夏服と缶コーヒー(1)

七月の終わり、蒸し暑さが風に混ざって教室にまで侵食してくる。

窓際の席に座ってると、時々ふいに熱風が頬をかすめて、思わず目を細めた。


「なに、夏バテ? 冴えない顔してるけど」


隣から、無遠慮な声。

振り向けば、白いシャツの袖をくるくる折って、腕を顎に乗せた葵。

口元には、いつものあの感じ——あの、なんというか、勝ち誇ったような笑い。


「いや、エアコンのスイッチ入れてくれない担任に文句言ってた」

「ふーん、それにしてはずいぶん間抜けな顔だったけど」


こっちは真面目に暑さと闘ってるのに、こいつは涼しい顔して、俺を観察していたらしい。


「これあげる。お礼はあとでいいよ」


そう言って、机の上に一本の缶コーヒーが置かれる。

ちょっとだけ冷えてる、微糖のやつ。俺がいつも飲んでるやつ。


「……いつの間に買ってきたんだよ」

「さっき。購買で最後の一本。運命感じるね」


気取った調子で言いながら、俺の驚いた顔に満足したようだった。

たぶん、それが目的だったんだろう。


「ま、ありがたく受け取っておくわ」

「うん。ちゃんと感謝して?」

「缶コーヒーの一本くらいで大げさだな」


そう言いながら、プルタブを引いた瞬間、目が合った。

視線がぶつかったのは、ほんの一瞬だったはずなのに、時間が止まったみたいに妙に長く感じた。


葵は何も言わずに、にっと笑って前を向いた。

その後ろ姿を見ながら、ふと、思った。


なんで俺、こんなに心拍数上がってんだ?


たかが缶コーヒー一本で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る