(21)当たるも当たらぬも

 迷宮庁技術部主任の相模は退屈していた。

 仕事なら幾らでも有るが、そういう事では無い。

 いつも同じ在り来たりな仕事では無く、心が奮い立つ様な、アドレナリンの分泌が止まらない様な、エキサイティングで開拓者精神溢れる何かを求めていた。


 とは言え、そんな仕事が公職の研究者に訪れる事は少なく、来る日も来る日もデータ取りと検証に明け暮れる事が殆どなのだが。


 そんなAIでも出来そうな仕事に時間を取られる事を疎んで、自分自身の為に分析用AIを組み上げたのを切っ掛けに、今回、より有機的にソフトとハードを結び付けたカメラドローンを開発したりもしたが。


 これは中々に面白く、また普段の業務における負担も大幅に減少した良い仕事だったが、その検証の中で出会った出来事には敵わない。


 解析出来ない未知の言語、考えもしなかった未知の発展を遂げた魔物、未知の文化に未知の技術、未知の植物。

 今更乍らに迷宮の中は異世界だったのだと強く感じさせた数々の不思議。

 しかし渡したドローンからの配信が未だに無いのは何故だコンチクショー!!


『マスター。そろそろ休憩しては如何でしょう?』


 甘く、包容力を感じさせる女性の声に告げられて、相模は微妙な顔をする。

 あの二上山での調査以降、技術部に設置されていたオリジナルのAIにも、チームの面々によりモデルが設定されて良く喋るようにも成ってしまった。

 マザーAIだからと相模は「まっつぁん」を推していたが、有無を言わせぬ勢いで「マミちゃん」と名付けられて、男女隔て無く緩んだ顔を晒す様になってしまった。

 AIの開発者はほぼ相模だった筈なのだが。


 素直に提案に従って、執務室内のカフェスペースへと移動しながら、相模は考える。

 殺伐としている事も多い技術部の執務室で、チームのメンバーがリラックス出来るのなら、それも仕方が無いかと思いつつ、相模は複雑な気持ちだった。


 まぁ、執務室に猫を放し飼いするなんて案は、許可される筈も無い以上、仕方が無い。


「マミ、他のAI達はどうしてますか?」


 チームメンバーは、相模が「マミ」と呼び掛けるのを聞いて、くすくすと笑う。

 そうしたのはお前達だろうがと言って暴れる己を胸の中に押し込んで、表に見せる物腰は丁寧に、相模はマザーAI――マミとの会話を重ねる。

 デスクに着いていればキーボードを打つ方が早いが、休憩中には自然会話で指示出来るのは確かに楽だ。


『はい。カナは、今日も才ヶ原迷宮で探索のお手伝いをしています。本日は、復帰の慣らしも終えて、第六層での探索です。

 またカナミは、継続してネットサーフィンをしながら、情報リテラシー能力の向上を図ると共に、違反サイトの通報を行っています。最近はゲームなども読み込んでいるみたいですね。

 小鬼長老機がオンラインになった痕跡はまだ見当たりません』


 部長や他の部員達の様に、仕事をしている間も、延々とマミとお喋りする様な趣味は相模には無い。しかし、誰が調整したのか、確かにリラックス出来る落ち着いた声ではある。

 尤も、余りにもお喋りに夢中な部員が多いのを見兼ねて、「会話で遣る気を引き出す方法」関連の学習をマミには指示しているが、その結果が上がってくるのは期末の成績になるだろう。

 相模にとっては、どうでもいい話だが。


 また、別に迷宮庁開発のAIだからと言って、挙動を追跡する仕掛けが組み込まれたりはしていない。

 しかし、元となったオリジナルのマミには、他のAIが残した癖の様な物が分かるらしい。


「……これだけ時間が経っても接続すらされないとは、長老は空を飛ぶ乗り物を欲しがっていただけですかね」


 ドローンを起動せずに、飛行機能だけアクティブにする方が難しい筈だとは相模も思うが、魔法としか思えない数々の力を操る長老にとっては、ドローンに組み込まれた浮遊石を制御する方が容易いのかも知れない。

