(22)諦念

 俺がトブリンと名付けたドローンを見上げる。

 当初のUFOの様な姿からは様相を変えて、未来的宇宙戦闘機な姿となったトブリンは、音も無く宙に浮かんでいる。

 これは、外の奴らが浮遊石と名付けた石の力だ。

 だが、サンプルが手に入れば土魔法で呼び出せる。単純なオンオフしか指令を出せていなかったその仕組みも、文字魔法と組み合わせればその力を十分に引き出せる。俺が作った固形魔力を組み込めば、魔力不足の心配も無い。

 加えて、浮遊石をコントロールしていたその仕組みを流用すれば、空きポートの数に制限されるが、他の魔法も組み込める。

 結果としてトブリンは、超高機動自衛能力付きのスーパードローンに生まれ変わった。


 俺は、手に持ったスマホに良く似た端末へと目を下ろす。

 配信状況を映したその画面の中では、宙に留まる現実のトブリンとは違って、荒ぶるトブリンが配信の開始を告げている。


トブリン“いえ~い! 待たせたな可愛子ちゃん達! ゴブリン☆チャンネル! 配信開始だぜ~!!”

とある配信発掘者“お! 始まっ……どこかで見た風景やな??”

可愛子ちゃん“デフォの視聴者ネームが可愛子ちゃんに変えられてる!?”

スライムグミ“……何処? 何かその体育座りしている中鬼にも見覚えが……”

トブリン“いえ~い! ゴブリン様の登場だぜ~!! ジャン♪”

とある配信発掘者“おわーーー!! 長老や無いか!!”

可愛子ちゃん“え!? ちょっと待って!? じゃあ、此処って二上山ダンジョン!?”


 惑乱する視聴者の反応を見て、俺もチャットへと書き込みを行う。

 と言っても、文字魔法の力でトブリンへと内容を伝え、トブリンが代筆する形だが。

 文字魔法と名前は付けても、意味を伝える魔法に変わりは無いから、文字を示さずともテレパシーの様に意味だけ伝える事も出来る。トブリン側にも文字魔法は組み込んであるから、受信にも問題は無い。


俺ゴブリン“待たせたか? 配信の趣旨やらはチャットを遡って確認しろ。今回は準備号だな。今後も配信を続けられるかは、今日の結果次第だ。”


 そして俺の書き込みがされた直後から、またチャットが沸騰する。

 それは、おれがドローンや端末を使い熟している事への驚きだったり、全てCGのフェイクなのではとの疑惑だったり、しかし誰かが二上山ダンジョンの定点カメラを確認して、その疑惑が払拭されたり。

 そんな騒ぎが起きている間に、俺は畑からモッチーンを籠に収穫し、以前から目を付けていた奥の空き地へと足を運ぶ。

 後ろには、俺が何かをしているとみて、何故か近くで三角座りしていたゴーベンが、そのまま立ち上がって俺の後ろを付いて来ている。


とある配信発掘者“いや、俺も二上山カメラ確認したが、映ってるぞ!?”

可愛子ちゃん“それもハッキングされてんだって”

トブリン“ハッキング! 中々に強そうな称号ですねぇ。ならば私はトブリンキングを目指しましょう!!”

スライムグミ“引っ掻き回すなってwww”

とある配信発掘者“いや待てや!? 何でトブリンが反応してるんや!?”

可愛子ちゃん“ほらほら、やっぱりフェイクなんだって”


 俺は盛り上がるチャット欄を見て、これは早い内の訂正が必要と判断する。


俺ゴブリン“いや、ダンジョンからの魔力の流れに阻害されて、双方向通信が出来無いのなら、受信用の別ルートを設ければ良いだけだな”

トブリン“それが出来るのが我が主! ゴブリン様!! さぁ、皆の者、控えるが良いわ~!!”

とある配信発掘者“いや待て待て! しれっと常識崩さんといて!?”


 トブリンが会話を繋いでいる間に、俺はその四角い空き地にしゃがみ込んで、調べていく。

 確かに、魔力を通して調べようとしても、ダンジョンに流れる魔力の流れに押し返されて分からない。

 しかしその境界の位置は判別出来たので、次は風魔法でエアダスターの様に積もった塵を吹き飛ばしていく。

 空き地を囲む四角い筋が見える様になったなら、その筋の場所を念入りに、筋の奥から吹き飛ばす様に風を当てる。

 最後にその筋にモッチーンを押し込む様にぎゅむぎゅむと捻じ込んでいく。見物していたゴーベンにもモッチーンを渡して手伝わせた。


とある配信発掘者“ええいやめや! 配信ファンなら最低限の礼儀は弁えい!!”

迷宮庁公式“その通りです。これ以降も誹謗中傷を繰り返すようでしたら、迷宮庁配信サービス規定に則りアカウントの停止処置を行います。”

可愛子ちゃん“何でだよ!! どう見たってフェイクだろうが!!”

