第11話 斜め横に傾く人
村上は、なんとも説明しがたい“微妙な角度”で、いつも斜め横に傾いていた。前でも後ろでもない。右でも左でもない。
「お前、まっすぐ生きろよ」
と言われても、
「いやいや、まっすぐって逆にむずかしくない?」
と返すのが常だった。
たとえば朝の満員電車。村上は、あのギュウギュウの中でもなぜか斜めに立っている。不思議と誰とも肩がぶつからず、つり革にも頼らず、軽やかに“傾いて”揺れていた。
「体幹どうなってんだよ」
と同期に言われた日もあった。
まっすぐな人たちが見落とすものが、そんな村上には、見えていた。
道の端っこに落ちていた、子どもの小さな手袋。ビルの隙間に貼られた「ありがとう」のメモ。夕方、コンビニの裏で泣いていた新人バイトの影。
「なんか、横から見ると見えるんだよなあ」
ある日、交差点で信号待ちしていたときのこと。隣にいた子どもが、ぽろりとアイスを落とした。誰も気づかず通り過ぎていく中、村上だけが気づいた。
「おっ、落ちたアイスって意外と斜めに転がるんだな」
そして、拾って渡した。子どもが笑った。村上も笑った。アイスはちょっと砂まみれだったけど。
その夜、村上はふと考えた。
まっすぐ歩けば、遠くまで早く進める。でも、自分が見つけたのは、その途中にある「誰かの見落とした小さな世界」だった。
「まっすぐ生きるのもいいけど、たまには斜めも悪くないよな」
村上は今日も傾きながら歩いていく。スマホに夢中な人の足元をすり抜けながら、電柱の影に咲いた小さな花を見つけながら。
そして彼は、いつも言うのだ。
「この角度、けっこういい景色が見えるよ」
って。
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