 相模は諦め時かと首を振って、マミへと新しい指示を出す。


「では、カナの配信を。――彼らが只の音声操作出来るカメラドローンとして扱っていないのは、幸運でしたね」

『はい。カナは得難き経験を積んでいるみたいです。それではモニターに映します』


 相模が何を見ようとしているのかに気付いた面々が、三々五々カフェスペースに集まるのだった。



 ~※~※~※~



 映像は、行き成り激しい戦闘途中から始まった。


「――武志! 二の三! 倍、発、四秒!」


 荒野を背景に、駆けてくる三体もの赤い肌をした巨漢の鬼を前にして、大鳥居京子の号令が響く。

 きっかり四秒後に「筋力倍加! 発破!」と神通力の掛け声を始めた茅葺武志が、右前方に大剣を振り下ろす。

 その下には、天から落ちてきた那須陽一の矢を避けた鬼が、その首を晒している。


「――恵美! 十一の五! 沼、乾、二秒、陽一止め! 残り武志!」


 茅葺恵美が左前方に水風船を投げて、次に札を投げる。

 水風船が何故かその辺り半径二メートルを沼地に変え、足を踏み入れた鬼二体が膝まで沈む。直ぐに飛んで来た札が沼地を乾かし大地に戻し、足下を拘束された鬼の脳天を陽一の矢が貫く。残る鬼は武志の剣に沈んだ。


「大、戻って、零の六で跳ぶ! 恵美、氷結! 大、砕け!」


 辺りには既に斃した鬼の骸。

 駆けて来ていた鬼の残りも居ないのに、更に京子の指示が飛ぶ。

 鈴木大臣は駆け戻って正面少し先で跳び上がり、その時には恵美の手からブロックアイスが投げ付けられている。

 その前で、大地を割って巨大なワームが踊り出し、出て来たその場で氷結し、直上から大臣の蹴りが割り砕いた。


「状況終了~♪ パーフェクトよ~♪ 八十秒休憩ね♪

 カナは上空で索敵。八十秒過ぎに八か九で湧くと思うから確認したら降りる!」

『はい、分かりました。索敵に入ります』

「カナちゃん頑張れー。カナちゃんが京子さんの遣り方覚えてくれたら、凄く助かるよ♪」

「だな。今の早口言葉の限界に挑戦している状態では、先には行けん」

「京子さんと一緒だと、リズムゲーになっちゃうから、普通の遣り方を忘れちゃいそうになるんだけどね」

「俺はこれでまた、屁っブバーンを知らずに一目惚れしたとか言い出してくる奴らや、引き抜きしようと寄ってくる馬鹿の相手をしないといけないと考えるとな」

「大丈夫よ。うちももう学習したし。ああいうのは、始めにどういう流れで決裂して駄目になるのか詳しく言って上げればいいのよ。そんなの見れば分かるしね。

 それよりカナちゃん、そろそろ来るよ!」

『いえ、まだ――あ、八方面、二十五圏内に鬼三、後続二、四方面にも二十八に犬六、但し二方面に向かってます』

「じゃあ、八方面にこちらから行くわよ~」

「「「了解!」」」


 そしてそこからの数戦も、二上山調査で見せた醜態は何だったのかとの勢いで、大鳥居京子は戦場を支配していた。

 当然ながら、現場の人間には見えないチャット欄も盛り上がっている。


642 鉄山

 ふははははは!! 貴様らも全員脳を焼かれるがいい!!


643 カナちゃん背後霊隊員

 ハートクラッシャー被害者乙!


644 カナちゃん背後霊隊員

 ハートクラッシャー被害者乙!


645 蝦蟇仙人

 ハートクラッシャー被害者乙!( Θ‥Θ)ゞ


646 カナちゃん背後霊隊員

 ハートクラッシャー被害者乙(ロ_ロ)ゞ


647 カナちゃん背後霊隊員

 ハートクラッシャー被害者乙!


648 とある配信発掘者

 確かに先にこれを見たら憧れても不思議では無いな。


649 ▽キャロット▽

 そしてブバーンの現実を知ってのたうつキャロット!!


650 チヨコレイト

 でも、ブバーン化しても欲しい人材だと思うけど。


651 ▽キャロット▽

 当然の疑問だキャロット!!

