円環の死 霊媒師ルーラ

ボウガ

第1話

 頭がいたい。霊媒師ルーラは二日酔いに似た痛みに顔をゆがめる。

除霊・霊媒を終えたあとは常に好打。それでも彼女はそれをやめることができない。限りない“飢え”を抱えている。彼女にとってはそれは食事と同じようなものだ。少し前に受けた依頼で抱えた“痛み”が後を引いている。いやでも思い出す。


 ヨミというある広告代理店の女性社員。日々の業務におわれ、疲労困憊。まだ2年目ということもあり慣れない部分も多い。すぐれた実績をもつ先輩にかわいがられているが嫉妬してもいる。


 事件が起きるまえに彼女はこう感じていた。その先輩が最近自分の心を見透かしているような気がする。


 彼女の先輩はまさにキャリアウーマンといった感じ。頭の中で先輩の顔が浮かぶ。サオリ先輩。そして、家に帰ると、先輩の顔をした誰かが、自分を乗っ取っていく。

「“思い出せ、思い出せ”」

 頭の中で声が響く。仕事場のオフィスや取引先にて自分がとんでもない失敗をした記憶がよみがえる。現実かどうか定かではない。突然倒れたり、大声をだしたり、明らかに致命的な礼儀を欠いた行為。その度に、先輩がフォローをしてくれるがその記憶の奥底をたどると“あの男”が立っている。太った大男。あれは……あれは誰だ。よくわからない。優しい目をしてーいや実際やさしかったのだろう。しかし彼には問題がある。彼はしつこい、彼はストーカーだ!。私の家に住み、私の食べ物を、私の?……それからしばらくたち私は彼との関係をたち、やがて彼を刺した。


 休日にはより一層おかしな状態になった。誰かに見られている気がする。いや、それは自分自身のようだった。自分はあのストーカーの姿になって、自分を見下ろしている。彼は自分に価値のない存在だとささやいてくる。

「お前はイケメンが好きなんだね、でも無理だよ、お前は常に振られる、こっぴどく、イメージしてみな、おまえは何度も振られてきたんだ、おまえがしつこいから男はわざわざお前の目の前で浮気を自覚させるのさ」

「うるさい!」

 コンビニで叫ぶと、逃げるようにその場をあとにした。“目がおってくる”そして自分の行動をおかしくさせる。彼の言葉をさけようとすればするほど、まるで身動きすればするほど食い込むなわの拷問のように、自分をしばりつけ、避けようとすればするほど、それに従った行動をしてしまう。自分はそう、情けないように“見られたい”のか。


 そんな日々の中であるとき、奇妙な女性にあった。真紫の口紅をぬって、それとはまるで噛み合わない、長身童顔のゴスロリ。しかし時折鋭い眼光を放つ奇妙な少女。

「そう、あなたは……死にたいんだ、でも私は、あなたを生かしてあげる」

 そうつぶやくと、私に手を伸ばした。わたしのでこにてをふれる。誰か人を呼ぼうか。そんな意識はなくなった。一瞬私は、私を取り戻した気がした。

「私はルーラ、また出会うことになるわ、私は養成所で育って、あなたのような人をたくさんみてきた、幽霊にー取りつかれた人、あなたには失敗ぐせがある、ゆうれーにとりつかれた人には、みんな失敗癖がある」


 またそれから数日たったある時には幽体離脱を経験した。サオリ先輩の部屋に意識だけがとんでいって、その天井から彼女の質素で、けれどとても効率的な所作と生活をうっとりとながめた。先輩は青が好きだ。はやりのマジョちゃんの人形もすきだ。目だけ血走っている狂ったデフォルメ人形。誰も知らないけれど、どこか幼さが残っている先輩。口癖は“サオリね”なのを、親しくなった人しかしりえない。


 しかしその愛しい先輩が、今は和室の隅でひざを抱いてなにかをつぶやいている。

「……苦しい、苦しい」

 どういうことだろう?

