第9話 到着

昼間は子どもたちと遊び、夜には少ししんみりとした気持ちになって、グッスリと眠っていたのだけれど、ブツブツとなにか呟く声が聞こえてきて私は目を覚ましてしまっていた。

枕元のスマホを確認すると朝5時を過ぎたところだ。


こんな早くに誰が起きているんだろうと上半身を起こしてみると、窓辺にハルが立っていた。

月明かりを背にしたハルは目元をチカチカと光らせ、なにか呟いている。

「ハル?」

声をかけても反応がない。


もしかしたらスリープモードになっているのかもしれない。

動きを制御することで充電の消耗を防ぐのだ。

ハルにはソーラーも搭載されているから、昼間の家に充電できるはずだけれど。

「ハル、どうかしたの?」

更に近づいて行くとその声がはっきりと聞こえてきた。


「37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑」

ハルはずっと同じ暗号を繰り返し呟いている。


不安になった私はその言葉をスマホで録音した。

「37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑」


じっくりと聞けばなにかわかってくるかもしれないと思ったからだ。

「ハル、ちょっと大丈夫!?」

思わず声が大きくなる。

部屋の電気をつけて近づくと、ハルは今目を覚ましたという様子でこちらを見つめた。


「真子ちゃんおはよう。今日は早いね」

「ハル、大丈夫? なんともない?」

ハルは小首をかしげて「なんともないよ?」と答えるのだった。


☆☆☆


ハルはなんともないと答えたけれど、夜中に突然あの暗号をつぶやき始めるのは普通ではない。

翌日、私と諒はハルを連れて早めに祖父の家に来ていた。


「ハル、タイムマシンの隠し場所はどこ?」

「37.523314,136.80876、S、3ma→wa→ta↓ra↑」

諒からの質問にハルはよどみなく返事をする。

諒はそれを真っ白な紙に書き取った。

「この最初の数字は見覚えがあるかもしれない」


「なんの意味があるの?」

そう質問すると諒がポケットからスマホを取り出した。

そして数字をすべて打ち込んでいく。

検索をかけても意味不明なページがズラズラと表示されていくだけだ。

「本当にわかったの?」

「まぁ、少し待って」


諒は続けて地図と書かれた検索結果をタップした。

そこに表示されたのは海の真上だったのだ。

「なにこれ、どういうこと?」

「おかしいな。最初の数字は座標だと思ったんだけどな」

座標だとしてもその場所は海の上なんておかしい。

ここは日本の片田舎なのだから。


それともおじいちゃんは海の中にタイムマシンを隠したとでも言うんだろうか?