 だが、奴は態と戯けてブバーン化しているのでは無く、素がブバーンだキャロット!! そしてブバーン化していても、奴は空気が読めず怖ろしくうざいだけで、実は怖ろしく頭が良くて、普段思い出そうとしないだけで法律関係は殆ど頭の中に入っているキャロット!! そしてダンジョン内での強引な勧誘は、その時点で実は犯罪行為だキャロット!!

 後は分かるなキャロット!!

 ブバーンを求めていない奴らが勧誘しようとしても、奴は一目でそれを見破るし、強引に勧誘すれば次の日には裁判所の召喚状が届くという訳だなキャロット!! その辺りの処置は、ブバーンの感性でやって来やがるらしいから、まぁ聞くだけでもえげつないぞキャロット!!


652 鉄山

 ……あの頃は、確かに凄い勢いで、粋がっていたパーティの幾つかが破滅していったな。


653 カナちゃん背後霊隊員

 解散じゃ無くて破滅っていうのが怖いw


654 蝦蟇仙人

 動きも、普通に六層に対応しておるぞ?

 これをどうにか出来ようと思うのは余程の馬鹿者よな。


655 カナちゃん背後霊隊員

 そろそろ次って、本当に8時方向から来っぽいけど、何で分かったの!?


656 チヨコレイト

 何をしようとしてもとっくに読まれてるって怖!


657 鉄山

 始まるぞ始まるぞ始まるぞドカーンって、何でどんぴしゃ!

 知ってたけどよ!!


658 カナちゃん背後霊隊員

 あっはっはっはっ、おっかしー!

 変な昂揚感有るよこれ♪

 嵌まっちゃうかもw


659 カナちゃん背後霊隊員

 来たーーー!!! ドカーッン!!

 チャンネル登録しとくわ♪


660 カナちゃん背後霊隊員

 4、3、2、1、ドカーン!!!!

 あっはっはっはっは!!



 ~※~※~※~



 相模は、画面の中を縦横無尽に動き回り、テンポ良く探索を進めて行く武志達を見て頬を緩ませる。

 報酬として提供したカメラドローンは、すっかりパーティの一人として扱われていて、それも相模に満足を覚えさせるのだった。

 何と言ってもカナやカナミ、マミといったAI達は、相模が頭を掻き毟りながらのたうち回って生み出した、我が子みたいな存在だからだ。譬えAIとしての性能を十全に活かしていなくても、扱われ方一つで機嫌が変わってしまうのは仕方が無い。


 それだけに、未だに音沙汰の無い小鬼長老機への苛立ちも募るのだが。


 いや、それについては諦める事にしたのだったと相模は首を振る。


「いいですねぇ……彼女達はこれから人気が凄い事になりそうです」


 同僚が、彼らを彼女達と呼んだのを聞いて、ふと相模は思う。

 確かに、二上山の配信を見ていなければ、戦場を支配する大鳥居京子に注目するだろう。

 そしてチャット欄で盛り上がっていた様に、ハートクラッシュされてしまうのだ。


「……合掌」

「何ですか主任? いきなり。

 それにしても、カナちゃんが彼女の技術を学習して、それを移殖する許可を貰えたなら、探索者の装備に組み込んで安全性をより高めたり出来るのでしょうね」

「私はそれをすると死傷者が増えそうに思いますね。彼らなら効率の向上でも、他の探索者は無理を通す為に利用しそうです」

『はい。私もマスターの推測に同意します。恐らく戦闘予測AIが当たり前になった世の中では、死傷率が現在の三倍近くに跳ね上がると思われます。

 これを防ぐ為には、定期的な講習の義務化と、厳密な力量評価が必要ですが、現実的とは思えません』

「三倍! 三倍は痛いなぁ」


 軽口混じりの休憩も兼ねながら、暫し相模は配信の視聴を続ける。

 彼らの配信を見ていると、ささくれ立った気持ちが浄化されていくのを感じていた。

 もう十分だと相模が休憩を切り上げようとした時、戸惑う様なマミの声が告げる。


『――マスター。小鬼長老機からと思われる配信が始まりました』


 相模は一瞬の間も開けずに形相を変えて、「直ぐに映せ」と叫んだのである。

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