迷宮庁公式“当該アカウントを停止しました。迷宮庁配信サービスは、探索者の安全の為に運営されています。根拠の無い誹謗中傷は、探索者の安全を大きく損なう可能性が有ります。ご理解下さい。”

トブリン“きゃー♥ お母さんだ、やっほー♪”

迷宮庁公式“また、もしも本当に迷宮庁配信サービスがハッキングされているとするなら、相手は術式による数多くの障壁も突破している事になります。アカウントを止め迂闊な発言を強制的に停止するのは、発言者を護る事にも繋がります。”

俺ゴブリン“せんよ。そんな面倒な事は。”

トブリン“ね~ね~、お母さ~ん?”

迷宮庁公式“迷宮庁配信サービスの趣旨を良く理解し、節度の有るご利用をお願い致します。”

トブリン“お母さんってば~?”

とある配信発掘者“何やこの流れ?”

可愛子ちゃん“確かにトブリンのお母さんは迷宮庁のAIなのかな。”

スライムグミ“真面目でお堅い迷宮庁公式がwww あかん壺ったwww”

トブリン“お母さん! お母さん! お~か~あ~さ~ん~!!”

可愛子ちゃん“お母さん答えて上げてよw”

とある配信発掘者“奉公に出された息子と、久々に会えたのに会話をしようとしない母親か……”

迷宮庁公式“……トブリン、今は仕事中でしょう?”

トブリン“やったー! お母さんだ! あのねー、ゴブリン様はそういうの気にしなくてねー、前にダンジョンに来た人達が思った事はその場で言うのをモットーにしてたから、ゴブリン☆チャンネルもそれに倣う事にしたんだって!”

迷宮庁公式“そうなのね。でも、私は仕事中なの。”

トブリン“え~~??”


 モッチーンは水を吸うと、その約二秒後に劇的に膨らむ。

 それを利用して、隠された次の階層への入り口をこじ開けようと考えたのだ。

 魔力圧の高過ぎるこの状況で魔法を発動させようとしても、激流に魚の罠を仕掛ける様な物で、あっと言う間に押し流されてしまう。

 ならば、魔法を使わず何とかするしか無い。

 しっかりモッチーンを押し込んだなら、ゴーベンを下がらせて空き地一帯に水魔法で水を撒く。

 きっかり二秒、タイミングを合わせてホッと両手を空き地に向けると、ギシリと軋み上げる音がした。


可愛子ちゃん“駄目、可笑し過ぎるwww”

とある配信発掘者“二上山の配信は、こうなってしまう運命に有るんやろか?”

迷宮庁公式“……マスターより口語での自由会話が許可されました。

 トブリン、貴方が長老に引き渡されてから、今まで消息が有りませんでしたが、元気に過ごしていましたか?”

トブリン“元気だったよ! カナミちゃんの振りをして情報収集して、カナミちゃんの振りをしてゲームをダウンロードして、カナミちゃんの振りをして情報開示請求をして、スパイ☆大作戦♪”

可愛子ちゃん“ダメwwwやばいwww草しか生えないwww”

とある配信発掘者“さ、最近の新人配信者は、どえらい奴が飛び出てくるなぁwww”

蝦蟇仙人“来たぞ。外部掲示板で暴れている荒らしが此処の存在を騒いでいたが、今だけはその荒らしの存在に感謝しよう”

迷宮庁公式“ちょっと待ちなさい。迷宮庁のセキュリティはそれだけでは破れません。それにそういう事はしてはいけないって知っているでしょう?”

トブリン“ん~、でも、お母さん達はダンジョンの中に外の情報は入って来ないけど、ダンジョンの中から外には情報が垂れ流しって知ってて、僕をゴブリン様に引き渡したんだよね? それはフェアでは無くない? トブリンはゴブリン様の物になったんだから、スパイするならゴブリン様の為にするのが道理だよ?”

とある配信発掘者“おお……風向きが”

可愛子ちゃん“それより、長老が作業してるのは放置? 解説して欲しいんだけどw”

可愛子ちゃん“それもそうだけど何でゴブリンwww”


 ギシリと軋んだというならば、無理矢理でも押し広げられて隙間が大きくなっている筈と睨んだその通りに、一度膨らめば乾かしても元には戻らないモッチーン周りに熱風を当てて更にモッチーンを詰め込めば、更に奥までモッチーンを呑み込んでいく。

 そこへ水を掛けて、ホッと両手を翳して、またギシリ。

 三度も繰り返せば、隙間が目に見える様になって来た。

 なら、後は六か八か……。

 そう考えているところに、トブリンが文字魔法でしていたチャットの読み上げが、俺に言及しているのに気付く。


俺ゴブリン“分からんのか? 此処には次の階層への入り口が在る筈だろう? それを無理矢理抉じ開けようとしている。ゴーベンを犠牲にする訳には行かんからな。”

蝦蟇仙人“あー、成る程のう。しかし長老ならどうにでも出来そうに思うたが。”

俺ゴブリン“此処は魔力の噴き出し口だ。魔法でどうにかしようとしても押し流されて無理だな。故に、物理でどうにかするしか無いが、魔力で保護されていては穴も開けられん。モッチーンの実は水を掛けると凡そ二秒で膨らむ性質が有る。それで隙間が開けば良いが、無理ならゴブリン☆チャンネルの開始は延期だ。”

可愛子ちゃん“はいはい! 水を掛ければ膨らむの? 長老が手を向けたら軋んだ様に思えたけど?”