ちょっと想像できなくて考え込んでしまった、そのときだった。

ポケットに入れていたスマホが震えて画面を確認した。

こんな時間には珍しく愛からもメッセージが入っている。

《愛:ロボットを直接見たくて来ちゃった!》

そんな文章と一緒にこの前降り立った無人駅の写真が添付されている。


私はギョッと目を見開いてそれを見つめた。

「どうかした?」

「ごめん。友達がこっちの駅まで来たみたいなの」

諒に返事をしたとき、立て続けにメッセージが届いた。

諒と共にそれを確認する。

《愛:てか待って? バス来るの2時間後なんだけど?》

《愛:タクシーも通ってないし、どうしよう!!》


パニック状態の愛の姿が目に浮かんでくる。

これじゃ今日は片付け所ではなさそうだ。

「ごめん、愛を迎えにいかなきゃ!!」


☆☆☆


突然友達がこちらに来たと説明すると、柴田さんは快く車を出してくれた。

「本当にすみません」

助手席で小さくなっていると柴田さんがカラカラと笑い声を上げた。

「いいのいいの、今は夏休みだし友達も暇だったんでしょう?」

図星をつかれてますます小さくなってしまう。

愛は連絡をしてくるたびに暇だ暇だと言っていた。


愛がそれほど暇をしているのは、私がこっちに来てしまったことも原因にあるから、なんだか余計に申し訳ない気分だ。

しばらく車に揺られていると寂れた駅が見えてきた。

バス停の前で愛が手持ち無沙汰にウロウロと歩き回っているのが見える。

柴田さんがバス停の目の前に車を止めてくれたので、すぐに飛び出した。

「愛!!」


「真子! 移動手段がないからどうしようかと思ったよぉ!」

真子は長い髪の毛をツインテールにして飛び跳ねるようにして近づいてきたかと思うと、抱きついてきた。

体のバランスを崩してこけそうになってしまうのをどうにかこらえて、愛の細い体を抱き返す。


「連絡してくれれば汽車の時間に合わせて迎えに来たのに」

「だね。サプライズ登場するつもりだったんだけど、失敗しちゃった」

愛がシュンとしょげてしまう。

その姿は怒られた猫みたいで可愛らしくて、なんだか怒る気にもなれなくなってしまう。


それが愛の愛嬌だった。

「こんにちは」

ふたりで抱き合ったままでいると柴田さんが運転席から顔を出して言った。

「あ、こんにちは! 真子の友達の前川愛です」

愛がペコンッと頭を下げるとツインテールが一緒に揺れる。

その様子に柴田さんがふふっと笑みをこぼした。


「愛、私がお世話になってる柴田さんだよ」

「よろしくお願いします!」

急にかしこまってしまった愛にプッと吹き出してしまう。

「そんな緊張しなくても柴田さんは優しいから大丈夫だよ」

「あ、そっか。つい自分の親を思い出しちゃって」

またペロッと舌を出して頭をかく。


愛の両親、とくに父親は厳しいようで親子内の礼儀は絶対なのだそうだ。

「それじゃ、さっそくハルちゃんに会いに行きましょうか」

立ち話を切り上げるように柴田さんがそう言ったのだった。


☆☆☆


思わぬ訪問客にリビングで諒と共に待機していたハルがキョトンとしている。

ハルは柴田さんの趣味で室内だというのに麦わら帽子を被せられて、虫取り網まで持たされていた。

どっちも諒が子供の頃に使っていたものらしい。


「わぁ、可愛い!」

すっかり夏休み使用になっているハルの姿に愛は飛び跳ねんばかりに喜んでいる。

ハルの前に両膝をついて視線を合わせ、自己紹介をしている。

「これを真子のおじいさんが作ったんだよね?」

「うん。そうだよ」

「すごいね! 真子のおじいさんって天才だったんだ!」

目を輝かせてそんなことを言われると、こっちまでまんざらじゃない気分になってくる。


ハルにおじいちゃんとの記憶を見せてもらったばかりだから、余計に嬉しい。

「この子は他にどんなことができるの?」

「う~ん、基本的には何でもできるんじゃないかな? 危険なことでなければ」

例えば相手を傷つけたり、自分が傷ついたりする行為は原則できないようになっているはずだ。

ロボット三原則と言って、第一にロボットは人間に危害を加えてはいけない。

第二に、第一に反しない限り人間の命令に従わなければならない。

第三に、第二に反しない限り自分を守らなければならない。


と言われている。

フィクションか、ノンフィクションか知らないけれど。

「ハル、それじゃあダンスしてみて!」

「わかった。ダンスしてみるね」

元気に答えたハルがその場でクルクルと回転しはじめる。

「わぁ、すごい!」

愛はハルが少し動いたり話をしたりするだけで大興奮だ。


「そういえば愛は今日どこに泊まるの?」

何時間もかけてここまできて、まさか日帰りということはないはずだ。

「駅の近くの民泊を予約してるよ」

「そんなのあったんだ」

こんな田舎に宿泊施設があるなんて思っていなくて驚いていると、諒が「あの民泊は去年オープンしたばかりだから、きっとキレイだよ」と、答えた。

地元の人なら知っているみたいだ。


それに比べて私は自分の行く場所がこれほど田舎だということも知らないまま、勢いで出てきてしまった。

こんなことだから両親はいつも心配しているのかもしれないと、思い至った。

「へぇ! それは楽しみ。愛はここにお世話になってるだよね?」

「うん。片付けが終わるまでね」


その返事に真子が「へぇ? ふぅん?」と、意味ありげな視線を私と諒に向ける。

その意味に気がついて慌てて顔の前で手を振った。

「そ、そういうことは全然ないから!」

「そう? でも真子、顔が真っ赤だよ?」

指摘されて自分の両手で顔を包み込む。


確かに頬だけ熱を持っているみたいだ。

「それは愛が変なこと言うからでしょう!?」

「えぇ? 私はなにも言ってないよぉ?」

楽しげに笑う愛に、私は熱っ気を覚ますために首を左右に振ったのだった。


☆☆☆


それは愛と一緒に昼食を取り、そろそろ民泊へ移動しようかと言っていたときのことだった。

「ねぇ、ハルがさっきから変なこと言ってるよ?」

すっかりハルに夢中になっていた愛が、不安そうな顔を向けてきた。

ソファに座ってのんびりテレビを見ていた私はハルに視線を向ける。


「37.523……37.523……37.523」

「なんの数字?」

「あぁ、これね」

ソファから立ち上がり、ハルの前に移動して腰を下ろした。

「ちょっとした暗号みたいなんだけど、意味はよくわからないんだよね」

「暗号? なんの?」

「それは……」


と言いかけて口を閉じた。

いくら友達でもタイムマシンのことを説明するわけにはいかない。

そもそも、信じてくれないだろうけれど。

「さぁ、わかんない」


首をかしげて見せると愛が「なにそれ」と笑い声を上げた。

「でも、暗号が解けたらなにかあるかもしれないから。愛にも教えておくね」

私はそう言うと昨夜録画した動画を愛のスマホに転送したのだった。

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