7.がんばれラウラ!

 足の速さには自信がある。近所の子ども達と鬼ごっこをしたときは絶対に捕まらないから。一方で、ラウラの足は遅い。びっくりするぐらい、遅い。


「ラウラ、がんばれ!」

「がんばってるよ‼︎」


 ラウラの手を引っ張り、回転するんじゃないかってくらい足を速く動かした。すぐ背後で龍がうなる。


「我の眠りをジャマしたな!」

「しゃべれるのかよ⁉︎」

「二人とも早くっ!」


 前方にいるメミの体は銀色の光をまとってふよふよ浮いていた。


「なんでメミは飛べるんだよ⁉︎」

「これでも神さまだから!」

「神さまこのヤロウッ。俺らも連れてけ!」

「重いからムリムリ!」


 その時、体のバランスがくずれた。


「うわっ」


 ラウラの足がもつれたのだ。俺の手から、ラウラの手がするりと抜ける。


「行って!」


 さけびながら、ラウラが転んだ。俺はあわてて足にブレーキをかける。

 龍の大きく開けた口。ナイフのようなたくさんのきばがラウラをおそう––––


「ラウラ‼︎」


 思いっ切り地面をった。腕が抜けるギリギリまで手を伸ばす。

 龍の生温かい息が頭にかかって、ぞっと鳥肌が立った。


 食べられてたまるか!


 ヘッドスライディングの勢いでラウラを抱き止め、横に飛ぼうと足を動かす。


「カイッ」

「やばっ、間に合わな––––」


 バサッ。


「うわっ⁉︎」


 急に体が軽くなった。地面を蹴るまでもなく、龍の牙から遠ざかる。


 何が起きた⁉︎


「二人とも、急いで‼︎」


 メミの声で、俺はハッと我に返った。前に進もうと体を動かそうとして、ぎょっと背後を振り返る。


「なんじゃこりゃあ⁉︎」


 自分の背中。そこに、真っ白の大きなつばさが生えていたんだ!

 足じゃなくて、つばさが動いて前に進んでいる。


 さっき龍から逃れたのもこれのおかげか!


「なにこれ⁉︎」

「ラウラもかよ⁉」


 ラウラの背中にも俺と同じ真っ白なつばさが生えていた。


「神の力の安売りだな! 目ざわりなおろか者め!」


 せっかくきれいなつばさが、間近まぢかで発せられた龍の声でビリビリ震える。メミがさけんだ。


「おしゃべりはあとよ! 今は逃げなきゃ!」

「わかってるよ!」


 今度は絶対に離さないし、離されない。

 ラウラの手を強く握る。

 強くつばさを羽ばたかせる。

 今までで一番速く周りの景色がうしろに流れていった。


「ラウラ!」

「なに⁉︎」


 大きく息を吸った。


「俺に死ぬなって言ったくせに、自分の命はすぐあきらめるんじゃねーよ! 俺は今すごく怒ってる!」


 ぐっと言葉につまる気配。ラウラが一拍置いて声を張り上げる。


「私が転んだんだよ! カイを巻きぞえにはできない!」


 その瞬間、頭に生温かい空気がかかった。とっさにラウラを自分に引き寄せ、抱いたままくるりと体をひねる。ばさっとつばさを羽ばたかせ、龍から距離を引き離した。


「言ったろ、俺の運動神経と、ラウラの頭の良さを掛け合わせたら最強だって! ラウラのドンくささは俺がカバーすんの! 巻き添えとか言うなよなマジでっ」

「ドンくささって。それに最強は聞いてない!」

「じゃあ今言う! 俺たちは、最強だ! この冒険はどっちか欠けてたらダメなんだ! 俺だけの冒険じゃないんだよわかる⁉︎ わかったら絶対手ェ離すな!」


 腕の中で、ラウラがハッと息を呑んだように思えた。


「……カイ」

「なに? 風の音で聞こえないから大きい声出して!」

「私!」


 さっきまでの声と何かが違った。


「私も、飛びたい! だから離して!」


 ––––声が明るくなったんだ。


 ふっと腕をほどく。俺から離れたラウラが、まぶしいほどに真っ白なつばさを広げた。ためらいがちに体をひねろうと動いているのを見て、俺はにっと笑った。


「こういうのは思い切りが大事なのだよラウラくん! ほら、こんな風にっ!」


 くるくる、と宙で二回転。


「カイは覚えるのが早すぎるよ!」

「そんなの関係ねえっての! だって、自分がやりたいようにつばさは動くんだから!」


 ラウラの顔が変な風にこわばっている。怖いのに、なぜかにやけてしまうような、そんな顔。


「出口よ!」


 メミの声で、ラウラから前方へ視線を向ける。出口の光が目にまぶしい。


「そーれっ!」


 隣で、ラウラがくるりと宙返りを打った。


「おっ」

「フフフッ、アハハハハッ」


 ラウラは普段、大口を開けて笑わない。そのラウラが空中でおなかを抱えて笑っている。


「どうしよう、カイ! この冒険、結構楽しいかも!」


 その笑顔を見て、俺の口元もゆるんだ。

 全く、背後では龍がうなってるってのに。


「––––あったりまえだろ?」


 ラウラは町を出てから初めて笑った。


 そのことに、俺はすごく安心したんだ。

 

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