第一話「焔界」

『聞こえるかい?』

「お前は……この間のクライアントか。また私に仕事を?」

『ああ。前回、君につけた僚機……逆か。君が作戦を援護したあの男……“スカベンジャー”くんは、少々問題行動が多い男でね。

 それを排除してくれたうえで、君はしっかりと仕事を果たしてくれた。

 お陰で君の評価はうなぎのぼりさ』

「ありがたいことだ」

『識別名“セレス”くん。仕事の斡旋ついでに、この世界の、世界観とやらを話しておこうか』

「……。馬鹿にしているのか?」

『滅相もない。いくら君が独立傭兵だったとしても、そこまで世間知らずだなんて思っていないよ。

 けれど……知らないやつもいるかも知れないだろ?例えば……この物語を覗き込んでいる、狂人だとか』

「御伽噺だ」

『知っての通り、この世界は地表のほぼ全てが砂漠に覆われている。かつては、“地球”と呼ばれていたよ。ああ、もちろん海はある。あるが……』

「大半は涸れている」

『そうだ。地上は原始回帰し、巨大化した野生生物モンスターが跋扈している状況だ……そこで生き残った人類は、ギルドと呼ばれる組織を作って、モンスターを討ち取りながら、資源の奪い合いに終始している、というわけだね』

「ギルドでは武装して外に出る者たちを冒険者と呼び、それをランクで階級付けしているんだったな」

『ああ。それも、複数のギルド間で一つのランキングを使ってね。まあ君のような独立傭兵は関係ないが……』

「私のようなフリーの冒険者のことを、独立傭兵と呼ぶわけだな」

『その通り。各ギルドも人手不足でね。使えるかもわからない金を渡すだけで戦力の足しになる傭兵は便利なんだよ』

「傭兵に面と向かってそれを言うか」

『見たところ、君はそういう細かいことを気にしなさそうだからね。

 話は終わりだよ。

 話を聞いてくれたお礼に、その近くにいる、バウンティボード対象のモンスターの位置を送ってあげるよ』

「正式な依頼ではないとは、随分とせせこましいことをする」

『ふふ……バウンティボードが更新されることを祈ってるよ』
























 残灰の砂漠

 セレスが残骸から外に出る。煌々と太陽の光が降り注ぐ砂漠は、地平線の彼方で陽炎が踊るも、なぜか少し肌寒い。

「バウンティ対象は……角竜、か。確かに、並の冒険者パーティーどころか、二足歩行兵器タイタンアーマーでも厳しいだろうな」

 果てない砂漠を目的地に向けて歩き始める。遠巻きから戦闘を行っているのだろう轟音が響き、僅かに地面が揺れる。

「ああ……落ち着く……」

 大きな砂丘を超えると、再び広大な平地に出る。セレスは片膝をついて屈み、パワードスーツの拡張現実機能で双眼鏡アプリを起動し、前方を偵察する。

「角竜……」

 セレスが視線を向けたその先には、黄土色の甲殻と、雄々しい双角を持った飛竜が闊歩していた。角竜は角の手入れか、残骸に頭を二回叩きつけてから軽く唸る。

 アプリを消し、素早く前転しながら坂を滑っていく。そのまま妙にストロークの長い前転を連打して残骸の物陰に隠れ、角竜の様子を窺う。角竜は残骸の合間をゆっくりと歩きながら、セレスには気付かずに通り過ぎていく。完全に背後を取ったところで、右手に氷の雷霆を生み出して尻尾の付け根目掛けて投げつける。角竜は攻撃を受けてから飛び退き、素早くこちらに向き直る。けたたましい咆哮とともに頭を低めて構え、一瞬で最高速に到達する突進を繰り出してくる。パワードスーツの身体補助と魔法陣を踏み台にすることで瞬間的に右へ転がって回避し、角竜は残骸を蹴散らしながら突き進んでいく。こちらが地面を転がりながらあちらに向きを合わせると、角竜はそのまま地中へ潜航していくのが見える。

 ならばとセレスは魔法陣を踏み台にして飛び上がり、右手に生み出した雷霆を自身から離れた地表目掛けて投げつける。角竜は地面を盛り上げながらそちらに突き進み、雷霆の落ちた場所で勢いよく飛び出す。飛び出た角竜の右角目掛けて右手から魔力で編んだ糸を飛ばして括り付け、急降下して引き絞る。角竜と渾身の力で引き合い、踏ん張った右足が浮くほど引き寄せられてから、力を一気に入れ直して引き込み、角竜を倒れさせる。すぐさまセレスは向き直りながら飛び上がり、左手に生み出した魔力剣を右角に刻まれた魔力糸の痕跡に斬りつけ、右拳を振り下ろして体重を一点にかけて角をへし折る。角竜は余りの痛みに悲鳴を上げながら飛び起きて後退し、右角が地面に突き刺さる。

 角竜は目を見開き、体表に浮かぶほど青筋を立てて激昂し、姿勢を低め、翼爪を地面に突き刺してから歩を踏み出して突進を繰り出す。砂塵が巻き上がるほど強烈な踏み込みから一瞬でこちらに到達し、回避できないと判断したセレスは左角を受け止めて抱え込み、地面を激しく滑りながら踏み締めて堪え、角竜の突進と競り合う。パワードスーツがショートして各部から白煙とスパークが起こり、それを魔力で強引に修復しつつ出力を戻し、左角をへし折る。悶える角竜を見て好機とし、抱えた左角に魔力を流し込んで硬質化させ、角竜の顔面に当てて殴り倒す。そのまま反対側に持ち直した角で顎から脳天を刺し貫き、僅かな抵抗の後に角竜が力尽きる。

「ふう」

 セレスは一息つき、その場を立ち去ろうとする。

『ちょっとちょっと!』

「……?」

 そこで、どこからか少女の声がする。

『こっちよ!』

「パワードスーツの不具合か……?」

『そんなわけないでしょ!あんたから見て左!足下!』

 セレスが促されるままにそちらへ向かうと、砂に半ば埋もれた球状の機械があった。

「このガラクタか」

『誰がよ!』

 機械を持ち上げると、それから光が発されて浮遊し、表面の液晶が起動して、デフォルメされた表情を映す。

「これは……旧式のドローンか?」

『旧式って失礼ね……あたしはフレス。フレス・ベルグよ。あんたが着てるそのパワードスーツとセットで売られてた、戦闘補助AI』

「なるほど。じゃあな」

 セレスが右拳を握り締める。

『わぁーっ!?待った待った!あんたのそのパワードスーツとセットって言ってんの!わかる?背中にあたしを収納する用のスペースあるでしょ?』

「ない」

『あるの!』

 フレスは球状からパンチカードのような造形に変形して、セレスの背中に勝手に収納される。

「……」

『うっわ!あんたこのスーツに無茶させすぎでしょ!ぶっ壊れる寸前なんだけど!あたしが修理したげるから、その辺の金属掴んでなさい!』

「ふむ」

 近くの残骸に触れると、それが分解されて自身に吸収され、パワードスーツの各部が修復されていく。

「すごいな」

『ふふん♪どう?あたしを連れて行く気になった?』

「喋らないならいいぞ」

『なんでそうなるの!』

 セレスはそれ以上何も言わず、残骸と角竜の死体を余所に歩き去っていく。

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