形もなく消し飛んだ。


 ――魔法の本質に問題はない。制御ミスによる不可抗力である


 それが、魔法省の公式声明だった。誰も罰せられず、誰も責任を取らなかった。


 理央の家族が巻き込まれた事件はただの“事故”として扱われたのだ。


 魔力暴走。

 術式のミス、大気中のマナのコンディション、魔法師の資質、様々な要因で引き起こされる事故。

 事故の規模は魔法師もしくは魔力機関の保有している魔力量によって変化する。

 理央の巻き込まれた事件はとりわけ大きなものだった。


 人類は魔力暴走のリスクと生活基盤の維持を天秤にかけた結果後者を取ったに過ぎないのだろう。

 しかし、少なくとも理央がこの社会を憎むには十分な理由であることは確かだった。


 遺体すら残らなかった理央に残されたのは自宅の地下室だけだった。

 地下室には父の僅かな遺品と、自分に宛てた手紙があった。


 喪失感しかなかった理央にとって数少ない家族とのつながり、

 それを確認するため手紙を読むことにした。


「理央へ


 この手紙を読んでいる頃にはもしかしたら、私はもうこの世にはいないのかもしれない。

 魔法を万能の道具として扱う時代になって随分と時間が経った。

 科学は過去の過ちとされ、封印されてしまった。完全に抹消されてしまうのも時間の問題だろう。


 もし、理央が道に迷ってしまったときはこの手紙と共に私が残したものが役に立つかもしれない。


 必ずしも使う必要はない。使うことが正しいとも限らない。

 ただ選べる選択肢を増やしたいと願っただけだ。


 生きろ、理央。たとえどれだけ世界が変わろうとも、理央は理央自身を信じ生きてくれ。」


 手紙を読み終えると理央は声もなく泣いた。

 頬に伝う涙は熱く、とめどなく流れた。


 ひとしきりなき落ち着いたころ、父親の遺品の中に封筒を見つける。

 そこには、旧科学研究室の座標、そして解除コードが入っていた。


 魔法学園の“廃棄指定区域”そこが秘密の研究室だった。

 そして、導かれるようにそこに赴くのだった。


 旧科学研究施設に足を踏み入れると確かに“温度”を感じた。

 

(ここに父さんは確かにいた…)


 家族の死。初めて知る“科学”のこと。魔法社会の歪み。

 すぐにはの見込めるものではなかった。

 しかし、ただ魔法社会を憎む気持ちは本物だった。


 父親に託されたものを握り締め理央は決意した。


「父さん。僕決めたよ。父さんと母さんを奪ったこの歪んだ社会をぶっ壊す。

 父さんからもらったこの力で。必ず」


 その目に確固たる意志を宿して。



◆◇◆



(懐かしいことを思い出したな)


 理央はぼうっと自分の席から外を眺めながら昔のことを思い出していた。


「どうしたの?理央くん。理央くんて偶にぼーっとすることあるよね。ミステリアスってやつ?」


 すると、隣の女子が不思議そうに声をかけてくる。


(いけない。つい物思いに耽ってしまった)


「いや、なんでもないよ。ただ新しい魔法のことを考えてただけさ」


 当たり障りのない返答をし、その場をしのぐ。

 隣の女子は「さすが~」と茶化したように笑っている。


「てゆうか、聞きたいことがあってさ~ここなんだけど~」


 教科書を指さし隣の女子は理央に教えを乞う。

 やれやれと感じつつも理央は対応を開始する。


 今日も変わらず“優等生”な生活を過ごしていた。


 そんな彼を見つめる視線が合ったことには気づかずに。



◆◇◆



 放課後。

 理央はいつものように荷物をまとめて旧科学研究施設へ向かう。

 その道中――


「……久遠理央」


 “廃棄指定区域”のある西校舎に入る直前声をかけられる。

 理央が振り返るとそこには一人の女子生徒がいた。


 クロエ=ノクス

 銀髪を腰まで伸ばした冷たい瞳をもった美しい少女。

 身体つきはスレンダーで身長は平均的。同じく平均的な男子である理央よりはこぶし一つ分低い。

 魔力量が規格外らしく学園でも一目置かれている存在で授業態度は決して良いとは言い難いが、

 教師もその点に免じ目をつむっている様子。

 また、戦闘にはあまり興味がないのか選手権には参加しない。

 模擬戦は何度か行ったことがあるらしくそれなりに出来るらしいが、

 なぜ戦わないのかは人ともかかわらないせいで定かでない。

 学園内では誰が呼んだか“沈黙の魔法師”と呼ばれている。


 理央も例外ではなく声をかけられたのはこれが初めてのことで理央自身も驚きを隠せなかった。

 理央は目を細め、冷静に声を返す。


「……何か用か?」


 クロエは小首をかしげ、不思議そうに返答する。


「観察してるだけ。あなたは、他と違う気がするから」


「違う?」


「うん」


 ただ、それだけ返すと満足そうにうなずき、クロエはそれ以上何も言わずに去っていった。


「いったい何だったんだ?」


 額にかいた冷や汗を拭い、ふと気が付く。


(あいつ僕の隠蔽魔法を見破っていたのか?)


 自身にかかっている魔法を再度確認しながら、戦慄を覚える。


(あいつはただものじゃない。今後はより警戒しよう)


 再度魔法をかけなおし、旧科学研究施設へ向かった。



◆◇◆



 トラブルはあったものの本日も理央は作業を開始する。

 現在は研究室に置いてあった映像記録媒体の修理を行っていた。

 この作業は思ったより難航しており少し前から行っているものだった。


 改めて向き合い作業を再開する。

 旧科学研究施設に置いてあった科学教本を読み返し、作業を進める。

 こうでもない、ああでもないと試行錯誤を繰り返し

 そして、しばらくの時間が経ち――


「よし、何とか起動ができそうだ」


 つなぎ合わせたモニターに光が灯る。

 ザザっと音を鳴らし、映像が流れる。

 映像に映し出されたのは理央の父親だった。


「よし、見えてるな。このメッセージが見れているということはいい感じに勉強が進んでるみたいだな。

 さすが私の息子だ。賢くて何より。

 だが、理央の事だから自分ひとりでここまで来たんじゃないか?

 そうじゃなきゃいいんだが、もしそうならいいことを教えてやろう。

 研究室跡地はここだけじゃない。当然、研究者は私以外にもいた。

 つまり、同士がいるということだ。

 もし、道に迷うことがあるのであればそいつらを探し、頼るのもいいだろう。

 もちろん科学者じゃなくても理央が信用できると思った人なら仲間にするのもいいかもな。

 あと最後に――」


 そこまで流れると途中で端末はショートしてしまう。

 黒い煙を上げ、動かなくなった。


「くそ、失敗したか。これじゃもう修復は無理そうだ。

 父さん何が言いたかったんだ?」


 自身の不甲斐なさに頭を抱えながらもかぶりを振る。


「仕方ないか、にしても仲間か…。他の同士がいればそりゃ心強いが…」


 その声は誰にも届かない。

 しかし、地下に響いたその言葉はまるで“誰か”を呼び寄せるように、静かに世界に問いかけていた。

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