20.盗み聞き

 あひゃひゃひゃ、とサルみたいな笑い声が城の中にひびいていた。隣でびくりとラウラの肩が揺れたので、ぎゅっとその手を握る。

 ラウラがハッと俺の顔を見るから、にっと笑ってみせた。

 シヴァは黄緑色の髪をかき上げた。


「どこかで宴会えんかいしてるな」

「みんなが一ヶ所にいるんだから好都合よ」

「こっからどうする?」


 俺の問いにシヴァとラウラは顔を見合わせた。


「まずはグリュックの場所を突き止めないとどうにも」

「ねえ、ちょっとどこかの部屋に入らない? ここじゃすぐ見つかっちゃう」


 ラウラの言葉に、俺は手近にあったドアに向かい、慎重しんちょうに開けた。誰もいないことを確認してから二人を招き入れる。リュックからランタンを取り出した。

 ぼうっと明るく部屋が照らされる。


「ここは……」

「物置かな」

「物置ぃ? ゴミ置きの間違いだろ」


 刃こぼれしてボロボロの剣とか、取っ手が折れた銃とか、破れた地図とか、そんなものがゴロゴロと転がっていた。捨てろよ。


「よっぽど掃除そうじが苦手なんだねぇ」

「私、ここで虫が出て来たら叫ぶ自信ある」

「大丈夫だよラウラ。俺がついてる!」


 ラウラはぎゅっと俺の手を握り直すと、ゆっくりと口を開いた。


「グリュックがどこにいるか、よね」

「まさかステリアの時みたいに人にきくわけにもいかないよな。一部屋ずつ探す?」

「そんなバカなことするわけないだろう」

「ば……」


 バカにされたので口をつぐむ。一方のラウラはゴソゴソとリュックを漁っていた。


「あっ、あった! これを使いましょ!」


 それは固そうな耳当てだった。俺もあっと声を上げる。


「ソラの発明品か!」

「そうよ。冒険の助けになるかもって渡してくれたの。これを耳に当てると、どんな小さな音でも聞こえるようになるんだって」


 シヴァがぱちんと指を鳴らした。


「これで盗賊の会話を盗み聞きするのか!」


 ラウラもいたずらっ子の笑みを浮かべた。


「そう。話題に上がってくれればこっちのものよ」

「はいはい、俺つけてみたい!」


 ビシッと見本のような挙手をした俺を、シヴァは呆れた目で見た。


「子猫ちゃんに必要な情報を切り取ることができるの?」

「これでも年ニケタなんだよ! ナメてんのかっ」

「じゃあカイ、聞いた情報を伝えてね」

「がってん!」


 ラウラから耳かけを受けとって、装着。とたん、ビンッと自分を取り巻く空気の流れが変わった気がした。

 ドクンドクン……これはラウラやシヴァの心臓の音だ。

 カリカリ……どこかにねずみでもいるのか?


「あれ、盗賊の心音は聞かなくていいよな?」

「やっぱり俺が代わろうか」

「話し声を聞くのよ」


 目を閉じて集中すると、近くの音だけでなく部屋の向こうの音も聞こえてきた。


 ––––だぁらお前は人を殺しすぎなんだよ。

 ––––どうせやるなら大金持ちを狙っとけぇ!

 ––––ケッ、護衛のいる金持ちなんか狙えねーよ! せいぜいがパッとしねえババアだね!


「カイ、大丈夫?」


 知らない間に顔に力が入っていたらしい。ラウラが心配そうに眉を下げる。俺は頬をむにむにしながら吐き捨てた。


「どんな世界で生きてんだあいつら!」


 フユカイだ!


 シヴァが手を上げ下げする。


「どうどう、落ち着いて。グリュックのことは?」

「俺は馬か!」


 シヴァも大概たいがいだ! ったくもう!


 気を取り直して再び集中。


 ––––そういや今あれはどうしてんの?

 ––––あー、しあわせの象徴サマか?


 あ、きた。

 俺は閉じるまぶたに力を入れる。


 ––––おねんねしてるんじゃないでちゅかねー。

 ––––エサやってなくねえか。

 ––––そろそろ捨てちまうかぁ?

 ––––俺様子見てくるわー。おい誰か一緒に行かね?

 ––––連れションかよ。まぁいいけどよぉ。

 ––––俺も行っていいか?

 ––––。


「……出る」


 俺はゆっくりと目を開けた。息を詰めて俺を見ていた二人は、なお真剣な瞳で俺を見つめる。


「……出るって、盗賊がか」

「うん。何人かがグリュックの様子を見に、部屋を出る」

「へえ……」


 シヴァはそれっきり黙ってあごに手を当ててしまった。俺は耳かけを外しながらラウラの方を見る。


「ついて行こうぜ」


 ラウラはぎゅっと一度目を閉じた。


「……そうね。それしかないわね」

「バレたらどうするんだい?」


 シヴァの問いに、ラウラはきっぱりと言った。


「バレないよう全力で尾行びこうしましょう」

「万が一バレても、俺とラウラにはつばさがある」

「相手は武器を持ってる。バレたら殺されるぞ」

「冒険を始めた時点で覚悟はできてるさ」


 俺がそう言ったとたん、さっきからゆるゆると揺れていたシヴァの瞳が、カッと見開かれた。信じられないというように首を振り、胸に手を当てる。


「みんながそんな覚悟で来てるなんて思うなよ……! なあ、子猫ちゃんは俺の命を保証してくれるのかよ!?」


 なんの話だ。

 いきなり怒鳴ったシヴァに、俺は思いきり顔をしかめた。


「できるわけないだろ? シヴァはなんの心構えもなく、父ちゃんに認められたい一心でここまで来たのか? そんなの––––」


 俺以上のバカ野郎だ!


 そう言ってやりたかったのに、できなかった。

 ラウラが俺とシヴァの間に小さな箱をねじ込ませたからだ。

 ボタンがたくさんついていて、ぴよーんと細いアンテナが伸びている。

 ラウラは二つのそれを両手に持って、はぁと息を吐いた。


「ここまで来てケンカはやめて。これはソラの発明品その二よ。これで通信ができるの」


 ラウラはシヴァと俺を交互に見て、すっと一方を俺に差し出した。オレンジの瞳と目が合う。


「これはカイが持ってて。もう一方は私が持つ。いいよね?」

「もちろんさ!」


 俺はしっかりとそれを受け取る。

 ラウラがうまく俺とシヴァの勢いをそいでくれたおかげで、ちょっと頭が冷えた。


 俺はゴミ置き部屋のドアノブに手をかけ、シヴァを振り返った。


「一人になりたくなきゃついてこいよ」


 シヴァはきっと俺をにらんだ。

 心細さのせいで光の弱い瞳をごまかすように。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る