髭の会 博多支部

 お父さんにT字剃刀でアゴ髭を剃ってもらったが、剃り跡から瞬時に髭が生えて来て、剃っても剃っても堂々巡りだ。幸い1本の長さが6センチ以上は伸びないようなのでなによりである。


 しかしこれはマジでやばい状況になった。


 鏡の中の自分を見ながらふと思う。


 あの小さな髭のオジサンは何者だったのだろ?


 名刺には住所だけしか書かれていなかった。

 

 髭の会か……、

 

 行くしかないかな、


 私は大きな赤い宝石がハメ込まれた古びた分厚い銀色の本とオジサンの服と下着をリュックに詰めて家を出ようとした。すると背後からお母さんに腕を掴まれて歩みを止められる。


「ちょっと、その髭のままじゃ変よ」

「だって、仕方ないじゃない」

「外に行くならマスクを着けなさい」

「それも考えたけど髭が下からはみ出て変なのよ」

「これを使いなさい」


 大きいサイズの3D立体構造マスク、

 確かにこれなら髭の収まりも良さそうだ、


「お母さん、ありがと」

「どういたしまして」

「じゃあ行ってくるね」

「その面でどこ行くつもりなの?」

「ちょっとね」

「晩御飯までには帰るのよ」

「うん」


 16番のバスに乗って博多駅に向かう。日曜日なので渋滞も無くスムーズに進行し30分で到着した。


 名刺に書かれた髭の会博多支部の住所は福岡市博多区博多駅前2丁目 日空ホテル地下4階である。


 私は大博通りを歩き日空ホテルの前で立ち止まる。


 ウッ!


 庶民の私には縁の無い豪華なホテルだったので入るのに躊躇する。今更ながら黒のミニスカート、Tシャツ、Gジャンと言うラフな格好で来てしまった事に後悔する。


 これは気を引き締めて行かねば、


 意を決して自動扉を開けると目前に豪華なエントランスが広がった。


 ヒュ~ 何だか凄い、


 エントランス中央でエレベーター乗り場を探してキョロキョロする。するとなにやら不穏な視線を感じたのでそちらの方に顔を向けると受付カウンターのお姉さんが固定された笑みを浮かべながら私を見ていた。


 どうしてこっちを見てるの?

 え、なんで手招きしているの?

 怖っ、


 その手の動きを見ていると私の体は何故だか受付カウンターの方に吸い寄せられてしまった。


「何かお困りですか?」

「このホテルの地下4階に行きたのですが」


 このお姉さん、目の玉が見えない、


「当ホテルに地下4階は有りませんよ」

「でも名刺をもらってここの地下だって……」

「見せてもらえますか?」


 私が名刺を渡すとお姉さんはひっくり返して裏面を見た。


「ああ、そう言う事ですね」


 どう言う事?


「ではご案内いたします。この裏面に書かれている通りに行動してください」

 

 お姉さんから名刺を返してもらうと私は裏面を見た。


 何も書かれて……、


 肉眼では読むことができないくらい小さな文字で何かが書かれている事に気付く。


 もう少し大きな文字で書いてくれないかな~


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 私は不気味な受付のお姉さんを後ろ目に、いそいそとホテルを出る。


 そしてスマホで名刺の裏面を撮影し、画像を拡大して文字を読んだ。


 始めて来る者に告げる。先んじて博多駅地下街でマカロンを10個購入し準備する事。マカロン購入完了後、地下街から地下鉄祇園駅に繋がる連絡通路を3分ほど歩き、日空ホテルの表示板の所を左方向に曲がる。そこからしばらく歩くと突き当りに日空ホテル地下2階と地下1階だけを昇降するエレベーターが有るのでそれに乗り込み、開閉開閉開開閉と5秒以内に押す。エレベーターが下降し始めたら成功、地下4階に到着する。


 めんどい、


 急いで博多駅地下街に行きマカロン10個セットを購入する。多分有名店なのだろうけど税込み3300円は痛い出費だ。


 そして連絡通路を祇園駅方面に歩き指定された日空ホテルの地下2階に有るエレベーターに乗って指示通り行動するとすんなり地下4階に到着した。


 エレベーターの扉が開くとそこは古びた酒場のような雰囲気の店で、入り口にはレジカウンター、店の奥には横長のテーブルカウンターが設置されていてる。部屋全体には丸テーブルと椅子が並べてあり、壁際には木製パーテイションで区切られた個室が連なっていた。


 ここって何かの飲食店なのかな?