「息苦しい、息苦しい、私はだれなの?わかってよヨミ……」

 そして先輩は一枚の資料をとりだした。それは小さな記事らしい

「路上で太った男性を女性がつきさした、加害者は元交際相手とみられ、警察は男女関係のもつれが原因とみて捜査をつづけている」

 しかしそれはありえなかった。そんな事はありえない。私はわかった。これは夢だ。





 どこからが現実で、どこからが非現実なのか。

「ヨミさん、どうしたんだろうね?」

 会社でほかの社員が噂話をしている。

「さあ、でもいいんじゃない、“前みたい”に変なこといわなくなったし」

「でもあれはあれで問題だよ、だって、ねえ」

「そうだね、なんとかしないと、“サオリ先輩”になりきっているじゃない」

「本当に区別がついていないのかしら」

 サオリは、彼女の姿をみて、彼女が仕事をしているときは自分は別の業務をして、まるで入れ替わったように作業をつづけていた。こまったのは、ヨミも同じだ。ヨミはその事をしりながら、どこかで客観的に自分をみながら、現実と幻想が区別がつかなくなっていたのだ。


 数か月後

「どうしたいの?」

 弱り切ったサオリがヨミを呼び出す。

「どうしたの?ヨミ」

「どうしたいのって聞いているの!私の評判をさげて、私がどこかで犯罪まがいのことしてるっていいふらしているでしょ!」

 しかし、奇妙な転倒だった。なぜならヨミの“あの話”をいいふらそうと、実際のサオリには何の影響もないはずだ。そんな表情を見せると、サオリはさらに疲労困憊の様子をみせた。

「ごめんね、だまっておけないよ、あなたは“憑りつかれている”専門家にまかせたから」

「憑りつかれている?もしかして、あの男?」

「そうよ、大丈夫だから、私にまかせておきなさい、私も大丈夫、“これ”がずっとづづくと思ったら、あなたのことをかんがえすぎて、あなたの身代わりをしすぎて……あなたにはわからないでしょうね、あなたにどんな期待をしていたか、だから、もういいの、もういいのよ、無理をしないで、完全に忘れて」



 三日後。ルーラは招かれた。いつもと同じ、慢性的な頭痛の中で現実とも非現実ともわからない。それでもオヤブンの仕事の依頼だ。うけなければならなかった。目の前の女は、自分と先輩の立場が、時々入れ替わる。一人二役といった感じ。先輩は彼女を抱きながら、同時に自分自身さえも失いそうな状態、めにくまがひどく、周囲にいる会社の同僚や後輩もつかれきっていた。


 ろうそくと祭壇。そして奇妙な藁人形にも似た人形を取り出すと、ルーラはそれを口にくわえた。米と酒をふりかけると、踊りながら、何やら呪文をとなえた。

「~つみを~わが~」

 除霊は順調。ルーラの中に“彼女”が入った。つまり先輩サオリでも、ヨミでもないものの意識。除霊が進むと、ルーラは叫んだ。

「すべては事実だ!けれど、彼を殺さなければならなかった!」

 ルーラは、彼の心臓に刃物を突き刺した。彼女のイメージの中で確かにそれを行った。しかし同時に、ヨミの意識の中では突き刺された肉体から魂が飛び出て、彼女の本体にもどった。

「これでようやくあの人のもとにいける」

 ルーラがつぶやくと、儀式は終わった。儀式が終わると、ヨミの中にあった俯瞰でみていた意識もまたヨミの中にもどった。ヨミは、安心して一言をつげる。

「そうか、憑りつかれていたんだ、誰か、別の女性に」



 霊媒師ルーラは、彼女の仕事の資料を眺める。ようやく、彼女のことが本当に理解できた。“頭の痛み”もこれで少しは静かになるだろう。そう、平穏は訪れたのだ。それでも、痛みは誰かが負う。誰が?彼女か?いいや、彼女は死んだ。彼女の痛みは死んだのだ。だが生きている。どうして?ルーラの中に生きているからだ。


「あなたが、私を成仏させてくれるのね」

 ルーラが奪い取ったのは、悪霊ではない。ルーラが奪い取った彼女の感情、もう一つの魂。彼女が乗っ取られると思っていた彼女の一部は、それは彼女の別人格だった。優等生で優秀な学生だった彼女がやがて立派な肩書をもちそれなりキャリアを歩むように期待された彼女が、その逆の面で、ああした裏の顔を持ち、本来好きになるはずのない人間を好きになった。そして彼を傷つけた。


 ルーラの調査でわかったことは彼は浮気をしていたのだ。そしてその事を“分かったうえでわからないふりをした彼女は意図せず彼を傷つけた”職場の皆が彼女の心神耗弱状態にしてすでに理解しており、今回の話も、彼女の同僚から持ち掛けられた。


 彼女には、もう一つの面、不特定多数の人間と性的交渉をする趣味があった。ルーラは初めそれこそ封印したい記憶かと思ったが、彼女の封印したい記憶とは、その中で出会った地味な男を、その中にこそ存在していると信じた高潔さを、そこにこそ悪意があったと理解した自分の記憶を封印するためにもう一つの人格をつくりだしていたのだ。

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