第10話 斜め後ろに傾く人

 まるで「過去の呼び声に応えてる人」みたいに、大塚は、いつだって斜め後ろに傾いていた。


「お前、また後ろ見て歩いてるぞ」

「うん。あのとき右に曲がっていればなあ」


 彼の独り言は、大体10年前から来ていた。


 学生時代のミス、元カノへの未練、選ばなかった就職先。どこかで、人生の分かれ道を間違えた気がしてならない。


 そんなある日。横断歩道の真ん中で斜め後ろに傾きながら立ち止まった大塚は、ついにバランスを崩した。


「うわっ」


ドスン!


 目を開けると、そこには懐かしい景色が広がっていた。中学の教室、学園祭のポスター、教卓の上でカップラーメン食べて怒られてた友達。そして、彼の前には、かつての恋人が。


「久しぶり。あのときの答え、今なら言えるかもしれない」


 思わず手を伸ばそうとしたそのとき。


 足元を見て、大塚は凍りついた。地面が、ない。


 いや、正確には影絵のような床があるだけだったふわふわしていて、歩こうとするとすぐに消えてしまう。

「やっぱり夢かよ!」


 彼はぺたんと座り込み、空を見上げた。思えば過去に戻りたがってたけど、別にやり直したいわけでもなかった。ただ、「あれでよかったのか?」と、何度も確認したかっただけなのだ。


 深呼吸をひとつした。

「ふう。よし、今度こそ、斜め前に傾いてみっか」


 立ち上がった大塚の体は、少しだけ前に傾いていた。しかも、過去の影がそっと背中を押してくれたような気もした。


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