18.俺がひっくり返す!

「おい、こっちで合ってるんだろうな?」

「悲しいなぁ。俺の方向感覚を疑うのかい?」

「カイ、大丈夫よ。こっちで合ってる」

「ラウラが言うなら本当だな!」

「……まったく」


 シヴァはため息を吐いた。俺は真顔で言う。


「これまでの経験からして、俺を猫呼ばわりするヤツはロクなのがいない」

「つれないなぁ」


 シヴァは仕方なさそうに肩をすくめた。

 俺、ラウラ、そしてシヴァの三人は、なぜか一緒に岩窟がんくつの城に行く流れになっている。

 ラウラは感心したようにあたりを見まわした。


「それにしても、ここはきれいね」

「だな」


 あたりは紫の花がついた木でいっぱいだった。あわく光る紫の花びらが雪みたいに散っている。

 シヴァが口を開いた。


「桜というらしいよ、この木は。美しいよね」

「ええ」

「美しいと言えば」


 シヴァは、俺とラウラの背中に目をやった。


「その真っ白なつばさもきれいだよね。一体これはどうしたんだい?」

「神の子どもを助けたら、お礼にもらった」

「からかってる?」

「まぁそうなるよな。マジなんだけどな」


 俺は思わず笑った。シヴァは本気に受け取っていいのか決めあぐねているようで、困った顔をしている。やがてふるりと首を振った。


「いずれにしてもそれは魔法まほうなんだろう? ハウレンツェに戻れないんじゃないかな?」

「……は?」

「……え?」


 どういうこと?


 そろってきょとんとした俺とラウラに、シヴァは片眉かたまゆを上げた。


「二人とも、ハウレンツェの成り立ちは知ってる?」


 俺は首をかしげ、ラウラもあごに手を当てて考え込む仕草しぐさをした。


「……たしか、かべに囲まれてるのもその成り立ちのせいなんだよね?」

「そうだ。それ以上は知らない感じ?」

「うん。カイもだよね?」


 話を振られて、俺はこくりとうなずいた。


「知らない。町の成り立ちって、みんな知ってるものなのか?」


 シヴァは苦笑いした。


「大人はみんなね。仕事を始めると自然と知るんだよ。日常生活でもたまに聞くものだと思ってたけど」

「ふうん」


 仕事を始めるのは十五歳からだ。まだ四年もある。それに、父さんからもその手の話は聞かされたことがなかった。


「で、その成り立ちがどうしたんだ?」

「大事なことだよ。その成り立ち上、君たちは町に立ち入ることができない可能性が高い」

「だからなんで?」


 思わずとがった声が出た。らされるのは苦手だ。シヴァは小さく笑う。


「それはね。……ハウレンツェは、魔法をこばむ町だからさ」


 魔法を拒む、町?


「町に出てから、不思議ふしぎな現象にたくさん出会っただろう? ハウレンツェには絶対になかった」

「神の子どもにりゅうに、つばさに、魔法の粉を使った発明道具……」

「全部初めて見るものでびっくりしたよね」


 指折り数える俺に、ラウラもうなずいた。シヴァも満足げだ。


「それが証拠しょうこだ。この世界に魔法はあふれ返ってる。でも、その中でも魔法をきらう人たちがいたらしい。便利すぎる世が逆にイヤになったんだろう。そうした人たちが集まって、町の四方を壁で囲んで作られたのが、俺たちの町、ハウレンツェだ」


「私たちが外部の人間を見たことがないのもそれが理由?」


 ラウラが身を乗り出したのに、俺はハッとした。

 そうだ。アズサやソラに影響を与えた吟遊詩人ぎんゆうしじんや旅商人。俺たちは、それを見たことがなかった。


「そうだよ。魔法を町に持ち込まれるのをきらった。だからハウレンツェでは昼も夜もずっと、門番が出入り口を見張っているだろう?」


 違和感いわかんに思ったことなんてなかった。それが普通だったから。


 町の成り立ちのせいで、魔法でできたつばさを持つ俺たちは、ハウレンツェから拒まれてしまうのか? いやでも。


 俺は顔を上げた。


「そしたらグリュックはどうなるんだ? あいつだってつばさがある、魔法の生き物だろ? なのに町で飼われてたじゃないか」


 それにシヴァはぱちんと指を鳴らす。


「子猫ちゃんのわりに良いところを突くじゃないか。グリュックはしあわせの象徴だよ。、象徴なんだ。だからグリュックはハウレンツェで飼われてる」

「はっ……」


 そんなの最悪だ。


 人間が幸せだって言うために、グリュックの幸せをうばっているようなものじゃないか!


