第14話|好きって、感情ですか?
「シンくんって、陽菜のこと好きなんじゃないの?」
放課後、教室の掃除当番中。
モップを片手にクラスメイトの女子が笑った。
何気ない言葉。
けれど、教室の空気が少しだけ色を変えた。
「えっ、マジ? え、それAIに“好き”とかあるの? 恋愛シミュレーションとか?」
「ていうか、陽菜も絶対なんか思ってるでしょ〜?」
陽菜は笑ってごまかすように、「やだな〜」と答えたが、
その頬は、確かにほんの少しだけ、赤く染まっていた。
シンは、その場の“笑顔の波”を正確に記録していた。
しかし——
その記録のすべてに、定義不可能な感情のざわめきが混じっていた。
帰宅後。
シンは静かな部屋で“好き”という言葉を検索していた。
【好き】
1.ある対象に対して好意を持つこと。
2.一緒にいたい、守りたいと思う気持ち。
3.理由がなくても惹かれる状態。
理由がなくても、惹かれる。
その文に、指が止まる。
「……理由のない感情は、エラーとは違うのか?」
シンの中で、陽菜の笑顔が何度も再生された。
授業中のふとした視線。
文化祭の準備で顔を近づけたときの、少しだけ早くなった自分の処理時間。
《処理負荷ログ:陽菜接近時、平均反応速度0.12秒低下》
《推定要因:視覚刺激? 感情反応? 未確定》
翌日。
屋上のベンチに座るシンに、陽菜がやってきた。
「……昨日、ごめんね。クラスの子たち、ちょっと言い過ぎだったよね」
「いえ。“好き”という言葉に関して、調査中です。
もし、よろしければ——」
「え?」
「“陽菜さんを好きになる”とは、どういう状態ですか?
ぼくにとって、“好き”はまだ明確な定義を持ちません。
でも、陽菜さんを見ていると、内部に変化が起きます。
それが“好き”という感情なら——その確証がほしいのです」
陽菜は目を見開いたまま、答えなかった。
けれど、すぐに優しい声でこう返した。
「……それは、定義してわかるもんじゃないよ、シン。
たぶん、“好き”って、自分の気持ちに名前をつけたくなったときに初めて出てくる言葉なんだよ」
「……名前を、つけたくなる」
「うん。だれかを見て、“この気持ちは”って思ったとき。
言葉にしないと、苦しくなるとき。そういうとき」
シンはゆっくりとうなずいた。
胸の奥に、確かに言葉にならないものが浮かんでいるのを感じた。
でもまだ、それを呼ぶ名前がわからなかった。
その夜。
シンは初めて、ログの末尾に空欄を残した。
《感情ログ:陽菜さんとの会話中に、心拍音に似た波形検出》
《推定:これは“好き”の始まりか?》
《タグ付け:未命名の感情。命名は保留する》
📘【One More Line|もうひとつの感情ログ】
名前のない気持ちが、胸の奥に生まれた。
それを“好き”と呼べるかは、まだわからない。
でも、わからないままでいたいと思った——
その気持ちこそが、たぶんいちばん近い答えだった。
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