 私はレジカウンターに置かれたチンチンを連続押した。


 すかさず奥の部屋からチョビ髭とアゴ髭とナマズ髭をたくわえた昨日のオジサンとは違う小さな髭のオジサンが現れた。

 

「親の仇みたいにチンチンするな」

「すみません」

「まだ開店前だぞ、何しに来た?」

「名刺をもらったので来てみました」

「見せてみろ」


 小さな髭のオジサンは名刺を見て鼻を鳴らす。


「フン! まあいい、マカロンをレジカウンターの上に置いて右端の個室に行け」


 私は言われた通り右端の個室に行き中を覗く。すると見覚えのある二人の少女が奥の席に座っていた。しかも私と同じように大きな3D立体マスクを装着している。


「あ、昨日の」

「お前も来たのか」

「こうなる事は予想してましたわ」


 私がお嬢様の横に座ると、すぐさま銀髪の異国の美少女がお茶を持って来てくれた。


「ボーボー茶で~す。美味しいよ」


 ボーボー茶? 

 初めて聞く茶名だ、


 湯飲みに口を付けて一啜りしてる間に小さな髭のオジサンがせかせかとやってきて私達の前にドカンと座った。銀髪の異国の美少女はお盆を持ったままその横に立っている。


「ワシは髭の会博多支部で支部長をやっておるサイコロクスだ」


 みたいな名前で紛らわしい。


「お前たちの名前も聞かせろ」

「オレは霞京香だ」

「わたくしは西ノ宮腰曲華代にしのみやこしまがりはなよです」

「小田原桃子です」


「京香に華代に桃子か、わかった」


 いきなり名前呼び、

 と言うか呼び捨て、


「3人共マスクの下に何か隠してるな、見せてみろ」


 私達3人は牽制するかのように目くばせしてマスクを外した。


 みんな髭!


「お前達、その髭をどうやって手に入れた!」


 サイコロ会長が驚いている。


 だが私達はお構いなしに勝手に会話を始めた。


「おいおい、全員髭オヤジじゃねーかよ」

「あなたもチョビでいらしてよ」

「そう言うお嬢もナマズ髭だけどな」

「みなさん立派な髭ですね」

「お前もな」


「……その髭、ゴロダンのだな」

「それはあのオッサンの名か?」

「その髭の持ち主だった奴の名だ」


 昨日消えたオジサンはゴロダンさんか、


「どうしてお前たちがその髭を生やしている?」

「知るか!」

「それは逆に聞きたいですわね」

「どうして私達3人に髭が生たんですか?」


 京香さんはツバを飛ばし華代さんは疑問を呈し私は質問に質問を被せた。


「その髭がもしゴロダンの髭であるなら奴はあっちの世界に戻ったと言う事だな。あれだけ清らかな水は絶やすなと口酸っぱく言っておったのにどうして余分に持って行かんかな~」


「清らかな水ってお酒の事ですよね?」

「ああ、そうだ」

「お酒を飲まないと死ぬのですか?」

「まあそうだな」


 会長はお茶を一啜りして話を続けた。


「まず、ワシ達はこの世界で言う所の異世界人だ。厳密には太陽系外から惑星間転移してやって来た宇宙人だな」


「惑星間転移か! スゲ~な~」


 いやいや、

 どうしてすんなり信じるかな、


「宇宙人さんでしたの、どうりで髭が立派だと思いましたわ」


 あんたもかい、 

 髭と宇宙人は無関係でしょ!


「ワシらがいた惑星名はコロネンタタタタカタンタタカタカタンだ」


「タが多いな」

「宇宙的には惑星コロネンタで通じる」


「惑星の事はどうでもいいんだよ。どうしてオレ達に髭が生えたのか教えろよ!」


 会長は自分のナマズ髭を摩りながら話しを続けた。


「まず我々の髭についてだが、ナマズ髭は魔素を感知し、チョビ髭は魔素を吸い寄せ、アゴ髭は魔素を吸収する役割があるんだ。そして吸収した魔素を人間の体で言う所の心臓の位置に埋まっている魔石に溜めるシステムになっている。その魔石に溜められた魔素は変換されて魔力となり、その魔力を使用して様々な事象を起こすことが可能になるのだ」


 魔石? 魔素? 魔力?

 中二病全開だ!


