第8話 思い出たち
子どもたちと遊んで思いっきり体を動かし汗だくになって帰宅した私と諒を見て、柴田さんはすごく驚いた顔をしていた。
けれど詳細を聞くことはなく、すぐにお風呂の準備をしてくれて今はサッパリして部屋に戻ってきていた。
諒がお風呂に入っているときにこっそり『諒がいたという施設に行っていました』と説明すると、柴田さんはすべてを理解している顔で頷くだけだった。
こんな風に大きな目で守られてきたんだろうなと思う。
そして、それは私も同じだ。
やり方は違えど、両親はちゃんと私のことを考えてくれていたんだ。
だからこそ、ぎこちなくなってしまうときもあると思う。
体も心もスッキリした今だからこそ、相手の立場を考える余裕ができてきた。
髪の毛を乾かした後、私はジッとスマホ画面を見つめていた。
「さっきから何してるの?」
さっきまで柴田さんに着せかえ人形にされていたハルが近づいてくる。
ハルは今水色のTシャツに白い半ズボンという夏らしい姿になっている。
これで虫取り網でも持って外へ出れば、ここへ来たときに見た子供たちと大差ない。
「親に連絡しようか悩んでて」
「連絡したらいいじゃん」
「それは、そんなんだけどさ」
思えばここへ到着したという連絡を入れただけで、それからはずっと連絡していない。
なにをどう言えばいいのかもわからなかった。
「真子ちゃんは今ご両親に感謝を伝えたいんだよね?」
ハルの言葉にドキリとする。
今までの会話や出来事を総合してはじき出した答えが的確すぎて少し怖い。
「そうだね」
「でも気恥ずかしくてどう伝えていいかわからない」
「ハル、本当に人間みたいだよ」
「イイエ、私ハ、ロボットデス」
久しぶりに聞いたハルの片言にプッと吹き出す。
おかげで緊張がほぐれた。
きっと名考えすぎる必要はない。
諒みたいに、モヤモヤが溜まったら発散するのと同じで、今の気持ちをそのまま伝えればいいだけ。
私は素直な気持ちを打ち込んでいく。
ありがとうと、ごめんなさい。
そして、これからもよろしくね。
まるで小学生が書くような文面になってしまったけれど、それも気にしない。
少しでも頭を使って文章を変更すれば、それは今の私の気持ちではなくなってしまうから。
勇気を出して送信ボタンを押して「あぁ~!」と大きくため息を吐き出し、後方に倒れ込んだ。
「よくできました」
ハルがおかしそうな声色で言い、私の頭をゆっくりと撫でる。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
でも、言えてよかった。
心からそう思ったのだった。
☆☆☆
その日の夜。
ハルに祖父との思い出話しを質問すると、ハルは暗くなった室内の天井へ向けて映像を投影させた。
映像の中にはまだ若い祖父と、生前の祖母の姿が浮かび上がってきた。
「このとき、ハルはもういた?」
「私は完成間近だったよ。もう少しのところだった」
祖父母が立っているのは庭先だったが、後方に池が見える。
「あんな池あったっけ?」
「おばあちゃんが亡くなるまではあったよ。でも。おばあちゃんが亡くなったときに池で大切に育てられていた金魚も死んでしまって、埋め立てたんだよ」
「そうだったんだ」
周りの日本庭園には見覚えがあるけれど、映像内の池は見たことがないと思った。
「おじいちゃんはまたあの池で金魚を飼うつもりはなかったの?」
その質問にハルは黙り込んでしまった。
わからない質問だったのかもしれない。
それでも、ハルほど高度なロボットなら人の心情を考えて話すことはできるはずなのに。
疑問に思っていると投影されている映像が切り替わった。
今度は動画だ。
映像の中には祖父と幼い頃の自分の姿がある。
「これ、私!」
祖父へ向かってゆっくり歩いていく私はフラフラしていて、まだ歩き始めて間もないことがわかった。
どうにかひとりで祖父の元へたどり着くとまわりから拍手が聞こえてきた。
『真子ちゃん。今度はこっちに来て』
画面右手から現れた祖母が両手を伸ばして私を誘う。
『真子、おばあちゃんが呼んでるぞ』
その声はお父さんのもので、すぐ近くから聞こえてきた。
きっと撮影しているんだろう。
画面の中の私が祖父の手から離れて再び歩き出す。
祖母の後には若い頃のお母さんも姿もあった。
それを見ているとなんだか泣きそうになってきた。
私はみんなに愛されて育ったんだと胸の奥がつっかえるような気持ちになる。
『真子ちゃん』『真子ちゃん』と名前を呼ばれて喜んで歩いている私はそれだけできっと幸せだった。
気がつけば熱い涙が頬を流れていた。
ハルに気が付かれないように手の甲でぬぐったけれど「幸せになって」と囁かれたから、きっと気が付かれていたんだと思う。
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