念い出#4 「カウンセリング」

僕は赤ちゃんの頃の記憶がある。


普通は三歳以前の記憶はなくなることが多い。


僕はそうではなかった。


その中でも一際脳に残っていることがある。


お母さんからのキスだった。


「愛してるよ」


まだ歩けもしない頃、そう言ってよく頭を撫でてもらった。


ふかふかのベビーベッド。


からからとなる吊るされたおもちゃ。


そしてお母さんの優しい笑顔。


全て僕の脳に刻まれている。





「数原 和 十歳。親からの虐待。精神異常は見られない」


僕は入り口の木のドアの前にまだ立っている。


この施設は木でできていた。


なのにこの部屋だけ鉄筋コンクリートだった。


学校の放送室くらいの部屋。


男の人の左側には奥の部屋に繋がってそうな鉄のドアがあった。


黒くて重厚感ある革のソファ。


そこにスーツを着た男がペンを動かして座っていた。


「そこ座って」


男の人はしっかりと髪をセットしていて眼鏡をかけていた。


声がかなり低く、体が大きかった。


三十歳くらいに見えた。


男の人の後ろには小さな窓があった。


方角の問題だろうか、日の光は全くと言って良いほど入ってきていない。


男の人はペンとバインダーを机に置き、向かい合って座る僕に対して口を開いた。


「東野 隆二です。この施設でカウンセリングを任されている人です」


意外に優しく口ぶりで僕は固まっていた肩がすとんと落ちた。


そして僕は口走った。


「いつ僕は家に帰れますか」

「それはわからない。お母さんのこと好き?」

「はい」


カウンセラーは下を向いて黙った。


とある日の午前中。


窓から鳥の鳴き声が聞こえる。


僕の目線は常にカウンセラーの顔にあった。


「君のお母さんは今刑務所にいる」

「知ってます」

「いつまでか分かる?」

「すぐ戻るんじゃないんですか」

「違う」


僕は知らない話に前のめりになる。


「6年後だよ」


僕は心のどこかがズキっと痛むような感覚がした。


「しばらくはここのみんなと仲良く過ごそうね」


カウンセラーの言葉は僕には聞こえなかった。

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