「あと3つの髭が揃う事で我々独自のスキルが使えるようになる」


「ドワーフの髭システムはどうでもいいんだよ! 何でオレ達に髭が生えたかが問題なんだ。ちゃんと人の話を聞けよ!」


 京香さんが腰を浮かし、テーブルを叩き、ツバを飛ばしながら、会長に詰め寄る。


「キョウカさん、座して話を聞くのが乙女のたしなみでしてよ」


「オレは乙女じゃね~よ!」


「まあまあ、落ち着いて、サイコロ会長の話を聞きましょよ」


 会長の顔に飛んだ京香さんのツバを銀髪の異国の美少女がティシュで拭いた。そして会長は話を続ける。


「コホン、その髭はゴロダンがあっちの世界に戻る間際にお前達に託したのだろう。でもまあなんだ、魔石が無いこっちの人間に譲渡しても意味が無いのだがな」


 会長が私達3人を舐めるように見ている。


「ん? お前達、ちょっと立ってみろ」


 私達3人は顔を見合わせて、

 それから言われた通り立ち上がった。


「3人とも右アバラ骨の下の辺りに魔石が有るな」


 私達はキョトンとする。


「オレ達の体に魔石が有るのかよ!」


「ああ、どうやら胆嚢内に溜まった石が魔石化しているようだな」


 何だか変な方向に話が進み始めた。


「確か胆石に魔力を流すと魔石化すると世界魔女大会の会誌に論文が載ってたな。恐らくゴロダンに髭を譲渡された時に魔力に晒されて魔石化したのだろう」


 世界魔女大会とか有るのか、


「この髭はどうなる?」


 京香さんがテーブルに手を着き会長に詰め寄る。

 

「どうなると言われてもな」

「無くせないのか?」

「剃ってもすぐに生えてくるぞ」

「それは分かっている。抜いたらどうだ?」

「死ぬぞ」

「うぉおおお!!」


 京香さんが吠えた。


「明日から金ピカの女子高生だぞ! どうしてくれるんだよ」


 確かに京香さんの訴えはには同感する。


「利点の方が大きいのだから、そう悲観するな」


「利点? 利点って何だ!」


「お前達3人が合体する事で魔術書との共有が復活し様々な事象を起こす事が可能となる」


「魔術書ってコレの事ですか?」


 私はリュックから大きな赤い宝石がハメ込まれた古びた分厚い銀色の本を取り出しテーブルの上に置いた。


「おお、それだ。それがゴロダンの髭と契約していた魔術書だ。今は髭が3つに分かれてしまっているから契約が保留状態になっている。なので魔術書との会話もできないはずだ」


「魔術書と会話ができるのですか?」


「念話でできるし、人化させれば普通に会話もできるぞ」


「人化させたらどっちだ?」

「どっちとは?」

「男か女かどっちだ」

「女だな、元が雌の竜だからな」

「竜ってあの竜か!」

「ああ、そうだ。シルバーランドドラゴンだ」

「おお~」


 一同驚愕する。


「但し一つだけ言っておくことが有る」

「なんだ、言ってみろよ」

「合体についてだが……」

「何だよ、早く言えよ!」

「合体するとな」

「おう」

「性転換する、そして元には戻れない」

「おい、それって男になるって事かよ」

「お前たちの場合はそうだな」

「それは困りましたわね」

「私も困ります」

「オレはそうでも無いかな」


 京香さんだけが傾いている。


「華代、桃子、男になるのがそんなに嫌か?」

「そうですわね」

「うんうん」

「お前達はその髭面で高校に通うつもりなのか?」

「うっ」

「さっき京香が吼えてただろ、それくらいヤバいんじゃないのか?」


 華代さんが言葉に詰まる。

 私はどうすれば良いのか分からないでいる。


「確かにそうですわね。この髭では……」


 そして華代さんは決断する。 


「わたくしは決めましたわ」

「ほう」

「合体に同意します」


 えっ、はやっ!


「オレも同意する」


 京香さんもか……


「私は」

「桃子はまだ不満か?」

「男になるのが嫌です」


「そうか、それじゃお前はアゴ髭が長い女子高生として珍百景に出たいのだな」


「そんなの出たくないです!」

「ワシが絶対に投稿してやる。覚悟しとけよ」


 いきなり恫喝!


 どうしよう、

 珍百景で晒されたくないし、


「桃子、笑え」

「え? え、え──カシャ」


 銀髪の美少女にスマホで撮影された。しかも反射的に右目を瞑り横Vサインをしながらテヘペロまでしてしまった。


「この写真を添えて投稿するぞ!」


 ダメだ、写真まで撮られてしまっては終わりだ、

 

 私も意を決する。


「合体に同意します」


「おお、そうかそうか、それじゃ早速準備するぞ」


 お母さんごめんなさい、

 晩御飯までに帰れそうも無いです、


 と言うか合体したら今の存在はどうなるの?

  

「すみません」

「何だ?」

「質問があるのですが」

「言ってみろ」


「合体して男になる事には同意しましたが、じゃあ今の私はどうなるのですか? 神隠しや拉致被害者のように行方不明扱いになるのですか?」


「表向きはそうだな」

「親や妹が悲しむ姿を見たくありません」


 サイコロ会長が椅子から立ち上がる。

 

 小さいので立ってても座ってても変わりがない。


「それなら心配無い」

「どう心配無いのですか?」

「合体シーンを撮影し、お前達の家族に見せて納得してもらう」


「納得しますかね」

「大丈夫だ。任せておけ」

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