灯火の巡礼譚 ―この手で繋ぐ、最後の灯火―

ねむり

プロローグ

出会い

「じゃーねー!」

「また明日ー!」

「雨の日サイアク、前髪ぺちゃんこなんだけど〜」


口々に言葉を交わしながら帰っていく、自身と同じ制服姿の少女たち。その横を一ノ瀬 理央は歩くスピードを早めて抜き去っていく。

一緒につるんで帰る人は理央にはいない。正直人間関係は諸々面倒くさい。1人で勉強するか読書してた方がよっぽどマシだ。


雨も鬱陶しいけれど、人と関わるのも鬱陶しい。

クラスメイトが人間より本好きな自分を好奇の目で見ているのもわかっているけど、気にしていなかった。


いまだに大声で交わされる言葉たちを背後に、理央は駅とは逆の方向に曲がった。

そんな気分だった。

帰り道には遠回りだが、人の喧騒から離れられるし、と理央は思う。

だんだんと声が聞こえなくなってきて、傘に打ちつける雨音のみが鼓膜を揺らすようになる。


きらり。

初めての道でもないのに、初めて見かけた古書店。

とても好みな外観で、ぽつりと揺れるランタンの火の揺らぎが印象的だった。

理央は傘を畳み、傘立てに置くと、吸い込まれるように店内へと入った。


カランカラン。


本がたくさん積まれていた。今話題の新作もあるのに、よく知らない文字で書かれた古書もある。

姿は見当たらないが、店主の趣味が気になるところだ。

雨音も気にならないほど、理央は本の山に心が奪われていた。


今読んでいる本ももう直ぐ読み終わるし、いくつか見繕っていこうか。

そう思いながら棚を眺めながら奥まできたとき、ふと棚の隙間に目がいった。


隙間もなく置かれていた本棚、そこでこの隙間?

ほぼ無意識でその本を手に取る。

まるでその本は理央に手に取ってほしいと呼んでいるようだった。


タイトルのない絵本だ。

ただ、表紙に月と森が描いてある。


ただそれだけなのに、すごく惹かれて、思わずペラリと1枚捲る。

あれ、この本、どこか違和感がある。

そうだ、絵本の中の木が、“揺れて”みえている……?

その瞬間だった。

ぶわりと絵本の中から風が吹いた。


ガタン!と入り口から大きな音がしてそちらを見ると、傘立てが倒れていた。


え、この風で?外の傘立てが?

ていうかこの風なに?

この絵本、なんなの……?


理央の頭の中をたくさんの思考が駆け抜けていく。刹那、眩いほどの光が古書店内いっぱいに広がった。

理央は、思わず目を閉じた。

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