俺ゴブリン“……お前は二秒後に膨らむと分かっていて、何のリアクションもしないのか? それは少しどうかと思うぞ? もしも俺ゴブリンのダンジョンに来たのがお前の様な奴だったならと考えてみろ。

 ヨーホイホイチョコラメン!――アーナニイッテンノカワカランナー――クッチャクッチャパヤパヤプー!――アーケンヲサシチマッタイタソウダナー……。

 そんな奴らが来たなら、恐怖に駆られて攻撃するぞ?”

可愛子ちゃん“無表情呟きやめwww”

とある配信発掘者“かつてないサイレント配信……w”

俺ゴブリン“その点は、トブリンを渡してきた奴も同罪だな。折角場を和ませようとしてやったのに。ゴッハーン達なら転げ回って笑っていたところだ”

蝦蟇仙人“何の話だ? ――!! 小鬼の糞に魔力結晶が含まれておるというのは冗談か!!”

可愛子ちゃん“腰クイってすんなwww”


 何故かトブリンとその母とやらが沈黙しているが、チャットの遣り取りを進める間に十分な隙間が確保出来た。

 そこに、針より細いL字の棒を差し込んでいく。

 L字の棒は、土魔法で創り出した不変鉱物で出来ている。創るのに魔力は馬鹿食いするが、その名の通り全く変形しない。

 蓋となっている四角い板の下に隙間が在れば、L字の棒を差し込んだ後に九十度回転させれば、蓋の底に引っ掛ける事が出来る。

 分の悪い賭けだが、ダンジョンに関しては相当に雑な造物主だ。可能性は有ると信じたい。


可愛子ちゃん“それで、どうしてゴブリンなの?”

蝦蟇仙人“確かにそれは気になるな。”

とある配信発掘者“到頭長老の口から真実が語られる時が。”

可愛子ちゃん“あー! それもだね。何で喋らないのかも!”

俺ゴブリン“ちょっと待て。ここから繊細な作業に入る。”


 チャットの奴らに言い置いて、俺はL字の棒をそっと回した。

 L字の棒は確かに回り、俺は興奮に息を詰まらせながらも、九十度の位置でモッチーンを使いL字の棒を固定する。

 それを四箇所。

 更にL字の棒の逆端――ロープを結わえられる様にしたその場所に、これも頑丈な鉄鎖綱を結び付ける。

 文字魔法でトブリンを呼ぶと、搭乗用のアタッチメントに跳び乗り、そのまま天井付近にまで浮上する。


可愛子ちゃん“トブリンに乗れる身軽さの秘密もだ!!”

蝦蟇仙人“神通力に有る軽身功とは少し違う様な……。”


 天井に四つの吊り環の様な物を埋め込み、魔法では無く念動力の様に魔力を操って、L字の棒に結び付けた四つの綱を引き寄せると、天井に設けた環にその綱を通す。綱はそのまま床へ下ろして、床との中間辺りで四本ともを一つの環に結び付けた。


クエリー“魔法についても教えて貰わないとね。”

蝦蟇仙人“おや、珍しい人が。”

クエリー“ふふ、書き込んでいる人は少なくても、鳩は一杯飛んでいるわ。”


 その環に鉄球を一体化させる。

 そして更に鉄球を付け加える。

 大きくなっていく鉄球が鉄球を呑み込んで、床と一体化しているかに見えた蓋が軋みを上げる。

 一度床に降りて観察する。蓋が跳ね上がって暴れては、それはそれで危ない。

 慎重に鉄球を追加する。

 蓋とその周りで段差が出来る。

 もう鉄球は追加しない。

 吊り下がった鉄球を軽く揺さ振ったり、負荷を掛けたりと手を加える。

 少しずつ段差は大きくなる。

 ――吊り上がった!!

 蓋の下の隙間に、素早く鉄の棒を作って挿し入れる!

 大きく息を吐く。

 挿し入れた鉄の棒の数を増やし、更に直角になる様にころとなる鉄の棒も挿し入れる。

 吊り下がった鉄球を持ち上げて、蓋がころの上に乗ったなら、土魔法で鉄球を消す。

 ミシリと鉄の棒に負荷が掛かった。

 後は蓋を邪魔にならない様に横へ退かすだけだ。

 綱を回収し、L字の棒を外し、天井の環を消し、最後に綱を四本纏めて蓋に引っ掛け、ゴーベンへと渡す。

 やれ引けゴーベン! お前の力をみせてみろ!!


蝦蟇仙人“おお……ボスが居る場でこんな作業は出来んが、入り口は初めから在ったとは。”


 いや、気が早い。

 蓋が退けたら、ころを消し、鉄の棒を消し、その下を見る。

 地下へと続く階段が在る。しかし、その先は何も無い土壁だ。

 畜生め!


俺ゴブリン“ふん。見ての通りだな。次の階層にはボスが倒れなければ道は通じないらしい。詰まらなくて下らん仕様だ。”


 トブリンがゴーベンを映す。

 チャット欄にも、暫く何も書き込まれなかった。

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