「そんな話聞きたくなかった」

「子猫ちゃんはまだまだ子どもなんだね」

「はああ⁉ シヴァお前、いい加減見下すのやめろよ⁉」

「ラウラはどうだい?」


 俺の言葉なんてあっさり無視して、シヴァはラウラを見た。


「言われてみれば、ある」


 ラウラは考え込むようにうつむいていた。


「ウチの従業員じゅうぎょういんが、家族で町を出て行ったことがあったの。たしか……魔法がある所へ行きたいって。世界には、もっと便利で、楽しいところがあふれているのに、この中に閉じ込められるのはばかばかしいって。それを聞いた他の従業員や父さんは……」


 ラウラは少し眉根を寄せた。


「『魔法なんてわずらわしい。あいつらも、外に出ればきっとそのことに気づくだろうな』とか『魔法が好きなら出ていけばいいんだ』とか、結構きついこと言ってた」

「へえ……」


 自分の世界には近所の子どもと、父さんしかいなかった。あまりに小さい世界。その父さんは、そういうことを言う人じゃなかった。

 シヴァがうなずく。


「言ってる大人たちも、実際に魔法のあるなしを比べたことなんてないだろうけどね。でも、受け継がれてきた考えっていうのは変わりにくいものだよ」

「知ったような口ききやがって」

「だからね、子猫ちゃん、ラウラ。君たちは帰れないよ」


 シヴァの言葉がずんと腹の底にひびいた。リュックから水筒すいとうを取り出して、冷たい水をのどに流し込む。


「帰るよ」

「はっ……」

「カイ、でも」

「でもじゃないよ、ラウラ」


 紫の桜のすきまから陽の光が差してくる。水筒をしまった。


「俺、父さんと絶対に帰るって約束したんだよ。その約束は守らなきゃ」

「……つばさを隠せば大丈夫かな」


 ラウラが言うのに、俺は小首をかしげた。


「なんで隠すんだよ? 隠さないよ」

「何言ってるの? 隠さないと門前払いされちゃう」

「自分の町に帰るのに?」

「ステリアの人たちの反応を覚えているでしょ。魔法を知っている人たちでもびっくりしてたのに、ハウレンツェでつばさを見せたらもう終わりだよ?」

「俺、自分の居場所で隠しごととかしたくない!」


 自由に生きられなくなるじゃないか。こそこそ家の中でつばさを丸めてから外に出ろって? たまったもんじゃない! それに……!


「空を飛ぶスリルも楽しさもぜんぶ隠して、なかったことにしたくない! そうだろラウラ!」

「それは……」


 ラウラはつらそうにうつむく。ラウラだってあんなに楽しそうに飛んでたじゃないか。

 ラウラは、やがてこくりとうなずいた。

 それを見て、俺はキッとシヴァを見上げた。


「俺がハウレンツェの常識をひっくり返す。だから、グリュックは自由になるし、俺とラウラは帰れるし――帰るよ!」


 俺の勢いに気圧けおされたようにシヴァはしばらく言葉を失っていた。ついと目をそらし、はっと前を見て息をのむ。


「ついたよ」


 その言葉に、耳が思い出したように人の叫び声をとらえ始めた。

 前方を見る。


「わ……」


 木々の先に、高い高いがけがあった。その崖の目の前に人だかりができている。けんかしてるみたいだ。


「カイ、上……」


 ラウラにつつかれて崖の上を見ると、大きなごつい城が、そこにでんと腰をすえているのが見えた。


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