小さな髭のオジサン
昨夜の19時頃の出来事。
コンビニでゲームの課金カードと水を買い店を出ると、立派なチョビ髭とアゴ髭とナマズ髭をたくわえた小さなオジサンが店の前で倒れていた。左手には大きな赤い宝石がハメ込まれた古びた分厚い銀色の本を抱えている。
私は近寄ってしゃがみ、手を差し伸べて小さな髭のオジサンの上半身を起こす。
「オジサン! 大丈夫ですか」
「まあそうだな、やばい感じかな」
「救急車呼びましょうか」
「その袋の中に入っているのは清らかな水か?」
オジサンは私が下に置いたコンビニ袋の中身を見ている。
清らかな水?
ミネラルウォーターの事よね?
「そうですよ」
「おお、それを少し分けてくれないか」
小さな髭のオジサンに買ったばかりのミネラルウォーターを渡すと奪うように受け取り一気に飲み干した。
「これは普通の水だな」
「そうですが」
「これじゃダメだ」
「と言われても」
水を求められて渡すとコレではダメだと言う。
どういう事?
「水が欲しかったんですよね?」
「まあ、そうなんだが、気にしないでくれ」
「いや、気にするでしょ!」
「君はこんなワシの事を心配してくれるんだな」
「どんな水が欲しいんですか?」
「ほら、アレだよ、ヘベレケになるやつ」
ヘベレケ?
何語だろう、
今は疑問を解いている場合ではない。
この小さな髭のオジサンを助けなければならない。
「とりあえず救急車呼びますね」
「清らかな水さえあれば消えなくて済むんだがな」
消える?
「おい、そいつ死にかけてるぞ」
横から声が聞こえたのでその方向を向くと制服を着た長身の金髪ギャルがペットボトルを右手に持って仁王立ちで立っていた。
「おい、それは清らかな水か?」
「ああ、そうだ」
「それをワシにもらえないか」
「飲みかけでいいのか」
「問題無い」
小さな髭のオジサンは金髪ギャルから右手でペットボトルを受け取ると、ごくごくと全部飲み干してしまった。
「これも普通の水だな」
「今買ったばかりの立花山の水だ。美味しいだろ」
「まあそうだな」
「あなたたち、完全に間違ってますわよ」
今度はお嬢様、
夜に日傘って、
あ、この制服って私立一葉女学園の……
「何を間違ってるってんだ!」
「この方はドワーフ族、清らかな水が欲しいと言うのであれば、それはアレにきまってますわ」
アレって何?
というかドワーフ?
イヤイヤイヤいるわけ無いじゃん!
「このオッサンがドワーフなのかよ!! スゲ~な」
ギャルが本気にしている、
「あの~ ドワーフって異世界の人だよね」
「まあ概ねそうですわね」
私の質問にお嬢様が淡々と答える。
だが納得がいかない私は質問を重ねた。
「この小さな髭のオジサンがそれだと言う根拠でも有るの?」
「わたくしの直感ですわ、ピンときましたのよ」
さすがお嬢様、完全にぶっ飛んでいる。
単に背が低い髭のオジサンだと思うのだが……
「とにかく救急車を呼びますね」
「お嬢の言うアレって酒の事だろ」
「その通りですわ」
あ~、お酒の事か、
だとしたら……
「じゃあコンビニで買えばいいだろ」
「買う? 買う事などできませんでしてよ」
「いや買えるだろ、オレが買ってきてやる。髭オヤジ、金出せ」
「今は手持ちが無くてな」
「1000円くらいなら持ってるよ」
私がポケットから財布を取り出そうとするとお嬢様に止められた。
「おやめなさい、未成年では買うことなんかできませんでしてよ」
「ああ」
やっぱりそうよね、
「お嬢ちゃん達、ワシはもう大丈夫だ」
「その状態で何が大丈夫なんだよ、オッサン死ぬぞ!」
ギャルがマジで心配している。
「ワシの体が今ここで息絶えても本当の死では無い。記憶を保持した魂だけが元居た場所に戻って転生するだけだ。だから気にしないでくれ」
この小さな髭のオジサンも脳障害のようだ。
「これも何かの縁だ、お前達3人にはワシの大切なモノをやるよ。近寄ってワシの体に触れてくれ」
ギャルとお嬢様が目くばせして、そして膝をついて小さな髭のオジサンの両肩にそれぞれ手を置いた。私はすでに体を支えているので触れている。
小さな髭のオジサンは左手で抱えた大きな赤い宝石がハメ込まれた古びた分厚い銀色の本の表表紙を右手で愛でるように撫でながら何か言葉を呟いた。すると私達全員に琥珀色のキラキラした光が包んだ。
「この光は何?」
「とても興味深い発光現象ですわね」
「おい、オッサン、もしかしてマジで死ぬ気じゃねーよな」
いつの間にか小さな髭のオジサンの髭が全て消えてスッキリした顔になっている。
「ワシの髭をお前達3人に託したぞ」
髭を託す?
聞き間違いかな……
「詳しい事は髭の会博多支部に行って聞け、全て教えてくれるはずだ」
髭の会?
髭が生えた人が沢山いる会なのかな?
「胸ポケットに名刺が入っている。場所と行き方が書い・て・ア・ル」
私は弱弱しくなった小さな髭のオジサンの胸ポケットから名刺入れを取り出した。
それからほどなくして顔や手が徐々に消え始め数十秒後には衣類と大きな赤い宝石がハメ込まれた古びた分厚い銀色の本を残して体だけ消えてしまった。
私達3人は目を見合わる。
「体だけ消えた!」
「見なかったことにするか」
「そうですわね、わたくしは何も見てませんわ」
「この本と服はどうしよう?」
ギャルが私から名刺入れを奪い1枚抜き取ると名刺入れをお嬢様に渡した。お嬢様も1枚抜き取って私に戻した。
「お前が第一発見者なんだからもらっとけ」
「わたくしも必要ありませんのであなたがお持ち帰りくださいな」
そう言い放つと二人は別方向に去ってしまった。
パンツとかもあるんだけどどうするのよ……、
夢だったのかな?
支えてた手がほんのり温い、
本も服も下着も名刺入れもある、
体だけが消えるってどういう事?
私は疑問を抱えたまま帰路についた。
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